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CD/DVD DisksNo. 302

#2250 映画『TAR/ター』〜トッド・フィールド監督、
ケイト・ブランシェット主演、ヒドゥル・グドナドッティル音楽

Text by Hideo Kanno 神野秀雄

映画『TAR/ター』 (原題『Tár』)
監督・脚本・製作:トッド・フィールド『イン・ザ・ベッドルーム』『リトル・チルドレン』
出演:ケイト・ブランシェット『ブルージャスミン』、ニーナ・ホス『あの日のように抱きしめて』、マーク・ストロング『キングスマン』、ジュリアン・グローヴァ―『インディー・ジョーンズ/最後の聖戦』、ソフィー・カウアー
音楽:ヒドゥル・グドナドッティル 『ジョーカー』(アカデミー賞作曲賞受賞)
原題:TÀR/アメリカ/2022年 © 2022 FOCUS FEATURES LLC.
公開:2022年9月1日 ヴェネチア国際映画祭 10月7日 アメリカ
配給:ギャガ
2023年5月12日(金) TOHO シネマズ日比谷 他全国ロードショー

【STORY】ベルリン・フィル初の首席女性指揮者ター。天才にして、ストイック、傲慢、そして繊細―。芸術と狂気がせめぎ合い、怪物が生まれる。
世界最高峰のオーケストラの一つであるドイツのベルリン・フィルで、女性として初めて首席指揮者に任命されたリディア・ター。彼女は天才的な能力とそれを上回る努力、類稀なるプロデュース力で、自身を輝けるブランドとして作り上げることに成功する。今や指揮者としても作曲家としても、圧倒的な地位を手にしたターだったが、自身にとって特別な交響曲の演奏と録⾳のプレッシャーと、新曲の創作に苦しんでいた。そして、彼女の完璧な世界が少しずつ崩れ始める。

監督・脚本のトッド・フィールドによる緻密なストーリー構成、主演ケイト・ブランシェットの怪演に圧倒された。クラシック音楽業界のリアルではないにしても、丹念なリサーチと準備を重ね、音楽とそれを創ってきた人々へのリスペクトに溢れている。ドイツ・グラモフォンとのコラボレーションでもリアルさを増している。『LA LA LAND』で軽いジャズ蘊蓄が出て残念な感じになるのとは異なって、リディアたちが発する言葉は音楽の歴史を踏まえ本質を突いていて一言一言が後で重要な意味を持ってくる。ケイトがいて成立した脚本でもあるが、ケイトも丁寧に脚本を読み、リサーチを重ねリアルなリディア・ターが出現した。主人公を男性ではなく、女性でありLGBTとしたことでも、ケイトを通して深い世界観と観客との繊細な繋がりを創ることを成功した。本記事では、ネタバレを避けるためストーリーと演奏曲目には触れない。なお、宣伝的には「ベルリン・フィル」と称しているが、映画内では「ベルリンのオーケストラ」くらいに言っていることが多いようだ。

オーケストラシーンの撮影は、長い準備期間を経て実際にケイトの指揮でドレスデン交響楽団で撮影され、ドイツ・グラモフォンからリリースされているサウンドトラックにも、ケイト・ブランシェット指揮としてクレジットされている。ピアノもケイト自身の演奏となるものだ。チェロも自ら演奏するソフィー・カウアーを起用している。映画音楽としての作曲は、映画『ジョーカー』でアカデミー賞作曲賞を受賞したアイスランドの作曲家、ヒドゥル・グドナドッティルが担当している、美しい響きの中に不協と調和、不安と安らぎが交錯する秀悦な音楽だ。サウンドトラックはそれらを織り交ぜたコンセプトアルバムとなっている。ジャケットは、クラウディオ・アバド録音盤へのオマージュだ。

「驚愕のサイコスリラー」という謳い文句が災いしてしまっていて、音楽ファンの多くから「気になるけど怖いから行けない」という声を聴くことが多くもったいない。英語では「心理ドラマ」と言っている。正直、気持ちが爽快になるものではなく、気味が悪いシーンもあるものの、「驚愕のサイコスリラー」というほど目を背けたり耐えられなくなるものでもない。音楽について真剣に語られる言葉は聴いていて気持ちの良い部分もある。むしろカリスマ指揮者じゃなくても誰にでも突然起こりえる悲劇であり、SNSを介在しながら、純粋さ真剣さと傲慢から、突然訪れる誤解と全ての崩壊に繋がるだけに、観客自身に重ね合わせての切実な怖さでもある。

ラストを見終えて、気持ちの整理ができない方が多いと思う。観客が異なる印象を持ち悩むことも監督の狙いでもあり、また2回以上見ると緻密な伏線を確認しながら違っても見えてくる。ケイト・ブランシェットの怪演とクラシックへのリスペクトに触れるだけでも観ておきたい映画で、ぜひお勧めしたい。

Dresdner Philharmonie: Behind the Scenes of TÁR

【ネタバレあり: 必ず映画を観た後で!!
監督の意図を知りたい方に限りご覧いただきたい。先に読むと全く楽しめなくなるので注意されたい。】
映画com トッド・フィールド監督インタビュー

神野秀雄

神野秀雄 Hideo Kanno 福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。Facebookグループ「ECM Fan Group in Japan - Jazz, Classic & Beyond」を主催。ECMファンの情報交換に活用していただければ幸いだ。

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