#2252『Yukari Endo Project / DROP, DROP, SLOW TEARS』
『遠藤ゆかりプロジェクト/DROP, DROP, SLOW TEARS』』
text: Ring Okazaki 岡崎凛
photo (at Shimanouchi Church): Masahiko Yasuda 安田雅彦 (Música Arco-íris)
レーベル: River East Productions
2023年1月リリース
DISC 1 (REP1001)
member:
東かおる / Kaoru Azuma : Vocal
西島芳 / Kaori Nishijima : Piano
市野元彦 / Motohiko Ichino : Guitar
甲斐正樹 / Masaki Kai : Bass
1. On The Way To Damascus (words : Yukari Endo, music : Kaori Nishijima)
2. Drop, Drop, Slow Tears (words : Yukari Endo, music : Kaori Nishijima)
3. Last Exit (words : Yukari Endo, music : Hiroshi Shimada)
4. Muddy Wine (words : Yukari Endo, music : Hiroshi Shimada)
5. A Celtic Blessing (music : Graeme Morton)
6. Christ The Lord Is Risen Again (words : M.Weisse / trans. C.Winkworth, music : Graeme Morton)
7. 若紫(ゆかり)~ Yukari ~ (words & music : Yukari Endo)
8. Moon On The Lake (words : Yukari Endo, music : Hatsuho Furukawa)
9. Brisbane River (music : Kaori Nishijima)
All the songs in Disc1 arranged by Kaori Nishijima
Director : Kaori Nishijima Codirector : Kaoru Azuma
Recorded at SANWA Recording Studio,Osaka Recording Date : 5,6 June, 2022
CD Production : Kaoru Azuma (River East Productions)
CD Production Cooperator : Kenji Nishikiori (KS INTERNATIONAL, LTD.)
Produced by Nobuya Maehashi
“A Celtic Blessing ” Published by Crescendo Music Publications
“Christ the Lord is Risen Again” Published by Morton Music
DISC 2 (REP1002)
1. Watery Metempsycosis (words : Yukari Endo)
2. 恋より愉しい歌が聴きたい (words & music : Yukari Endo)
3. DONTENICA (words & music : Mitsuyasu Nakajima)
4. 若紫(ゆかり)~ Yukari ~ (words & music : Yukari Endo)
5. The Very Thought Of You (words & music : Ray Noble)
6. Birdland (words : Jon Hendricks music : Joe Zawinul)
7. Body And Soul (words : Edward Heyman, Robert Sour, Frank Eyton music : Johnny Green)
8. Street Life (words : Will Jennings, music : Joe Sample)
1~4 : デモテープ 1996年ごろ編集
5: A.P.S. Live at NARU(お茶の水) 1994年6月5日
Yukari Endo : Vocal
Rishi Endo : Tenor sax
Hiroshi Shimada : Piano
Mitsuyasu Nakajima : Bass
Masayoshi Hara : Drums
6,7 : A.P.S. Live at Blue Moon(横浜江田) 1992年10月23日
Yukari Endo : Vocal
Shiro Ozaki : Guitar
Hiroshi Shimada : Piano
Mitsuyasu Nakajima : Bass
Masayoshi Hara : Drums
8: Sound Force 1 Live at 六本木 PitInn 1997年11月9日
Yukari Endo : Vocal
Junichi Tsuzuki : Tenor sax
Fumie Mochizuki : Trumpet
Hiroshi Shimada : Keyboard
Yoshitsugu Sato : Bass
Maki Honjo : Drums
Remastering : Koji Mannami
CD Production : Kaoru Azuma (River East Productions)
CD Production Cooperator : Kenji Nishikiori (KS INTERNATIONAL, LTD.)
Produced by Nobuya Maehashi
初めに:
「遠藤ゆかりプロジェクト」による本作(CD2枚組)がどんなアルバムかは、次のように大まかに説明できるかもしれない:
<ディスク1は、キリスト教を題材にした楽曲を含む洗練された現代的ジャズポップス・アルバムである。そのボーナス盤であるディスク2は1990年代の音源より、前半には90年代テクノポップの円熟期を反映するスタジオ録音作品、後半には関東の活気あふれるジャズシーンを切り取ったようなライヴ収録曲を集めている>
しかしこの説明には重要な部分が抜けている。本作はヴォーカリスト遠藤ゆかりへのトリビュート作品だが、彼女に関する記述がない。ところが、ここに彼女に関する説明を加えると、とても数行に収まらない長い物語が始まり、肝心の収録曲の説明がいつまで経っても始まらない。今も大量の言葉が頭の中に渦巻いている状態だが、このアルバムを端的に語る言葉が、アルバムの詳細データとともに、東かおる(本作のヴォーカリスト)のブログにあった。
<机の上に遺されたひと束の譜面から、現在そして未来に向けて紡ぎ出す新たな音の世界>
まさにその通りだ。アルバムを聴き終わって、この言葉が全てを集約していると思ったが、本作のスタート点となった<ひと束の譜面>の持ち主と、それをひも解いて<新たな音の世界>を創り上げ、アルバムリリースライヴを行った4人について語りたい。
本作については、
・1990年代に関東のジャズクラブで活躍したヴォーカリスト、遠藤ゆかり(1963~2021)がどんな人物だったのか
・〈遠藤ゆかりプロジェクト〉の4人はどのようにして本作と関わっていったのか
・アルバム制作はどのように進められたのか
この3点を知ることが、2枚組アルバムを鑑賞する上で大きな意味を持つ。そうでないとDisc1とDisc2のつながりが見えないし、Disc1に、なぜ宗教色(キリスト教)が濃厚な曲がいくつも登場するのか分からない。
本当はなるべくシンプルに本作の魅力を語りたいし、Disc1は日本のコアな現代ジャズとジャズポップス・ヴォーカルが見事に融合した美しい作品であることを伝えたい。しかし本作との出会い方も含め、感じたままを記したいと思う。
本作が関西エリアのリスナーだけでなく、全国、全世界で幅広く聴かれることを願っている。(本作は配信、デジタルアルバムとして販売されておらず、CD のみ入手可能)
2022年にある神戸市内の店で、本作でヴォーカルを担当する東かおるの別のユニットを聴いた日に、客席にいた安田雅彦氏と彼女の会話が耳に入り、どうやら興味深いアルバムが近々出ると知る。安田氏はMúsica Arco-íris(ムジカ アルコ・イリス)という名でライブの企画・主催をする人であり、東かおると彼が熱心に語り合うのを見て、また何か面白そうなコンサートが聴けそうだと思った。
しかし東が取り組んでいるのが、ジャズヴォーカリスト、遠藤ゆかりの追悼盤だと教えられても、何のことだか分からなかった。遠藤ゆかりがどういう人物なのか、私は知らなかった。また、なぜ関西拠点のミュージシャンを中心にアルバムが作られることになったのか、つながりが見えなかった。こうして詳細を知らないまま、関西拠点の3人に関東拠点の市野元彦が加わるライヴに出かけた。主催は予想通り安田氏がつとめていた。会場の島之内教会にはリリースされたばかりのCDが並んでいた。
後で調べたところ、本作に関する詳しい情報は、東かおるがネット上に発信していた。それを読んでいなかったのは申し訳ないのだが、予備知識なくコンサートを聴き、惜しみなく拍手を送り、会場で CD を買って帰る、という順番になった。CD に付された 14 ページのブックレットを開くと、ライナーノートを担当する齊藤聡氏が、本作が生まれるまでのいきさつなどを丁寧に記していた。次のページでは前橋伸哉氏が東京のジャズハウスでの遠藤ゆかりの活躍ぶりについて語っている。こうした解説を読み、生前の写真を見るうちに、じわじわと彼女の人物像が浮かび上がり、聴いたばかりのコンサートの記憶が、異なる色に染まり始めていた。
本作のディスク1は、急逝したヴォーカリスト遠藤ゆかりの残した楽譜や音源を元に4人の音楽家たちが協力して創り上げたものであり、2022年に録音された。一方ディスク2は、遠藤ゆかりが生前に吹き込んだ未発表音源から構成されている。
ディスク1が誕生するまでの経緯は、齊藤聡氏によるライナーノートに詳しく記されており、それによれば、遠藤ゆかりが亡くなったのは、休んでいた音楽活動を再開し、本格化しようとした矢先だった。彼女の夫は、妻が残した楽譜などを音楽として形あるものにしたいと願い、ピアニスト西島芳に相談したのだという。西島はかつて遠藤ゆかりのために曲を書いたことがあり、長いブランクがあった2人は連絡を再開させていた。そして、突然の依頼を受けることになった西島は、信頼する共演者を選び、楽譜を整理し、遠藤ゆかりが歌詞のみを遺したものに曲をつけ、彼女の曲だけでなくアルバム全曲のアレンジを担当し、遠藤ゆかりプロジェクトを先導した。そして東かおるが携わるRiver East Productionsが本作の CDを制作した。
この難しいプロジェクトを立ち上げるまで、また立ち上げてから、関係者たちの苦労はどれほど大きかったかと思うが、とにかく全ては軌道に乗り、2022年6月にアルバムレコーディング、2023年4月に CD 発売記念ライブが行われた。大阪の会場は心斎橋駅に近い島之内教会であり、新約聖書に基づく楽曲が多い遠藤ゆかりアルバムの発表にはぴったりの場所で、白い衣装に身を包んだ東かおるの歌声が教会の隅々にまで響き渡っていた。皆の苦労が報われた晴れやかなひと時だった。
さて、遠藤ゆかりとはどんな人物だったのか? 演奏曲の合間のMCで東かおるや西島芳が語る言葉をつなぎ合わせ、アルバムに付された解説を読むうちに、徐々に彼女の人物像が浮かび上がってきた。、
西島芳はジャズピアニストとしてデビューする前に、東京で活躍する遠藤と出会っている。そしてスポットライトを浴びる彼女を知っていた。CD のジャケットとなるブックレットの表紙と裏表紙は彼女のステージ写真で埋め尽くされ、その衣装に1990年代の東京のファッションが反映されている。歯科医としての仕事を持ちながらジャズヴォーカリストとして多忙な日々を送っていた彼女は、2000年に活動休止、2008年にオーストラリアに移住。キリスト教の洗礼を受け、神学を学び、2018年の帰国後もクリスチャンとしての信徒奉仕活動に熱心に取り組んでいたという。シンガーとしての活動再開を目指しし、かつての音楽仲間たちが彼女のために作った曲に歌詞をつけるなど、準備を進めていたのだという。
本作に収録された最初の2曲〈On The Way To Damascus〉 と〈Drop, Drop, Slow Tears〉は、西島芳が20年以上前に提供した曲に遠藤が歌詞をつけたものである。そこには’heaven’、’God’、’Jesus’、といった聖書の頻出ワードがいくつも登場する。本作は、遠藤のキリスト教信仰に基づく曲を現代のリスナーに向けて作る過程にあったものを、西島が引き継いだものだった。西島が読み解いた故人の音楽観は、西島の音楽観の中で再編成され、「遠藤ゆかりプロジェクト」の4人によって蘇ったと言えるだろう。本作は遠藤ゆかりへのトリビュート盤であると同時に、ディスク1は西島芳をリーダーとした4人のドラムレス・ヴォーカルカルテットのデビュー作でもある。
「遠藤ゆかりプロジェクト」のために集結した4人は、ふだんから注目する音楽家たちでありながら、この顔合わせで聴くのは初めてだった。それぞれのプレイについて語り出せば、止めどなく語り続けてしまいそうだ。それほどに各自の個性が生き生きと輝いている。だが、本作のようにキリスト教に根ざすかなり特殊な作品の中で、日本の音楽家がいつも通りの個性を発揮し、それを全体と調和させていくのは、至難の業ではないかと思う。
けれども、特にそんな苦労を感じさせない作品が生まれている。おそらくその理由は、4人それぞれの技量に加えて、アレンジを担当した西島芳がいいリーダーシップを発揮したということだろう。過去の音楽を継承しながら、現代のジャズシーンで自分の立ち位置を見据える音楽家たちが、じっくり作品作りに向き合っている。
西島からのオファーを受け、本作に参加した3人のうち、東かおると甲斐正樹(コントラバス)は、西島芳と同様に関西で活躍する音楽家である。5曲目〈A Celtic Blessing〉では、西島と甲斐のピアノ+コントラバスによるデュオ演奏が間奏曲のように使われる。穏やかで美しく、どこか懐かしさの感じられる曲だ。これに続く〈Christ The Lord Is Risen Again〉で高らかに歌う東の声には、ニューヨークのハーレムの教会でクワイヤ(聖歌隊)に参加していたという彼女の経験が、みごとに反映されている。
市野元彦については、おそらく細かい説明は要らないと思う。現在とりわけ注目を集めるギタリスト、という印象が強い。そして本作では、アルバムを単に洗練されたものにするだけでなく、先鋭的なジャズ作品へと仕上げていく大切な役割を担うエッジの効いた楽曲が多く生まれたのは、彼の弾くギターの技に負うところが大きい。
ディスク2の最初の4曲の作風は、1980年代以降のテクノポップを継承し、ジャズというジャンルからは少し離れるが、非常に面白い曲ばかりだ。未発表のデモテープから抜粋されたサウンドの豊かさに、遠藤ゆかりはポップシンガーとしての才能にも恵まれた人だったと知る。
90年代当時のリズムマシーンを使い、日本情緒に満ちた曲〈若紫(ゆかり)〉は、ディスク1の同曲との違いを比べるのが楽しい。アレンジ、歌い手の声など、それぞれの面白さに出会う。テクノポップ風の原曲から打ち込みドラム音を除いたものは想像できないが、「遠藤ゆかりプロジェクト」による現代バージョンではドラムレスだ。ピアノとベースがどのように対応するかも聴きどころになる。
ギターのエフェクターを使って、原曲の幻想的なムードを踏襲するように始まるが、アコースティックピアノがリズムを刻み、90年代のスタイルはぐっと後退し、現代のジャズらしさに満ちたものに仕上がっている。メインヴォーカルの東かおるを追いかけるように重なる西島芳の歌声が美しく、幾度も表情を変える市野のギターも素晴らしい。
ディスク2の前半4曲は、テクノポップのぎらつくような輝きに満ちているが、5曲目からはがらりと雰囲気が変わり、1990年代のジャズバーのサックスの音が、この時代の空気をまるごと運んでくる。6曲めの〈Birdland〉を聴くと、Weather Reportのヒット曲がこんなにもゴスペル色濃厚だったかと驚かされる。この曲が流行った時代を知る人間にはとても興味深く、弾けるような遠藤ゆかりの歌声が魅力的だ。
個人的な想いを少しここに書くと、一度も見ることがなかった関東のジャズクラブの華やかなステージに立つミュージシャンたちの姿を、CD ブックレットの表紙、裏表紙を埋め尽くす写真の中に眺めながら〈Body And Soul〉や〈Street Life〉を聴くのは、バブル期を通過してなおも輝いていたであろう夜の東京を、ドキュメンタリー映画で見るような体験である。この世界の真っ只中にいた人には別の印象があるだろうが、「バブリーな東京」を遠い日の花火のように見ていた人間には、全て初めて知る世界だ。移ろいゆく光の中で、懸命に、そして陽気に歌う遠藤ゆかりと、彼女の周りのミュージシャンが駆けぬけて行った90年代を、このライヴ演奏を通して、身近に体験できたような気がする。自分はそれぐらいジャズライヴと縁遠い生活を送っていた。
すでに触れたことと重複するが、遠藤は1997年に結婚、第一子を出産した2000年に音楽活動を停止、2008年にオーストラリアに移住、クリスチャンとしての人生を歩み始めた。神学を学び、2018年に帰国してからは社会奉仕活動に取り組む。そして音楽活動再開を目指し、西島芳と連絡を取り…2015年に急逝。
そして西島は<机の上に遺されたひと束の譜面から、現在そして未来に向けて紡ぎ出す新たな音の世界>の構築に取り組み始め、本作が生まれた。
関連リンク:
遠藤ゆかりトリビュートCD発売記念ライヴ https://jazztokyo.org/news/local/post-84283/
(東かおるのブログより)
“DROP, DROP, SLOW TEARS” 発売のお知らせ https://kaoruazuma.com/drop-drop-slow-tears-release/
Drop, Drop, Slow Tears CD発売 大阪コンサート https://kaoruazuma.com/2023-4-9/