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CD/DVD DisksNo. 314

#2319 『Hitoshi Nakajima /Mirror of the Mind 』
『 中島仁/ミラー・オブ・ザ・マインド』

text: Ring Okazaki 岡崎凛

レーベル: BlueCloud、リリース日:2024年4月24日

Hitoshi Nakajima / bass 中島仁
Shin-ichiro Mochizuki / piano 望月慎一郎
Manabu Hashimoto / drums 橋本学
Guest :Ove Ingemarsson / tenor sax (on track 1, 4, 6, 9) オーベ・インゲマールソン※

Tracklist and composers:
1. Zero Jiba (Manabu Hashimoto)
2. The Little Prince (Shin-ichiro Mochizuki)
3. Glacier (Shin-ichiro Mochizuki)
4. Mirror of the Mind (Hitoshi Nakajima)
5. Mañana (Hitoshi Nakajima)
6. Yashima (Manabu Hashimoto)
7. Dawn (Hitoshi Nakajima)
8. Dance with Space People (Hitoshi Nakajima)
9. Hello Again (Shin-ichiro Mochizuki)

Recording, Mixing, Mastering Engineer: Shinya Matsushita (Piccolo Audio Works)
Recorded at TAGO STUDIO TAKASAKI on November 4-5, 2023


このアルバムで出会う音、そこから思い浮かべる風物は、リスナーそれぞれ違うだろうが、例えば、深い色に染まる山や森、だろうか。大都会のビル群や、その下を行きかう人々の表情を想う人もいるだろう。2曲目を聴いて浮かんだのはそんな情景だった。繰り返される穏やかなピアノのメロディーに、ふだん目にするごく当たり前の日常的風景を重ねていた。その後、曲のタイトルが〈The Little Prince〉だと知ると、ずいぶん好き勝手な空想をしてしまったものだと思ったが、音楽というものはリスナーがそれぞれの楽しみを広げるものだから、タイトルを見ずにさまざまな情景を想うのも、悪いことではないだろう。そして本作は、おそらくリスナーのイマジネーションを際限なく刺激するアルバムではないだろうか。

本作を聴くうちに、次第に自然豊かな山々の香りが似合うアルバムのように思えてきた。これは本作のライナーノートを読んだ影響だろうか? コントラバス奏者、中島仁が生まれ、今も暮らすという長野県安曇野市という地名を聞いたときに、当たり前のように「豊かな自然」という言葉が浮かんだ自分である。だがおそらく、そうした情報を目にすることなく、本作から山の土や木々の香りを感じ取れたと思う。雑木林、木漏れ日、土を濡らす水滴など、記憶の奥底にあるものが、すべて本作の楽曲に共鳴するように蘇った。

私的な観点からの説明が長くなったが、演奏家たちが日々目にする景色が、それぞれの感性の奥深くに根付いているように思う。伸びやかなアルコベースの響きが、山々を超えて空へと広がるようなひと時を味わいながら、このアルバムは多くの北欧ジャズ作品につながっていると感じた。おおまかな言い方になるが、欧州のジャズアルバムでは、山や森をテーマに作られたものによく出会う。そして、ゲスト参加するオーベ・インゲマールソンはスウェーデン出身、ピアニスト、ラーシュ・ヤンソンとの共演歴があり、現在は新潟在住だと知る。漠然と聴き始めて、欧州のジャズとの共通点を考えていたところで、インゲマールソンのプロフィールを読んだ。スウェーデン、イェーテボリで活躍したサックス奏者にここで出会うとは、何とも感慨深い。偶然と必然がみごとに一致するようだ。

このトリオは、デビュー盤から一貫して欧州志向がはっきりしている。望月慎一郎(ピアノ)、橋本学(ドラム)をレギュラーメンバーとする中島仁のトリオを聴くのは、欧州からの便りを受け取るような体験でもある。それぞれのメンバーがイリプレイサブル(irreplaceable)だと語られるこのトリオ作品の隅々から、欧州ジャズへのリスペクトが伝わってくる。ライナーノートやインタビュー記事を読むと、3人がどれほど欧州のジャズを大切に聴いてきたかが語られる。とりわけECMレーベルのアーティストたちへの熱い思いが伝わってきたし、それが確実に本作収録の楽曲に反映している。

中島仁、望月慎一郎、橋本学それぞれ個人の音楽歴史がベストな形でつながり、このセカンドアルバムが生まれたのだろう。これまで築いてきたものをさらに凌駕しようとするエネルギーに触れる。また、3人とゲストが目指すもの、共有する美意識が、ごく自然に一致していく流れを感じる。
本作は、スウェーデン在住のベーシスト、森泰人が関わってきた「スカンジナビアン・コネクション」の長い歴史が、日本のあちこちで実を結んでいるのを実感するアルバムでもあった。


楽曲について語ると永遠に喋り続けそうなので、私的なラフスケッチ程度に:
1曲目、〈Zero Jiba〉。曲との出会い頭に心を奪われる見事な構成がある。着実に前に進む足音のようなコントラバスを軸にドラムとピアノが軽やかに駆けてゆく。その3人を眼下に眺めるように、大らかな音で応えるサックスの音色が爽快であり、息づく生き物の日常に触れるようなオープニング曲で、ドラムソロも冴える。
2曲目〈The Little Prince〉でピアニストとドラマーの繊細な音色に出会い、3曲目〈Glacier〉ではベーシストの詩情あふれるソロが始まる。アルコベースの音色の奥行きが素晴らしく、前半のクライマックス・シーンの一つ。
2曲トリオ演奏が続いた後、再びテナーサックスが入る4曲目はタイトル曲の〈Mirror of the Mind〉。心を映し出す鏡がテーマだが、その鏡面はどんどん広がって川面を眺めるようになる。ダイナミックでスケールの大きい曲。落ち着いた演奏からエモーショナルな展開へと突き進む瞬間がスリリングだ。
〈Mañana〉:ベースがまず語り、ピアノが返答するというやりとりは、ピアノトリオの基本形の一つかもしれない。シンプルな構成ながら、このトリオらしい重厚感がある。
〈Yashima〉 :4人での演奏。重量感あるベースがリズミカルに低音を刻み、パーカッションの乾いた音が響く冒頭が少しラテンテイストで、闇夜にざわめく木々や月明かりを想像する6曲目。ピアノやベースの歌心が真っすぐ心に届くようだ。
〈Dance with Space People〉:ベースとピアノがリズミカルに美しく語り合うピアノトリオの定型のようでありながら、どうしてこんなにも新鮮に聴こえるのかと心が弾む8曲目。表情豊かなドラムの音がベースのリフの魅力をいっそう高め、リリカルな時間が流れていく。
〈Hello Again〉:曲が始まるとすぐに、さらりと明るく雰囲気を変える9曲目、最終曲。伸びやかなサックスと華やぐピアノの躍動感に満ちるが、爽快なだけでなく、かすかに憂いを含むところがこのユニットらしい。

※Ove Ingemarssonの名前の読みは、アルバムの表記通りに「オーベ・インゲマールソン」としています。「オーヴェ」、「インゲマールション」という読み仮名でも紹介されています。


Mirror of the Mind / Hitoshi Nakajima 【全曲試聴】


メーカーインフォメーションより:
信州安曇野を拠点に活動するベーシスト中島仁の「Pioggia」に続くリーダーアルバム第2弾!
ファーストアルバム「Pioggia」で聴かせた、信州安曇野の⾃然と欧州ジャズのエッセンスとのミクスチャーは今作にも継承され、独⾃の美学による個性的なサウンドを更に突き進めている。メンバーは、Miroslav Vitous(b), 福盛進也(ds)との「Trio2019」で⽇本ジャズ界を驚愕させた望⽉慎⼀郎(pf)、国内多数のミュージシャンから絶⼤な信頼を受けノンジャンルで活躍する橋本学(ds)が前作から引き続き参加。収録された9曲は全て中島および参加メンバーによる書き下ろしのオリジナル作品集となっている。このイリプレイサブルなトリオに加え、今作はラーシュ・ヤンソンやウルス・ワケーニウスとの共演、北欧を代表するボーヒュスレーン・ビッグバンドでの活躍等で知られるスウェーデン出⾝の世界的テナーサックス奏者オーべ・インゲマールソンが4曲でゲスト参加。トリオサウンドとの抜群のフィット感に加え、溢れるイマジネーションにより曲の世界を⼤きく拡げている。なお、前作は⽇本を代表するヴィブラフォン奏者である⾚松敏弘⽒によるプロデュース作品(第26回プロ⾳楽録⾳賞クラシック・ジャズ部⾨にて優秀賞を受賞)であったが、今作はセルフ・プロデュース作品となっている。


参考①;坂本信氏によるインタビュー記事(2024年04月30日):
中島仁が目指した〈静かに燃えるサウンド〉――安曇野のジャズベーシストがルーツやECM愛、新作の背景を語る
中島仁『ミラー・オブ・ザ・マインド』| インタビュー – Mikiki

https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/37571?page=2
長いインタビューだが、大変興味深い内容であり、ポーランドのピアニスト、Marcin Wasilewskiのアルバム、『Spark Of Life』に言及するなど、本作への興味をさらに広げる記事。


参考②:本作のレコ発ツアー(5月)について、トリオの魅力を詳細に語るライヴレポート(フェイスブックなどで貴重な音楽情報を発信する西野隆司氏より。リンク許可を得ています):
https://www.facebook.com/takashi.nishino1/posts/pfbid031kwATY5xSbYgVnRNkwF23BNE7WpwThiH5EyWtr2MCjMBCFx1YD8PaRz8QbRnjh1Xl

岡崎凛

岡崎凛 Ring Okazaki 2000年頃から自分のブログなどに音楽記事を書く。その後スロヴァキアの音楽ファンとの交流をきっかけに中欧ジャズやフォークへの関心を強め、2014年にDU BOOKS「中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド」でスロヴァキア、ハンガリー、チェコのアルバムを紹介。現在は関西の無料月刊ジャズ情報誌WAY OUT WESTで新譜を紹介中(月に2枚程度)。ピアノトリオ、フリージャズ、ブルースその他、あらゆる良盤に出会うのが楽しみです。

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