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CD/DVD DisksNo. 314

#2318 『MOON wth 山本 剛トリオ / Midnight Sun』

Moonの5作目にあたる新作『Midnight Sun』を聴いて思ったこと

text by Toshiro Kobari 小針俊郎

SOMETHIN’COOL SCOL1072

MOON (vo) HAEWON MOON
Tsuyoshi Yamamoto (p) 山本剛
Hiroshi Kagawa (b) 香川裕史
Chicco Soma (ds) チッコソウマ

1 I Let a Song Go Out of My Heart
2 Midnight Sun
3 In the Middle of a Kiss※
4 Autumn Leaves※
5 Misty
6 Send in Crowns
7 I Didn’t Know Wat Time It Was
8 Girl Talk
9 I Got It Bad That Ain’t Good
10 Look to the Moon※
11 A Cottage for Sale

Recorded at Tanta Studio & 54it Studio, November 27-December 1, 2023

韓国出身の女性ヴォーカリストMoonの新作は山本剛(pf)、香川裕史(b)、チッコ・ソウマ(dms)によるトリオとの共演。これまでポップスやオリジナル・ナンバーをハクエイ・キム(pf)、佐藤浩一(pf)らと組んだアルバムで発表してきたが、今回は大ベテランの山本剛との共演。

収録全12曲中1曲の自作を除く全曲が大スタンダード。しかも山本剛のトレードマークともいうべき「ミスティ」が含まれるジャズ・ヴォーカル・ファン待望の1作といえるだろう。
果たして歌唱、アレンジ、伴奏そして録音、ジャケット・デザインのすべてにおいて抜群の出来栄えと申し上げておく。
私がMoonを最初に聴いたのは2019年の夏に来日したときのことだ。
どこまでもしなやかに、そして軽やかにジャズを歌う美声に聴き惚れた。彼女の美点はしなやかさ=柔らかさ、軽やかさ=溌溂とした表情に感じ入ったのである。
日本の女性ヴォーカリストの中にも、僅かにこうした良さを持つ人もいるが、その数あくまで僅少である。韓国の女性ジャズ・ヴォーカリストにもMoonに先行して国際的に活躍する人が何人かいるが、ここまで感心させられたことはなかった。
彼女の最新作『Midnight Sun』には上掲の美質に加えて艶やかさも加わった巧さに感服した。誇張も作為もなく、あくまで自然体で自分のジャズを歌っている。その姿勢に惚れ直した次第だ。
ここで強調しておきたいことは自然体=おおらかさだ。振り返って我が国のヴォーカル界を眺めれば、残念なことにおおらか=闊達にジャズを歌う人が少ない。緊張してか肩をこわばらせて歌うような人が多い。Moonの明朗な歌を聴きながら、そんなことを考えさせられた。
この機に日本の女性ジャズ・ヴォーカリストについて日頃感じていることを、感銘を受けたMoonの歌いぶりと比較してみる。

(1)日本人女性ジャズ・ヴォーカリストの弱点とは
現在の日本のジャズ・ヴィオーカルの世界の大半は女性陣によって占められている。そこにはそれなりの理由があるし、散々いわれてきたことだからここでは触れない。問題は九割がたを占める女性ヴォーカリストの巧拙の分布である。
アメリカの学校の成績表に倣ってA, B, C, D, F(failure=落第)の5段階評価をつけるとすると、私のみるところ以下のような分布になる。

A 5%
B 10%
C 30%
D 30%
F 25%

つまり平均点のC以下が85%であり、A=優が5%、B=良が10%というところだ。
日頃からヴォーカリストのコンサートやクラブ・ギグに接している方には多分同意いただけると思うが、困ったことは平均以下のヴォーカリストにも人気が集まるということだ。逆に言えば歌が上手いことは必ずしも評価につながらない。下手でも固定客がついているから、稼業としては成り立つのが現在のヴォーカル界なのだ。この状況が我が国のヴォーカル界の発展を妨げているといえるだろう。

(2)Moonの新作アルバムの出色である幾つかの点
突き放した言い方になるが、韓国の女性ヴォーカリストMoonとの比較で、日本の女性ヴォーカリストの難点をあげる。お断りしておくが、(金をとって)プロとして人前で歌う最低限の資質である聞き苦しくない声質、音程、リズムなどは個人差はあるが一通りは出来ているレベルの諸嬢という前提である。

①英語発音力
②フレージング力
③曲の構造の把握力
④フェイク、アドリブのセンス
⑤歌意の解釈力
⑥(スタンダード・ソングの場合)オリジナル作品成立の社会環境への理解力

私のみるところ、C以下の人々は以上6点の技術や理解力が圧倒的に不足している。ではMoonはどうか。
①~⑤は完璧である。
①本場アメリカ人と比べると外国語というハンディはあるものの米人にありがちな妙な訛りがなく、却って学んで習得した者が持つ正確さがある。
①が出来ているから②が自然なのは当然である。
③を理解しているからストレスとシラブルを旋律のどの部分に当て、⑤歌意を壊さずに滑らかなフレージングを作る。長音の語尾にわずかなヴィブラートをかけて歌意を強調する繊細な配慮。
すべてが理に適うのでブレスのとりかたにも無理がない。
④は和声進行の把握と音感がものいうが、コードの許容範囲ならば何をやってもいいというものではない。サラ・ヴォーン並みのテクニシャンならば許されるのかもしれないが、そうでもなければそもそもやる意味がない。この点Moonはスタンダード名曲への礼儀と敬意を失わない。
センスというのはこの場合、程の良さ、やりすぎずに適量であることが大切だが彼女のバランス感覚は見上げたものだ。歌意を読み込み、その理想的な表出に持てる感性を注ぎ込んでいる。
そして⑥だが、全体的にみれば創唱者の歌い方、曲の時代性などへの向学心もあると感じる。その一端は選曲センスに現れていると私は感じた。
まず1曲目にデューク・エリントンの「歌を忘れよう」、そして2曲目にライオネル・ハンプトンの「ミッドナイト・サン」を持ってくるセンスはどうだろう。都内や横浜で長く女性ヴォーカリストの歌に接してきたが、一度も聴いたことがない。
「枯葉」「ミスティ」というお馴染みの曲も取り上げているが、スティーヴン・ソンドハイムの難曲「センド・イン・ザ・クラウンズ」、ロジャース=ハートの名曲「時さえ忘れて」も滅多にきくことはない。
「トゥイステッド」は1949年のウォーデル・グレイのソロにアニー・ロスが作詞したヴォーカリーズだが、言葉の詰まる難所も微笑みさえ浮かべて突破していく。多分ロスの録音(1952年)を聴き込んで発音、リエゾン、フレージングを研究したのだろうが、これまた全く破綻なく、そして一語一語明瞭に歌いきっている。
そして「コテージ・フォー・セール」の喪失感はどうだろう。
多分この小さなコテージはかつて二人の宝だった。手入れの行き届いた芝生の庭、その片隅はバラ園だった。
しかし今、そこを訪ねてみれば、庭は雑草に覆われ、誰もいない小屋の扉には「売り家」の札が風に揺れている。
男女ともに歌うが、こうした家庭的な温もりへの恋着心は女性のほうが強いのではないか。
Moonの見事さは、主人公の胸中に湧く昔日の想い出に浸りながらも、涙をこらえる女性の表情を描いた点だ。歌詞も旋律も感傷に満ちているが、それを後景に押しやり、あらわな感情を伏せ、わざとらしい哀しみの表情をみせない。このリアルで自然な表現力に感情を動かされるのはむしろ聴き手なのである。
Moonのこうした姿勢を読み取った山本剛の繊細の伴奏も素晴らしい。名曲満載の本作だが、この1曲だけでも聴く価値十分と言っておく。
以上にMoonの歌唱力と彼女の魅力の源泉ともいえる「しなやかさ」「軽快さ」「自然体」について記した。日本の女性ジャズ・ヴォーカリストの85%を占める平均点以下の方々の参考になれば幸いである。(2024年5月22日) 

小針俊郎

小針俊郎(ジャズ・プロデューサー)Toshio Kobari 1948年3月横浜生まれ。1970年開局の年にFM東京入社。番組編成、音楽番組制作部門に勤務。現在一般社団法人横浜ジャズ協会副理事長、横濱ジャズ・プロムナード実行委員会プログラム部会長、一般社団法人日本ジャズ音楽協会副理事長などを務めている。

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