#2242 『渋谷毅&仲野麻紀/アマドコロ摘んだ春 ~ Live at World Jazz Museum 21』
Text by Akira Saito 齊藤聡
NADJA 21 / KING INTERNATIONAL
Takeshi Shibuya 渋谷毅 (piano)
Maki Nakano 仲野麻紀 (alto sax, metal-clarinet, kalimba, fx & vocal)
1. イスファハン(D. Ellington & B. Strayhorn)
2. デルフィーヌの歌(ロシュフォールの恋人たち)(J. Demy & M. Legrand)
3. 芍薬(仲野麻紀)
4. ジムノペディN゚1(E. Satie)
5. 雨の中の兵隊(H. Mancini)~グッドバイ(板橋文夫)~夜(浅川マキ)~ラヴァー・マン(J. Davis, R. Ramirez & J. Sherman)
6. 星のためらい(仲野麻紀)
7. ウスクダラ(Trad.)
8. ニューヨーク19 ~ ラヴ・ミー(J. Lewis)
9. アマドコロ摘んだ春(西尾賢)
録音 2022年10月9日 World Jazz Museum 21 伊香保
冒頭にイランの都市にちなんだ<Isfahan>をもってくるところなんて、旅する音楽家・仲野らしくてにくい。デューク・エリントンの『極東組曲』における同曲ではジョニー・ホッジスの柔らかいアルトがフィーチャーされているわけだが、それよりも、真っ先に想起させられたのは宮澤昭『野百合』冒頭のタイトル曲だ。まさに渋谷とのデュオでテナーマン・宮澤の余裕がサウンドの空間を拡げてみせる名演である。仲野はそのことをとくに意識していないという。数十年前と同じ空気を吹き込んだのは渋谷なのかもしれない。
旅は仲野の声、渋谷の和音の響きとともにフランスへ。そして旅の孤独をかみしめるように独奏へ。仲野は、ヤン・ピタール(ウード、ギター)とのデュオユニットKyにおいてもエリック・サティ曲がさまざまに変容するさまを追ってきた。ここではひとり、自分自身の姿をたしかめているようだ。
次は渋谷のソロの番。長いこと浅川マキとの共演を積み重ねてきた渋谷だから、<グッドバイ>、<夜>と彼女の愛唱曲を弾くことは不思議でもない。浅川マキが亡くなった名古屋は仲野の出身地でもあり、彼女はそれを縁として感じ取っている。だれかの心の中に居続ける者は共演と共感を通じて他者の心の中にも入り込むものだ。また、ジョン・ルイス曲の演奏なんて自然体そのもので、渋谷の魅力が横溢している。
ソロにより自身の記憶への旅を音として提示し、デュオにより会話し触れ合う展開が、成熟した大人のありようである。こうなると、仲野が自著に書いていることにもあらためて共感してしまう。
「わたしたちが音楽と呼んでいるものは、あるふるえ、物音Bruitもしかり。音と音との間に、その音を聴く者同士の間に、ヒエラルキーはない。」(*1)
そしてふたりの初共演を互いに言祝ぐような、<アマドコロ摘んだ春>。
(文中敬称略)
(*1)仲野麻紀『旅する音楽 サックス奏者と音の経験』(せりか書房、2016年)