ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #108 Ryan Keberle & Catharsis<Throwback Moves>
つい先日、10月18日にRyan Keberle(ライアン・ケバリー、ドイツ名なのでキーバレかと思ったら本人はケーバリーと発音している)& Catharsis(カタルシス)の新譜、『Music is Connection』が発表された。NYCでファースト・コール・トロンボーン奏者として名前は知っていたが、今まで彼の音楽に触れる機会はなかった。今回編集部に送られて来た音源を聴かせて頂く機会に恵まれ、これがまあ、なんと素晴らしく、何度も聴いてしまった。
Ryan Keberle(ライアン・ケバリー)
ライアンは1980年にインディアナ州のブルーミントンに生まれたが、育ったのはワシントン州東部のスポケーンだそうだ。ブルーミントンはシカゴの下にあたる。スポケーンのことは良く知らないのだが、モンタナ州とアイダホ州の州境に隣接したかなり内陸の土地のようだ。ネットで調べたところ文化水準が高い地域らしい。トランペット奏者の父親は大学のジャズ科とジャズ・オーケストラのディレクター、母親はピアニスト兼聖歌隊のディレクター、祖父母もプロのミュージシャンという音楽一家だそうだ。ジャズとクラシック両方の教育を早くから受けている。母親からピアノのレッスンを受けると同時にスズキ・メソッドでバイオリンを習っていたが、11歳の頃父親にトロンボーンを渡される。その理由は、父親のジャズ・オーケストラでトロンボーン奏者が不足していたからで、こんな早くから演奏活動を経験していることになる。彼は1999年にマンハッタン音楽学校に入学しNYCで活躍を始める。卒業後、今度はジュリアード音楽院でジャズ・パフォーマンスのディプロマを取得する。バリバリのエリートだ。現在はマンハッタン音楽学校で教鞭を執っている。マリア・シュナイダー・ジャズ・オーケストラなどで活躍するトロンボーン奏者としてNYCのファースト・コールであるライアンだが、彼のメインの楽器はピアノで、その腕は半端じゃないところも興味深い。本人の話が聞きたくてZoomの申し込みをすると即座に了解してくれた。典型的なアメリカ北西部の人で、即座に全てきっちり対応してくれるところが嬉しい。
彼の話し方は非常にはっきりしており、これも典型的なアメリカ北西部の人という印象だった。北西部の人たちの傾向は北欧系の中西部に似ているが、なんと言ってもテクノロジー系が著名だ。カナダからの移民も多く、厳しい寒さからかしっかりしたという印象の人が多い。ライアンの事務処理の手際良さや「トランペット奏者はマッチョが多いがトロンボーン奏者は全く違う」という話題で盛り上がった時、「自分がA型だからかも知れないね」と言ったのには驚いた。アジア人のように血液型と性格を関連付けして考えるアメリカ人など殆どいないからだ。彼と筆者は色々なところで価値観を共有しており、色々な話題で思いっきり盛り上がった。
今回のこのアルバム、『Music is Connection』のそれぞれのトラックについて色々質問してみた。それぞれのトラックの紹介と、彼のコメントをまとめてみる。
『Music Is Connection』
最初のトラック、<Throwback Moves>はオープニング・トラックに相応しくインパクトが強い。今回はこの曲を取り上げたので詳しくは後述するが、これを何の知識も持たないでまず聴いて、おっ、と思ったのは今まで聴いたこともないサウンドだったからだ。ものすごくユニークなサウンドだというわけではない。「Return to Forever」系のサウンドと言えないこともないだろうが、いや、全く違う。その原因はベースのJorge Roeder(ホルヘ・ローダー)とドラムのEric Doob(エリック・ドゥーブ)のタイム感が醸し出すグルーヴが実にユニークなサウンドを打ち立てているのだ。この二人はカタリシスが発足した2012年からのオリジナル・メンバーだ。ホルへはペルーのリマ出身、エリックはボストン生まれのボストン育ちだそうで、ホルへがバークリー音楽院に在学していた時以来の相棒だそうだ。なるほど、ホルへのオン・トップ・オブ・ザ・ビートのドライブ感はラテンの血であったか、と納得した。半端ないのはエリックだ。バックビートでも、ラテンでも、ブラジルでも、どんなグルーヴでもタイム感を調整出来る技量だ。
ソシアルメディアのトレンドで「Throwback Thursday」または#TBT というものがある。木曜には過去の思い出の写真をアップしよう、というものだ。その印象が強かったので、不思議に思ってこの曲のタイトルである<Throwback Moves>の意味を本人に聞いてみた。ライアンの曲には面白いタイトルのものが多々あるので興味津々だ。すると、何とこのアルバムはカタルシスの起源に戻ることを提示したかったのだそうだ。なるほど、カタルシスのデビューアルバムは『Music is Emotion』(2013) で、今回のアルバムのタイトルは『Music is Connection』だ。「Throwback」は形容詞なので、「懐かしい動き」という意味なのかと思ったら、そんな単純ではなかった。ライアンにとっての音楽は、どんなジャンルでも身体が自然に動きたくなるようなものであるべきだそうで、それがカタルシス発足の趣旨だったらしい。筆者が好むゴリゴリのグルーヴではないが、なるほど、ホルへとエリックのリズム隊ならではのグルーヴ感がこの趣旨を具現化することに成功している。ライアンによると、彼は80年代のRoy Hargrove(ロイ・ハーグローヴ)、Christian McBride(クリスチャン・マクブライド)、Jeff “Tain” Watts(ジェフ・テイン・ワッツ)、Branford Marsalis(ブランフォード・マルサリス)などのグルーヴを聴いて育ったので、カタルシスはコード楽器を除外して自分が聴き育ったグルーヴをCelebrate(祝福)することを趣旨としたと語っていた。発足当時はトランペット、トロンボーン、ベース、ドラムという編成でコード楽器が不在だったが、現在は当時のトランペットの代わりに歌のCamila Meza(カミラ・メーザ、日本ではメサ)がギターも担当しているのでコード楽器は存在する。黒人のゴリゴリのバックビートから遠いところでこういう趣旨を履行しているのが非常に興味深いと感じた。ちなみに、ギリシャ語である「カタルシス」とは情緒の解放及び浄化を意味するが、ライアンにとってはブルースに見られる様な「感情の解放」なのだそうだ。
続く2トラック目の<Sound Energy>は、意外にも完璧に筆者の耳に貼り付いた。「Earworm(イアーワーム)」という言葉がある。メロディーが耳の中に入ってしまったミミズの様に出て行ってくれない状態を言う。この単純だが恐ろしくキャッチーなメロディーが耳から離れなくなってしまったのだ。このタイトルの意味は、サウンドのエネルギーが波紋の様に広がっていくことだそうで、頭の中で波紋しまくりだ。グルーヴはゆっくりしたボサノヴァだ。ライアンはブラジル音楽にもかなり本気で、サンパウロ在住のミュージシャンたちと「Collectiv do Brasil」というバンドを組み、「Sonhos da Esquina」(2022) と「Considerando」(2023) をリリースしており、向こう2年にあと2枚リリースする予定だそうだ。
この2トラック目は楽曲解説に取り上げようかと思ったほど素晴らしい作品だ。まずフレージングが実におしゃれで、5拍子+1拍子=6拍子という変則ものだ。もちろんブラジル音楽にはないようなフレージングだ。ボサノヴァと言ったが、ホルへもエリックもボサノヴァのリズムはひとつも演奏していない。ではなぜボサノヴァに聴こえるのか。それは全員のタイム感にしっかりとボサノヴァという意思が込められているからだ。ブラジル音楽好きの筆者もブラジル音楽に影響された曲を書く時、いかに彼らの文化を維持して新しいものを作り出すかに賭ける。ライアンが全く同じ意見であったことから話が思いっきり盛り上がった。
3トラック目の<Lo Unico Que Tengo>がまたショッキングだった。この曲はカミラのレパートリーの一つで、彼女の編曲が実に面白い。オリジナルはチリのIsabel Parra(イサベル・パラ)がVíctor Jara(ビクトル・ハラ)の作詞作曲/ギターで1957年に録音された名曲だ(YouTube →)。オリジナル曲のスタイルはチリのフォークソングで、苦境に立ち自分には自分の手があるだけだ、という哀愁の漂う歌だ。この曲の特徴は1度メジャー(Eメジャー)に対するモーダルエクスチェンジとして5小節目に登場する♭3度メジャー(Gメジャー)になる部分なのだが、カミラは長2度上てF#のペダルをベースだけで演奏し、調性を決める3度音を排除して長調短調の区別を濁し、あたかも中近東のメロディーの様に聞こえさせているのだ。しかもカミラの声は恐ろしく透き通っている。実に美しい。実はカミラもカタルシス発足当時からゲストで加わっていたが、当時のカタルシスの趣旨に沿ってギターは弾いていなかった。このアルバムでは彼女のギタリストとしての凄さが強くフィーチャーされている。最初聴いた時ギタリストが他にいるとばかり思っていたほど、普通の歌手兼ギタリストを超越している。
4トラック目の<Hammersparks>はベースのホルへのオリジナルで、エリックのDnBビートとホルへの超絶技巧ベースラインに対し、ライアンとカミラがオーネット節を聴かせてくれるという、思いっきりかっこいい曲だ。ホルへが欠席するギグでは絶対に演奏できない曲だとライアンは笑っていた。
5トラック目の<Key Adjustment>は前述のデビュー作、『Music is Emotion』(2013) に収録されていた曲のリメイクで、当時はトランペットとトロンボーンのカウンターラインだけでハーモニーの小刻みな動きを表していたが、今回の録音ではカミラのギターがアルペジオを弾いているので随分と印象が変わっている。この曲はホルへをフィーチャーしている曲でもある。この曲のタイトルは直訳で「重要な調整」なのかと思ったら、刻々と変化する調性のことを表しているそうだ。
6トラック目に、なんと、あのMilton Nascimento(ミルトン・ナシメント)の名曲、<Vera Cruz>が登場する。これにも驚いた。こんな有名な曲によくこんなアレンジを施したものだと感心した。まずハーモニーの動きに耳を持って行かれ、またしてもこのトラックを今回楽曲解説に選ぼうかと悩んだほどだ。しかしこの曲で特筆すべきは、ブラジルの香りを完璧に消してかなり大胆なジャズ曲にしていることと、エリックのドラミングの凄さだ。是非お楽しみ頂きたい。
7トラック目の<Sonic Living>は、人の人生を祝福する、また、そこに欠ける若い世代に訴えるという様な思いがある曲なのだそうだ。この曲にはライアンのアイデアがぎっしり詰まっている。間奏のピアノのパターンやマーチ風のスネア・ドラムや、オールディーズ風のバックビートなどの色々なアイデアが走馬灯の様に駆け巡るが、意図的なものが全く感じられない摩訶不思議な曲だ。ライアンの作曲スタイルに感嘆させられる。
8トラック目の<Cycle>もこれまた意外なトラックだ。この曲はドラムのエリックの作品だ。ライアンのピアノで始まり、トロンボーンの単純な1フレーズが繰り返され、ヴァイオリンのサンプルやトロンボーンのサンプルのスライスやシンセサイザーなどが重なってレイヤーを織り上げたと思ったら消える、という実に不思議な曲だ。ドラマーが書く曲は通常変拍子や凝った曲が多いのに、このシンプルさが嬉しい。
9トラック目の<Arbor Vitae>は恐らく「生命の木」という意味だと思うのだが、本人に確認するのを忘れた。この曲はMPB(ブラジリアン・ポピュラーソング)のスタイルの曲で、Ivan Lins(イヴァン・リンス)やEdù Lobo(エドゥ・ロボ)の作風を思わせる。この曲ではテナー・サックスのScott Robinson(スコット・ロビンソン)がゲスト出演している。
10トラック目と最終トラックの11曲目は<Shine>というタイトルの曲で、これまた驚いたことに今度はプログレッシブ・ロック的な香りを漂わせている。この曲も5トラック目の<Key Adjustment>同様にリメイクだ。元々は別のプロジェクト、「Reverso」というドイツ人ピアニスト、フランス人チェリスト、ライアンのトロンボーンからなるトリオの5作目に当たる『Shooting Star – Étoile Filante』(2023) に収録されている。このアルバムはなんと、あの24歳で他界した天才少女、Lili Boulanger(リリ・ブーランジェ)の作曲作品をテーマにしたアルバムだということだ。ブーランジェは筆者も大好きな作曲家なので思いっきり話に花が咲いた。『Shooting Star – Étoile Filante』での録音を聴くと、今回の録音よりもっとはっきりとブーランジェの影響が聞こえる(YouTube →)。
アルバム最後のこのトラックで、全く違ったプログレッシヴ・ロックのサウンドを配し、カミラの素晴らしいギターをギンギンにフィーチャーし、トロンボーン・ソロも加えて実に素晴らしいクライマックスをご馳走してくれる。しかもエリックのジリジリと変化するドラミングに思いっきり引き込まれた。「こういうサウンドは大好きで、ブラッド・メルドーの『Jacob’s Ladder』(2022) なども愛聴盤だ」と言ったら、ライアンもあのアルバムのファンだと言い、ここでも盛り上がった。
ところで、アルバム全体を通して以前の作品よりライアンのキーボードが重要なパートを占めている。もちろん多重録音だ。そこで、ライブではどうするのか聞いてみた。するとライアンは「自分がトロンボーンではなくキーボードを演奏する場面が増えると思う」と答えた。彼らのライブを是非観てみたい。
このアルバムでのカタルシスの素晴らしさを簡単にまとめてみる。まずライアンの作編曲とプロデュースの素晴らしさだ。だが、なんと言ってもカミラの声の魅力とギターに惹きつけられる。カミラのギターは自分の歌の伴奏ではない。完璧に一人二役なのだ。このバンドはライアンの意思に沿ったコラボレーションを成功させていることも特筆すべきだ。『Music is Connection』とは、自分が好きな色々な音楽ジャンルを混ぜて、多くの人たちに親近感を感じて欲しい、というものだそうで、それにはバンドメンバー全員が対等の立場で意思を共有する必要がある。誰か一人が自分はサポーティング・ミュージシャンだと感じてしまったら成立しない、と語ってくれた。
彼も筆者と同じように他の国の文化の音楽スタイルをそのまま演奏することの危険性を認識している。また、音楽の言語性について筆者と全く同じ意見であったことがやけに嬉しかった。彼も音楽の勉強は100%コピーであり、それは赤ん坊が言葉を覚えるのと同じだ、と言う。本を読んだり理論を勉強してインプロビゼーションができるようになると思う学生がいるが、笑わせるぜ、と二人で大笑い。
話は前後するが、このアルバム3トラック目の<Lo Unico Que Tengo>と4トラック目の<Hammersparks>でライアンのトロンボーンとカミラのギターの同時ソロがフィーチャーされている。この同時ソロというのは非常に危険を伴う。いくら長年一緒に演奏している仲間だからと言って、素晴らしい音楽に仕上げることの難易度は半端ない。なぜこんなに素晴らしい出来になるのか聞いてみた。答えは意外に単純だった。ライアンもカミラもコンピング(ジャズに於ける即興での伴奏)が大好きで、しかも二人ともカウンターポイントのファンだからなのだそうだ。なるほど、ライアンはピアニスだからコンピングの極意を習得している。筆者同様ライアンも美味しいコンピングというのはソロイストのフレーズに合わせて演奏するのではなく、Complimentだ、と考える。このコンプリメントという言葉の良い日本語が見つからない。もちろん辞書にあるような「賛辞」や、ホテルなどで配給される「優待」ではない。この場合は「相手が引き立つような演奏をする」としか言いようがないのだが、やはり少しニュアンスが違う。
カミラとの出会いを聞いて見た。ライアンがNYCの名店、Zinc Barで演奏した時、ライアンのステージの前の時間のショーで弾き語りをしていたカミラを見てその素晴らしさに驚き、すぐにジャムセッションに呼んでジャズのスタンダードを片っ端からジャムったそうだ。NYCが羨ましい。ライアンが言うに、「ジャムセッションはお茶代わりだからね。電話したら30分で集まるよ」と言っていた。ボストンではとてもそうはいかない。カミラが歌って弾きまくるこの映像を是非お楽しみ頂きたい。パーカッションはお馴染みの売れっ子、小川慶太さんだ。カミラはオン・トップ・オブ・ザ・ビートでドライブするタイム感を持っており、実にエキサイティングだ。
<Throwback Moves>
↓ このプロモーショナル・ビデオは録音時の映像ではなく、完成したアルバムのトラックに合わせて演奏したものなので合ってない部分も多々あるが、それでもなかなか楽しませてくれる。自分の演奏をコピーして暗譜するというのは大変なことだったろうと察する。
まずカミラのギターがコードを流して始まる。ポップなA♭のトライアッドから始まり、なんとなく南米風に聞こえるが、3小節目でおやっ、というコードが出る。5小節目にホルへのかっこいいベースラインと、ライアンのピアノがカミラのコード流しに加わり、エリックがリムショットの軽いバックビートを入れる。その4小節後に第一テーマが始まる。前半を採譜した。
まず前述の3つ目のコードだ。Aコードだが、3度が省かれているので長調短調の区別を濁してあるが、4度音が半音上がっているのでモードはLydianだ。なぜD#音がテンション#11ではなく#4音なのかと言うと、このコードでは3度音のみならず7度音までも省かれているからだ。#11コードと表記すると7度音を限定したヴォイシングにしなくてはならない。ハーモニーの前後関係からこのコードはAMaj7(#11)なのだが、ライアンの意図ははっきりしている。だから敢えて3度抜きの#4コードと表記した。
次に、メロディーの形をご覧頂きたい。この4小節フレーズを単純に2度繰り返すのではなく、2度目はなんと2拍ズレている。そのズレに杭を打つように6小節目の3拍目と4拍目でダウンビートにしているのがおしゃれだ。ちなみにこのメロディーのアンティシペーションといい、ライアンとカミラのビハインド・ザ・ビートのタイム感といい、これはブラジリアン・ジャズのそれだ。それに対極するようにエリックのバックビートがオン・トップ・オブ・ザ・ビートでまくし立てるところでまず興奮した。筆者の最初のバンド、A-NO-NE Band(1987)のベースはアルゼンチン人、ドラムはスリナム人で、ブラジルにない南米のタイム感でブラジルのリズムを演奏するという趣旨だったので、ライアンに深く共感する。ご興味のある方は(YouTube →)。自分の昔の演奏は殆ど聴かないが、あのリズム・セクションは本当に興奮ものだったことをライアンに思い出させてもらった。
さて、第一テーマが終わるとバンドが止まり、今度はライアンのキーボードがソロで第二テーマのコード進行を演奏する。第一テーマが4拍ずつのコード・チェンジだったのに対し、第二テーマは2拍ずつだ。つまり進行が2倍で進んでいるのだ。これは第一テーマを継承して発展させる起承転結のルールに従っているのだが、そのやり方が実に巧妙だ。第二テーマのメロディーはもっとブラジル色を強くしている。前半を採譜した。
ここで驚くのが、コードスケールの先取りだ。頭の2拍目までA♭コードだというのに、メロディーは次のコードの#11音であるAナチュラルで、もちろんA♭コードとぶつかっているのだが、全く奇を衒ったサウンドがしない。お気付きの読者もいらっしゃるかも知れない。この曲はA♭Lydianのモーダルな曲だが、後半にBメジャーというとんでもなく遠い調性に瞬間転調する。そのメロディーの曲がり方が実に素晴らしい。
第二テーマが終わると4小節ベースとドラムだけでグルーヴし、カミラのソロが始まる。この最初の4小節のカラ回しはイントロや間奏ではなくしっかりフォームの一部だとここで初めて判明する。ここまで全てがフォームだったのだ。このフォーム上でのカミラのギター・ソロだ。これが実に良いのだ。ピックで1音1音グルーヴ感を出すのではなく、右手は5本の指で爪弾くスタイルで、左手もハンマリングなどスラーが多いのによくこれだけグルーヴ感が出るものだと感心する。カミラのソロが終わると例の4小節カラ回しを挟んで第一テーマが再現され、第二テーマの前半がエリックのドラム・ソロだ。このアイデアが気に入った。この曲の長いフォームの形態がくっきりはっきりしているので、ドラム・ソロがソロ然として聞こえず、見事に第二テーマと同化している。
アルバムのオープニング・トラックだというのにライアンのソロが入っていないことにも感心した。ライアンの音楽は実に自然体だ。何も奇抜なことをしようとしているのではないのに、あちらこちらに面白いアイデアが満載されている。一般の音楽ファンは聞き流してしまうかも知れないが。ちなみにライアンのトロンボーン演奏はかなり強力だ。音の太さといい、全音域自由自在にこなすテクニックといい、ひとつ間違うと彼の超絶技巧に耳を取られるところだが、彼は上手に彼の音楽の全体像を提供してくれるのだ。彼の以前の作品も色々と聴いてみたが、このアルバムは群を抜いている。これからの活動が実に楽しみだ。