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CD/DVD DisksNo. 309

#2297 『J JAZZ VOL. 4: DEEP MODERN JAZZ FROM JAPAN – THE NIPPON COLUMBIA LABEL 1968 -1981』

text by Masahiro Takahashi 高橋正廣

英国BBEレーベル『J-JAZZ』シリーズ第4弾から和ジャズを探る

古今のインディペンデント・レーベルの出自がそうであるように、熱心なジャズファン、レコードコレクターが夜な夜なクラブやパブでジャズ談義を交わすうちに、酒の勢いから自らレーベルを起そうという無謀な企みがどんどん膨らんで遂に現実のものとなるというプロセスを辿るという事実は英国のBBEレーベルにも共通する。創立25周年を迎えるというレーベルBBEにおいて、重度の和ジャズマニアである2人の英国人トニー・ヒギンズ、マイク・ペデンはパブで話をしているうちに和ジャズのコンピレーション・アルバムの制作を思いつく。コンピレーションのピックアップにあたっては①日本人アーティストであること、②日本のレーベルであること、③再発されていないか、廃盤になっていること、④著作権のライセンスが可能なこと、そして⑤最高級でバランスが良く、幅広いジャズのスタイルであることという5つの高いハードルを自分達の選曲に課していて、1960年代から1980年代にかけての日本のジャズシーンの公正な描写を心掛けるとともに先ず自分達が素直に楽しめる音源をピックアップすることで『J-JAZZ」シリーズは発足した。1960年代から1980年代までの和ジャズからのピックアップは彼等にとって大変楽しい作業てあると同時に困難の連続であったことだったろうと想像する。

<何故いま、英国で和ジャズなのか>という疑問に向き合ったとき、”音楽地政学”的な視点で考察してみたい。中世以降のクラシック音楽では大陸優位は動かない。ドイツ、オーストリア、フランス、スペイン、イタリアを中心としてバロック音楽以降、数多の名作曲家、名指揮者、名演奏者が名曲、名演奏を生み続けてきた事実を見ると島国英国の存在価値は果たしてどれほどなのだろう。大陸に較べるとはるかに見劣りすることは否めない。英国民のエネルギーが海洋国家ならではの覇権主義に専ら費やされた結果、芸術文化への傾注が乏しかったと観るのは短絡的すぎるだろうか。その英国の音楽シーンが世界的に注目され始めたのはやはりビートルズ、ローリングストーンズといったロックの台頭であり世界の音楽シーンを席巻していったことは翻って英国のジャズ界にとっては幸福な状況とは言えなかっただろう。無論、優れたジャズメンは英国にも居たが、彼等は国内の音楽シーンにおいてはマイナーな存在でしかなかった(と筆者は推論する)。一方の日本へと目を向けると同じ島国として近似的ながらも明らかに異なった風景が浮かんでくる。鎖国下の江戸時代は西洋音楽が流れ込んでくることはなく日本固有の民俗音楽しか存在しなかった。明治維新後の急速な西欧化に従ってフランス、ドイツ辺りからまずは軍楽隊の音楽として西欧の音楽が流入したのだろう。その後は人的交流が進むとともに無声映画の伴奏などで西欧音楽が一般市民にとって馴染みのあるものへと変化した。しかし対米英の太平洋戦争の勃発にともなって欧米の音楽は敵性音楽として一時停滞する。そんな状況を大きく変えたのが敗戦後の進駐軍の存在だ。戦前にもジャズがなかったわけではないが、本格的な和ジャズの勃興はここを起点とすると考えるのが妥当だろう。進駐軍のクラブでは日本の軍楽隊から払下げられた楽器を携えて軍楽隊出身のミュージシャンと進駐軍として滞在していた米国のジャズミュージシャン達の交流により毎夜ジャズが演奏された。スイングジャズ一辺倒からビバップ、クールと一気に襲った新しい波をキャッチアップして日本のミュージシャン達はめきめき腕を上げる。そんな模倣と試行錯誤の1950年代から1960年代前半を経て日本のジャズシーンは貪欲に新しい潮流を吸収してゆく。とりわけ1965年に渡辺貞夫がバークリーから帰国、ミュージシャン達がこぞって”渡辺塾”に通い詰めてバークリー理論の教えを乞うたことが日本のモダンジャズの発展のトリガーとなり、そんな中で日本独自のジャズのスタイルを確立していったのが1960年代後半以降ということになるだろう。そして付け加えるならば日本独自の文化であるジャズ喫茶が、ジャズの情報発信地にしてファンの拡大とミュージシャンの表現の場として大いに貢献していることも見逃せない。ともあれ日本のジャズシーンは1970年代前後から世界のジャズの潮流と周辺音楽をどん欲に吸収し、ミュージシャン達の鍛錬も相まって飛躍的に深化と拡大を遂げていったことは瞠目されるべき事実であることは疑いない。ジャズ喫茶の貢献については当アルバムのジャケットに散りばめられた多くの写真がそれを物語っており、トニーとマイクの狙いもそこにあるのだろう。

トニー・ヒギンズ、マイク・ペデンの2人が極東というジャズ辺境と思われていた和ジャズに注目したことは、共に島国という音楽地政学的視点に立つと実に興味深いことではないだろうか。1950年代以降の英国のジャズシーンの実情に対して和ジャズのポテンシャルの高さに2人が瞠目したとみるのは筆者の欲目か。トニーとマイクが制作した「J-JAZZ」シリーズはこれまで3枚リリースされている。Vol.1では名作と言われる楽曲を中心とした和ジャズ入門編、Vol.2では選曲対象を拡げジャズのジャンルのあらゆるスタイルを網羅することを心掛け、Vol.3では更に対象の拡張と深化を図りインディレーベルやプライベートレーベルの作品を採り上げている。今回、リリースされたVol.4では日本のビッグレーベルの一つ日本コロンビアのカタログから1968年から1981年という和ジャズ史にとって重要な時期にスポットを当ててCD2枚分16曲がチョイスされている。ラインナップを眺めれば和ジャズの多彩なスタイルとともに人材の豊富さを実感できる。

BBEレーベルの方針かどうかは不知だが、現時点で本CDにはライナーノートが付属していないので曲のタイトル以外、詳しいメンバーやアルバム名は不明のため、一部の曲は筆者の聴いた感じだけのレビューとなることをお許しいただきたい。

Disc 1

01.<Exchange>。  Takeo Moriyama 山下洋輔トリオを離れた森山威男(ds)が組織したカルテット+1によるモーダル・ジャズの真骨頂というべきナンバーが冒頭を飾る。森山の圧倒的な風圧のドラミングは勿論のこと、国安良夫(ts)、松風紘一(as)、板橋文夫(p)の噴き出すマグマの熱量に昏倒するばかり。

02.  <The Ground For Peace>。   Jiro Inagaki & His Soul Media ジャズ・ファンクの第一人者稲垣次郎(ts)による2曲目は川崎潦(g)、今田勝(org)、大野俊三(tp)等気鋭のメンバーによるファンクネス全開の1曲。単なるBGM化することなくそれぞれが重厚なソロで和ジャズならではのグルーヴ感を強烈にアピールする。

03.  <Chakkiri Bushi>。  Nobuo Hara and his Sharps & Flats, Hozan Yamamoto 尺八でジャズを演奏するという大胆な挑戦をした山本邦山をフィーチャーしたシャープス&フラッツの作品。北原白秋作詩/町田嘉章作曲の新民謡「茶切節」を前田憲男のアレンジで演奏。邦山の意外にもジャジーな尺八と日本の最高峰ビッグバンドのハーモニーが日本的題材を見事に消化している。

04.  <Trial Road>。  Tomoki Takahashi 高橋知己(ts/ss)の初リーダー作。吹き出しの良いテナーが軽い8ビートに乗って陽性のソロを取る、爽快さが前面に出たナンバーだがメロウなフュージョンの枠を超えて壮大なグルーヴ感、疾走感を醸し出しているのはメンバーがリアルジャズの猛者ゆえだろう。

05. < A Muddy Muffin>。  Masahiko Sato 「Pianic Pianism」と題された3人(前田憲男、鈴木宏昌、佐藤允彦)のソロピアノ集からの1曲。J-JAZZピアノの第一人者佐藤允彦の才気がエッジの切り立った1音1音にほとばしる。この頃の佐藤のプレイには戦慄させられるばかりだ。

06. <Samba de Negrito>。  Takashi Mizuhashi & Herbie Hancock 通好みのベーシスト水橋孝がファンク路線を突っ走っていた頃の(el-p)を招いてのサンバ・グルーヴ。オリジナル発売時には殆ど話題に上らなかったのではないか。ハービーの絶好調のエレピと水橋のソリッドなベースがぶつかり合う、こんな超マイナーなフュージョン盤に目を付けるとはトニーとマイクは凄い奴らだ。

07.  <Scramble>。  Hiromasa Suzuki 日野皓正のグループで注目された鈴木宏昌(p,el-p)はロックエイジの影響を受けたプレーヤーだけあって、タイトなリズムが躍動しブラスがシャウトするファンクなフュージョン・サウンドが爽快。とりわけ”コルゲン”鈴木のエレピの過剰な程の美意識の前にはひれ伏すのみ。

08.  <A Head Wind>。  Shigeharu Mukai Quintet 日本のトロンボーンのトップランナー向井滋春が放ったスピリチュアルな作品。「向かい風」のタイトルが意味するのは向井の気概を指すのだろうか。古澤良治郎(ds)を中心とする重量級のリズム・セクション、高橋知己の咆哮するソプラノ・サックス、元岡一英の一途なまでのピアノに続く向井の豪放なトロンボーン、古澤のヴァイタルなドラムと一分の隙もないソロが連続する大作。

Disc 2

01.  <Prelude To The Afternoon Of A Faun>。   Nobuo Hara and His Sharps & Flats 卓越したバンドマスターにして日本のビッグバンド界のドンとして長年君臨した原信夫が率いたシャープス&フラッツに鈴木宏昌がアレンジとエレピで参加する1曲。レア・グルーヴ満載のうねりが耳に襲いかかる。

02.  <Jones Street>。  Kiyoshi Sugimoto 日本の5指に入るギタリスト杉本喜代志が米国武者修行から帰国後に放ったジャズ・ロックの名作からのナンバーでは杉本の超絶のギター、植松孝夫のソプラノ、鈴木宏昌のエレピとダークネスをまとったグルーヴ感に圧倒されるばかりだ。

03.  <By The Red Stream>。  Hiromasa Suzuki, Jiro Inagaki & Big Soul Media このJ-JZZ Vol.4では鈴木宏昌が参加したアルバムが多数ピックアップされていてトニーとマイクが彼に注目していたのだろう。稲垣次郎が率いたジャズ・ファンクのフルバンドに客演した鈴木が作編曲にペンを奮ったアルバムからの1曲。フルバンドによるファンクという希有の作品はスケールの壮大さで当時のジャズシーンに大きな一石を投じたことだろう。

04.  <Kaleidoscope (Edit) >。 Mickie Yoshino & Kazumi Watanabe FM東京のデンオン・ライヴ.・コンサート200回記念のスタジオ・セッションでゴダイゴのキーボード奏者ミッキー吉野と渡辺香津美が共作したナンバー。日本のジャズ・ファンクの担い手達10数名が一堂に会した圧倒的なパフォーマンスは古今に類を観ない。

05.  <Ougi Denju-shiki >。  Toshiyuki Miyama and His New Herd シャープス&フラッツと並んで日本のビッグバンド界の双璧を担う宮間利之とニューハードが日本の土着的なテーマをジャズ・ファンク的に解釈するという挑戦的作品。

06.  <Toppu >。   Shigeharu Mukai 日本のトップ・オブ・トップのトロンボーン奏者向井滋春の初リーダー作から「突風」のタイトル通り、ダイナミックな風圧で今村裕司のパーカッションの律動が8ビートのグルーヴ感を増幅する中、元岡一英(el-p)、土岐英史(ss)、向井、高橋知己(ts)と続くスケールの大きなソロは和ジャズならではのヴァイタルな覇気が溢れている。

07.   <Mickey’s Samba >。 Mikio Masuda 気鋭のキーボード奏者として大きな期待を集めていた益田幹夫の『Moon Stone』からの1曲は何処までも明るいサンバ。益田はその後難病を得て再起まで辛酸を舐めるのだが、この曲の明るく才気煥発なパフォーマンスは若さが躍動して大きな未来が広がっているようだ。

08.  <Macumba>。  Fumio Itabashi 作品の根底に大自然への深い憧憬を抱える板橋文夫のオリジナル曲<マクンバ>は大地の生命力、力強さが横溢する。大友義雄のソプラノ・サックス、古澤良治郎のドラム、初山博のヴァイブの参加が大いなる自然賛歌に寄与しているのは勿論だが、板橋文夫ならではのソウルの熱さとスケールの大きさが圧巻だ。

今回「J-JAZZ」Vol.4のCD2枚16曲を聴き通してトニー・ヒギンズ、マイク・ペデンのBBEレーベルの仕事ぶりに感動すると共に、和ジャズの秘境の奥深さに触れられたことは筆者の長いジャズ探訪歴の中で大いなる収穫となった。この2人にとって和ジャズの秘境への扉は開かれたばかりだろう。この先さらに未踏の樹海へと歩を進めることを期待したい。今後個別レーベルのDigが続くのであれば、次のステップではTrioレコードなどは秘境の和ジャズを探る好適なターゲットだと思うが如何だろう。

高橋正廣

高橋正廣 Masahiro Takahashi 仙台市出身。1975年東北大学卒業後、トリオ株式会社(現JVCケンウッド)に入社。高校時代にひょんなことから「守安祥太郎 memorial」を入手したことを機にJazzの虜に。以来半世紀以上、アイドルE.Dolphyを始めにジャンルを問わず聴き続けている。現在は10の句会に参加する他、カルチャー・スクールの俳句講師を務めるなど俳句三昧の傍ら、ブログ「泥笛のJazzモノローグ」を連日更新することを日課とする日々。

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