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CD/DVD DisksNo. 312

#2310 『Dan Weiss / Even Odds』
『ダン・ワイス / 勝算は五分五分』

text by 剛田武 Takeshi Goda

CD/Digital: Cygnus Recordings – CR104

Dan Weiss – Drums and compositions
Miguel Zenón – Alto Saxophone
Matt Mitchell – Piano

1. It Is What It Is
2. The Children of Uvalde
3. Bu
4. Rising
5. Recover the Mindset
6. M and M
7. Horizontal Lifestyle
8. Vertical Lifestyle
9. Five to Nine
10. Ititrefen
11. Too Many Outs
12. Runner-Runner
13. Nineteen to the Dozen
14. Max Roach
15. Bribes and Ultimatums
16. Royal Beatings
17. Fathers and Daughters
18. Peculiar Pathos of Self Importance
19. Conversing With Stillness
20. Nusrat

Produced by Dan Weiss and David Breskin
All Compositions by Dan Weiss (© 2023 Littlevivs1music, BMI)
Recorded September 19th & 20th at Oktaven Audio
Engineered by Ryan Streber
Mixed and Mastered by Mike Marciano
Album design by Miles Okazaki
Photo by Stephanie Ahn-Weiss

https://www.danweiss.net/

リズムから生まれるアイデアと遊び心~NY鬼才ドラマーの新機軸トリオのデビュー作。

「ダン・ワイスという人は、ここ十数年程の間、いわゆるブルックリン・シーンを引っ張ってきたドラマーだ。そして特筆すべきは、彼がタブラという楽器を通してインドの古典音楽を研究し、その複雑なリズムを時にドラムでの演奏に取り入れて彼独自のビートを作り出してきたということだ。」蓮見令麻/ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま 第2回 ダン・ワイス Sixteen:ドラマーのための組曲より

移民の国アメリカ合衆国は「人種のるつぼ」(最近は「人種のサラダボウル」という表現が主流)であり、とりわけ「ビッグアップル」(こちらも古ぼけたニックネームに感じられる)=ニューヨークの音楽シーンは歴史的に多種多様な文化が混ざり合うことで変化・変転・変遷して来た。ポップス、ジャズ、クラシックといった主流ジャンルはもちろん、実験音楽や即興音楽でも「多文化主義」こそが新しい波の原動力なのである。

ダン・ワイスは、25年間パンディット・サミール・チャタルジーにタブラを師事し、インド古典音楽を自家薬籠中の物とするとともに、現代古典音楽、西アフリカ音楽、メタルなど多種多様なリズムを研究し、従来のスタイルやジャンルを超えたサウンドを追求してきた。蓮見が紹介した『Sixteen: The Drummers Suite』(2016)はワイスの敬愛する6人のジャズ・ドラマーのリズムのパターンの参照と、チャクラダーというというタブラ特有の作曲構成を交差させて、大編成のアンサンブルによる音楽の変遷を集大成した。そんな「リズムのサラダボウル」「多リズム主義」が彼の創造の美学であり音楽表現の原動力なのである。

「ここ数年、作曲のツールとしてドラムセットを使うことが多くなった。ドラムから生まれるアイデアが、私の音楽の土台になっている」(ライナーノーツより)。

1977年生まれのワイスが、プエルトリコ出身のサックス奏者ミゲル・ゼノン(1976年生まれ)とピアニストのマット・ミッチェル(1975年生まれ)という同世代のブルックリン・シーンの実力派ミュージシャンと結成した新たなトリオ「Even Odds」のデビュー作にして、自らの美学をよりシンプルかつフレッシュな手法で開花させたのが本作である。収録された20曲のうち、ワイスがトリオ用に作曲した6曲以外は、事前にソロで録音した1~3分の短いドラム・トラックに、他の二人が即興演奏をオーバーダビングする方法で制作された。これはコロナ禍の時のやむを得ぬリモート・レコーディングに倣ったものではなく(ヒントになった可能性はあるが)、ワイスが意図的に採用した異例のレコーディング・メソッドであった。ワイスからのお題(ドラム)に、ゼノンとミッチェルが洒落の利いた回答(サックスとピアノの即興演奏)を返す大喜利のような遊び心と、これまで試したことのないレコーディング方法がうまくいくか、一か八かのギャンブル感覚。勝算は五分五分(Even Odds)だったが、本作を聴けばワイスたちが見事に賭けに勝ったことは明らかだ。

「彼らの深い音楽性とキラーとしての直感が、私が思いもよらないような場所へと音楽を導いてくれると、生来の信頼を抱いていた。実際にその通りになったセッションで一番大変だったのは テイク1かテイク2のどちらを選ぶかということだった」。(ライナーノーツより)

Miguel Zenón, Matt Mitchell, Dan Weiss
photo by Stephanie Ahn-Weiss

インド古典音楽の繰り返しの多いリズムは数字では割り切れない。西洋音楽の変拍子や変則ビートとも異質なインドのリズムを骨肉化したワイスのドラミングは、心臓の鼓動のような生命感に溢れいる。絶え間なく変動する体内時計パルスの間を縫って流麗なメロディを奏でる注入するゼノンのサックスの官能性と、リズムのカウンターを突くミッチェルのピアノの微細な美しさの対比が絶妙で、聴くたびに新しい脈動と音の襞の重なりを感じる。”Rock, paper, scissors, shoot! It’s a tie!(じゃんけんぽん!あいこでしょ!)”というジャケット通り、三者が付かず離れず均等のバランス感覚を保ったままで自由に音楽を創造する歓びが堪能できる。

興味深いのは制作過程のネタバラシをしていることだ。つまり元のドラム・トラックとオーバーダビング後のトリオ・トラックを並べて収録しているのである。M5「Recover the Mindset」とM6「M and M」、M11「Too Many Outs」とM12「Runner-Runner」、M15「Bribes and Ultimatums」とM16「Royal Beatings」はそれぞれ前者がドラム・トラックで後者がトリオ。またM7「Horizontal Lifestyle」、M8「Vertical Lifestyle」は前者がサックスとピアノ(つまり元のドラムを抜いた音源)で後者がトリオになっている。しかしながら通して聴くと何の違和感もなく一つの流れが生まれているので、ドラムが同じだと気付く人は少ないだろう。見破られない「からくり」の謎解きもワイスたちの遊び心の現れと言えよう。

謎解きついでに記せば、本作には先人たちのエキスも隠されている。そのものずばりのM14「Max Roach」はもちろん、M3「Bu」はアート・ブレイキーのニックネーム、M10「Ititrefen」はウェイン・ショーターの「Nefertiti(ネフェルティティ)」(マイルス・デイヴィス・クインテット)の逆読み、M20「Nusrat」はパキスタンの代表的なカッワーリー歌手Nusrat Fateh Ali Khan(ヌスラト・ファテー・アリ・カーン)に因んでおり、彼らの演奏やリズム・スタイルへの敬意と愛情が込められている。

多種のリズムのサラダボウルを遊び心たっぷりに料理するワイスの”勝算五分五分”トリオの創造の泉は滾々と溢れ続ける。(2024年4月2日記)

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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