ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #80 Theo Croker <Love Quantum>

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本日6月24日に大好きなTheo Croker(シオ・クローカー:日本表記はセオ・クロッカー)の新譜がリリースされた。前作『BLK2LIFE || A FUTURE PAST』の第二部にあたる。前作同様カバーアートは青山トキオ氏だ。

Love Quantum:青山トキオ氏によるカバーアート
Love Quantum:青山トキオ氏によるカバーアート

この楽曲解説にお馴染みの読者はもうご存じと思うが、筆者はシオとRobert Glasper(ロバート・グラスパー)を注目し続けている。シオ本人に興味のある読者は、是非今までの記事を覗いてみて下さい。

  1. 『Escape Velocity』<Transcend>
  2. 『Star People Nation』<Subconscious Flirtations and Titillations>
  3. 『Star People Nation』<Have You Come To Stay>
  4. Interview #195 Theo Croker シオ・クローカー
  5. Theo Croker, Blue Note NYC【ライブ配信】
  6. 『BLK2LIFE || A FUTURE PAST』

前作『BLK2LIFE || A FUTURE PAST』が主人公の冒険という物語り形式だったのと同様、今作はその同じ主人公が「愛」について語る、という運びとなっている。もちろんその主人公とはシオ本人だ。通常通り1曲だけ楽曲解説するか迷ったが、やはり今回もアルバム解説になりそうだ。解説を前半、楽理を後半という通常構成にならなさそうなので、楽理にご興味のない読者は上手に飛ばしてお読みいただければ幸いです。

早速カバーアートを描かれた青山トキオ氏にコメントを頂いた。

「まず、最初にTheo さんに今回のテーマはLOVEだと伝えられました。恋愛のLove だけではなく、宇宙を巻き込んだもっと大きなスケールでのLove だと。

そこで、ゴールドの色を使用してほしい事や女神やカバラ(神秘主義思想)なども取り入れてほしいとリクエストをいただきました。

とりあえず、彼から送られてきた、音源を何度も聴いて、イメージを膨らませていきました。あきらかに、前回とは違う音でした。

Blackの美しさを女神に入れ、カバラの図を背景に置き、表のカバーと裏のカバーを陰陽のような構図で宇宙のバランスを表現してみました。神秘性もありつつ、音と想いで繋がる男女感のLoveも感じられる表現が出来たかと思います。」

「愛」?

この単語は非常に理解しづらいのに、安易に使用される言葉だと思う。色々な意味を包括する言葉と言えるかも知れないが、逆に何も限定できない言葉でもあるとも思う。恐らく英語の「Love」の方が抽象的で利用しやすいのだろうと思うが、日本語のようにもっと狭義的な言語では、少なくとも筆者にとっては非常に理解しづらい言葉だ。

I love Sushi!
私は寿司を愛します。(と言う日本人はいないだろう)

I love you.(気軽に挨拶がわり、または会話の繋ぎに使用される)
愛してる。(こう言わなくてはならない状況があると想像される)

英語では、恋愛以外の場合「Love」が「好き」 の意味で、「Like」は「嫌いじゃない」という意味になり、恋愛に限って「Love」は100% Commitment(非常に日本語訳しにくい言葉で、おそらく一番近い言葉は「公約」だと思う)するまで使わず、一生共にするかまだ分からない状態では「Like」にとどまる。「Love」と言ってしまって責任を負いたくないのだ。だからこそアメリカ人は一旦Commitmentすると不安になっても完全に崩壊するまで「Love」を通す。実にややこしい。この場で「愛」について論議する気はないが、このシオの新譜、『Love Quantum』のタイトルに色々想いを走らせてしまった。まず「Quantum」とは「量子」、つまり物理量の最小単位という意味だ。アインシュタインが光は粒子であると説いたあれだ。この単語は物理学に関係ない一般人も日常耳にする。『Quantum Leap(邦題;タイムマシーンにお願い)』というTVドラマが80年代にヒットしたし、現在の量子コンピューターの発達も目まぐるしい。一般の会話でよく使われる例としては、

Love is not quantifiable.
愛の量に数字をつけることはできない。

これが筆者の頭に最初に浮かんだことだった。こうなったら本人に聞いてみるしかない。早速Zoomでシオと話してみた。

Zoom chat with Theo Croker
Zoom chat with Theo Croker

「Love Quantumの意味は、Loveの最小単位という意味さ。不可能とわかりながらも定義を試みているのさ。Loveってのはこの世の中で最もパワフルな動力だ。プライドや、お金や、憎悪などの全てに打ち勝つ神の明示だ。このアルバムは、『BLK2LIFE || A FUTURE PAST』の主人公が色々なLoveの形態を探求する旅を描いている。Loveとは何なのか、Loveという行為はどういうことなのかを模索する旅だ。自分に対し、他人に対し、コミュニティーに対し、アートに対し、そして使命に対し、だ。そして、このアルバムのリスナーに同じような旅をして欲しいのさ。もし日本人にとってLoveという言葉がわかりにくいのなら、なおさらこの旅を楽しんでもらえると思うよ。」

『Love Quantum』

このアルバム全曲の動画がYouTubeのプレイリストとしてアップされている。11曲中5曲は編集されたものだが、その詳細はそれぞれ後述する。

プレイリストをYouTubeで開く→

このアルバムの殆どの曲は、前作『BLK2LIFE || A FUTURE PAST』と同様、パンデミック中に録音された57曲中からのものなのだが、サウンド的には前作とかなり違う。ミックスは前作のトラックと同時にされたのに、だ。シオの音楽は発展し続けるが、この自分を主人公とした3部作ではミックスの巧みさにそれが強く現れている。今回このアルバムを聴いて最初に受けた印象は、Saturation(サチュレーション)だった。この単語も日本語訳しにくい。英和辞典では正しく表記されていないからだ。

一番わかりやすい例は、例えば校庭に水を大量に撒いてグチュグチュになった状態をサチュレートしたと言う。この単語は実は他の用例もあるのでこれまた理解しづらい。例えばSaturated Fatと言えば常温で固体化する動物性脂肪やココナッツ油の事をいい(温めるとグチュグチュになるからかもしれない)、色で言えば彩度の事を言う。だが音楽で使用される場合は、アナログ音源、つまりハーモニック・ディストーションやピンクノイズが加わった暖かく歪んだ音となり、クリアだが冷たい感じのあるデジタル音源と対比される。音がサチュレートされていると聞いた時、音のキャンバスに水が掛けられ、滲んだ状態だと想像して頂きたい。つまり、シオは今回のアルバムでそんなサウンドを作り出した。本人にこの筆者の印象を伝えたら喜んでいた。彼はオーガニックなサウンドを作り出そうとしているのだ。

筆者がなぜこんなにもシオの音楽に惹かれるのか。もちろんシオの、人の声に近く全く自然体で出す奏法もそうだが、それより何よりも頭の中にあるサウンドを具現化できるシオの才能に惹かれる。言い換えると、彼の音楽からは彼の頭の中で描かれているものがはっきりと聴こえ、これが筆者を惹きつける。それぞれの曲を辿ってみよう。

1)LOVE QUANTUM (Prelude)

この前奏曲はYouTubeにあるものと同じだ。1分弱と短く、Michael King(マイケル・キング)のピアノで始まるイントロと、シオが演奏するテーマだけのこの1曲目を聴いて、即座にマイルスの『You’re Under Arrest』の最後に収録されている<Then There Were None>を想起した。マイルスの<Then There Were None>は核爆弾の後に何も残らない様子を描いたものであり、シオのこの前奏曲と似ても似つかないものなのに、だ。シオのこの曲のイントロ部分に鳥のさえずる効果音が入っているからなのかも知れない。また、このイントロがなぜか『オズの魔法使い』の<Over The Rainbow>を思い起こさせるからかも知れない。ともかく不思議な力で筆者を惹き付けた。

イントロを経てシオのトランペットが入る、そのメロディーは、震えが来るほどすごい。採譜してみた。

LOVE QUANTUM (Prelude)
LOVE QUANTUM (Prelude)

テンポは52BPMと非常に遅いので、16分音符が目に付くこの譜面は、バロックに於けるソナタ型式の遅い第一楽章を思い起こさせる。一見単純なメロディーとハーモニーだが、実はそんなに単純ではない。メロディー自体もコード進行自体も単純だが、実は同期していないのだ。つまり、1小節目の3拍目と4拍目のメロディーははっきりとIIーVの動きを示しているのに、コードは主和音に留まっている。2小節目も同様に、導音であるBナチュラルがある3拍目からV7を示唆しているのに、またしても主和音に留まっている。ちなみに、このメロディーとコードスケールと同期しないやり方を「Horizontal Approach(平行奏法)」と言い、レスター・ヤングの奏法で有名だ。これに対し、コードスケールを使って演奏する一般のジャズ奏法を「Vertical Approach(垂直奏法)」と言う。さて、2小節目に7th音であるB♭音をコードに挿入してカラーを明るくするなら、通常ベース音の動きを1小節目に根音のC、2小節目に7th音であるB♭と下降させて3小節目のA♭に辿り着くようにするが、シオは一貫してGのペダルを使用している。その効果は3小節目に現れる。ベース音のGとコードの根音であるA♭が干渉して思いっきり不協和音を醸し出す。見事だ。

しかし驚くのはまだ早い。筆者が呆気に取られたのは最後の2小節だ。Cマイナーの曲でCメジャーに解決するのはバロックの技法で、解決に対して予想外の満足感を与えてくれるものだが、その4拍目でE音を半音上げてF音にすることでコードをFマイナーにし、モーダルインターチェンジをピボットととして最初のCマイナーに回帰する。これには驚いた。ハッピーエンドが裏切られたという感だ。このシオが演奏するメロディーの素晴らしさ。そのメロディーに対するコード進行の素晴らしさ。そしてこの終わり方。どれをとってもため息が出るばかりであった。これをアルバムのオープニングに持って来る、これがシオの才能だと思う。

2)JAZZ IS DEAD

YouTubeバージョンは半分以下の長さに編集されているが、この動画はミュージックビデオなので是非ご覧頂きたい。70年代のマイルス・バンドで活躍したGary Bartz(ゲイリー・バーツ)が歌う珍しい映像が見られる。前回でのシオの予告通り、ゲイリーのアルト・ソロを堪能できるのもこの曲だ。

1トラック目の最後から入るアルペジエーターをピボットとし、Shekwoaga Ode(シェクウォァガ・オデ)のスネアとキックのみの、幅のあるご機嫌なグルーヴが始まる。最初シーケンスかと思ったが、よく聴いていると生演奏のようだ。シオのレギュラーメンバー全員がクレジットされているのだが、MoogベースがリードしているのでEric Wheeler(エリック・ウィラー:日本表記はエリック・ホイーラー)のベースが認識できなかった。それにしてもシェクウォァガのグルーヴは実に気持ちいい。

シオの短いトランペットソロに続くのはシオのラップだ。90年代にラップが台頭した時には全く受け付けなかったが、慣れとは恐ろしいもので、今では何の疑問もなく受け入れられるだけでなく、ラップが産む独特なグルーヴ感にエキサイトする。そのシオのラップ、いきなり「ジャズは死んだ」だ。一体「愛の量子」とどう関係があると言うのだ?シオのラップを意訳してみる。

「ジャズは死んだ。この音楽は黒人から生まれた。J Dillaのアフロビートでスイングさ。聖火の光で目を覚ましてやる。この俺たちの文化を学校のカリキュラムにしてダメにさせることを阻止するぜ。黒人音楽を自由の身にするのだ。さあ、長老ゲイリー・バーツの話を聞け。」

そしてバーツが「ジャズは死んだ」と何度も朗々と歌い上げる。

続くのがシオの朋友、Kassa Overall(カーサ・オーバーオール:日本表記はカッサ・オーバーオール)のラップだ。

「ラザロよ、私はジャズに死をもたらすために来た。」

ラザロと言うことで、聖書にあるマグダラのマリアの話を持ち出している。この話は、イエスが十字架にかけられる直前に、自分の足に香油を塗らせた娼婦マリアの弟である死者ラザロをイエスが生き返らせる話だ。シオはマリアをジャズに見立てている。意訳してみよう。

「彼女は聖人のように振る舞うが、死人のように踊る。彼女は満月の夜に歌うらしい。哲学的で商業的なニガー音楽だ。学歴は持ってるが生活費は必要だろう。楽しそうに振る舞っているが、鎖に繋がれて踊っている。」

ここで音楽止まり、ドキッとする言葉が飛び出す。

「Shhhhhh
You could be the death of me」
「シィィィィィィ お前は俺の死なのか」

ここからシオとバーツが絡み合う壮絶なインプロが始まるが、YouTubeの動画には含まれていない。

実はこの「ジャズは死んだ」に関して筆者はシオと論議になった。筆者にとって「ジャズ」とは、アメリカ音楽のビート感(必ずしもグルーヴという意味ではない)を基盤に、全ての冒険が許される音楽という意味だ。マイルスが「古いものは博物館に置いておけ」と言い、進化し続ける音楽をジャズの定義として我々に提示したそれだ。筆者はブラジル音楽に魅せられ、ハシャ・フォーラというバンドを結成し、ブラジル人たちをメンバーに迎え、色々なブラジルのリズムを織り込んで作曲し続けている。デビューアルバムの『ハシャ・フォーラ』に<Chorozinha>という、筆者のショーロ音楽への憧れを表したオリジナル曲がある。この曲に対し、リオ・デ・ジャネイロ在住の著名なボサノバピアニストが「こんなものはショーロではない」とコメントした。咄嗟に「いや、これはジャズです。」と応えると、「あゝなるほど、それは素晴らしい。」と返って来た。また、ハシャ・フォーラでツアー中、その地でボサやサンバの名曲がブラジル音楽ではないタイム感で演奏されている場面に遭遇した時、ハシャ・フォーラのブラジル人のバンドメンバー達が「ぼく達の文化に一体なんてことするんだ。」と嘆いている場面に出会ったことがある。この楽曲解説で何度か繰り返しているが、ブラジル音楽、ラテン音楽、キューバ音楽、カリブ音楽、はたまたブルースやR&Bやソウルなど、その音楽が生まれた文化を理解していなければ、またその音楽を産んだ人たちの言語を理解していなければ、安易な演奏は侮辱行為になりうる。昔のハリウッド映画には日本を正しく理解していないものが沢山あった。それを失礼と感じた日本人は多かったと思う。これに対し、「ジャズ」は相手の文化を侮辱せずに全ての冒険が許されるはずなのだ。何せ他の音楽スタイルの導入で新しいものを創ろうとするのだから。マイルスはそれを何度も繰り返して前進したのだ。

シオに「では黒人以外が黒人音楽を演奏することを否定するのか。」と訊くと、それには応えずに「おれはジャズという言葉が生理的に許せないのさ。全ての黒人音楽はNigga Musicと呼ばれるべきだ。」と返ってきた。このニガーという単語は非常に特殊なのだ。この単語は黒人以外の使用を許されていない。人種差別問題が深刻なこのアメリカでは、この言葉を黒人以外が使用した場合簡単に起訴される。ところがラップの文化では黒人によって多用される単語なのだ。『Daily Show』で活躍する中国人コメディアン、Ronny Chieng(ロニー・チェン)の舞台で、「黒人はカッコいいよね。自分に対する差別用語使ってクールになるんだから。中国人の差別用語のチンクスはどうラップしてもサマにならないじゃないか。情けない。」と言って実演する場面があり、大ウケだった。それほどこのニガーという言葉は特殊なのだ。

「この曲は自分の創造する音楽に対するLoveを描いているのさ。」

3)TO BE WE

Jill Scott (photo: Facebook)
Jill Scott (photo: Facebook)

この3曲目はJill Scottがフィーチャーされている。そう、2000年に大ヒットした<A Long Walk>のジル・スコットだ。びっくりしたことに、ここでのジルは筆者のジルの印象と全く別人だった。英語で「Delivery」という表現がある。配達という意味の他に、セリフの言い方やそのタイミングを包括して言うのだが、ジルのこのデリバリーが実に絶妙なのだ。思わず何度も聞いてしまった。このセリフと歌詞の意味もかなり不思議なものだ。まず出だしのセリフだ。

「Thank you
And now for my next magic trick
I’m going to speak to a very specific place
For this trick, my mouth will be moving, but I will not be using it」
「サンキュー
では、次のマジックです。
ある場所に向けて話しかけます。
このマジックでは、口を動かしますが、口は使いません。」

何のことやらさっぱり分からんが、とても不思議な気持ちにさせてくれる。ここから言葉遊びのような歌詞が始まるが、一節一節のジルのデリバリーが実に絶妙で、あたかも何人かの別人が歌っているようにも聞こえる。ちなみにYouTubeバージョンは細かく半分の長さに編集されているので是非オリジナルトラックを聴いて頂きたい。

筆者はこのトラックもかなり気に入っている。シオの飄々としたテーマが実にいい。たったの4小節フレーズだが、演奏の仕方もこの曲の雰囲気を見事に表していると思う。採譜してみた。

TO BE WEのテーマ
TO BE WEのテーマ

もう一つ、この曲ではシオの凝ったミックスのテクニックが手に取るようにわかる。まずエリックのベースラインだ。強力にEQしてあるが、オリジナルのアップライトベース(日本ではウッドベース)の音質を損なっていない。そして、フレーズの終わりは強度のゲートで減衰を切り落としている。シオは今回のアルバムでこのテクニックを多用している。また、テーマを繰り返すトランペットの音も毎回違う。最初はフェイザーとLFOを使用しており、キーボードのLFOと同期している。細かいところでかなり細工をしているが、どれもギミックに聴こえないのがシオの才能なのだと思う。

シオのこの曲の「愛の量子」との関係を訊いてみた。

「この曲は、旧友ジルとの創作活動に対するLoveなんだ。
それと、ジャズという言葉の檻から自由の身になることに対するLoveだ。」

4)ROYAL CONVERSATION

最初の3曲に思いっきりハマった後のこの4曲目は、息抜きの感がある。音楽的にも歌詞的にもシオには珍しくおとなしい。

「対峙する二者の知的な会話を楽しむことに対するLoveだ。
自分のトランペットと彼女が会話するようにね。」

ビートはDnBだ。フィーチャーされているのは甘い声のJames Tillman(ジェームス・ティルマン)で、歌詞も彼の手による。残念ながら勉強不足の筆者は彼のことを良く知らないのだ。それと、このトラックのミュージシャンたちはシオのレギュラーメンバーではない。

5)COSMIC INTERCOURSE (Pt. II)

Chris Dave (photo: MusicRader)
Chris Dave (photo: MusicRader)
『Chris Dave and the Drumhedz』(2018)
『Chris Dave and the Drumhedz』(2018)

この曲は、筆者が現在最もお気に入りのドラマー、Chris Dave(クリス・デイブ)との共同作品だそうだ。このタイトルにパート2(Pt. II)とあるのは、そのパート1がクリスの2018年作品、『Chris Dave and the Drumhedz』の9トラック目に収録されているからだと言うが、パート1はどう聴いても別物のスローダンス曲だ。そこでシオに経緯を聞いてみた。

「クリスは兄貴的存在なんだ。
このアルバムを聴かせたら、おい、ダンス曲が必要じゃないか、と言って、ドラムトラックを作って送ってくれたんだ。まずトランペットをオーバーダブして、ソロをガンガンとったけど、ジャズに聴こえるのは嫌だと思ったからそのソロは全部削った。何か足りないと感じたからシンセでベースラインを即興で入れたんだ。」

「この曲はクリスに対するLove、それと、ダンスによって生まれるかたちのLoveを表現しているんだ。」

「この音楽はTribal Hop(トライバル・ホップ)って言うんだ。Tribal、つまり部族音楽とヒップホップを合わせたものだ。」

2分強と短い曲だが、YouTubeバージョンではきっちり20秒長い。その理由は、曲の真っ只中で音楽が20秒間止まるからだ。この演出が実に面白い。是非ご覧頂きたい。

6)HUMANITY

この1分強の曲は続く7トラック目のイントロになっているが、何とスイングビートだ。シェクウォァガではなくカーサのライドと、エリックのドライブするベースが気持ちいい。カーサは112BPMで3拍子のスイングビートを始めるが、シオのメロディが入ると急に102BPMと遅くなる。だが、数えていなければそれが分からないのだ。その理由は、単純そうに聴こえるシオのメロディが実はとても複雑なリズムになっているからだ。採譜してみた。

HUMANITYメロディ
HUMANITYメロディ

コード名は実際のマイケル・キングのボイシングとエリックのベース音を忠実に書き取った(14小節目だけキングが2小節延ばしている高音域のE♭がE-9と干渉しているのだが、独断で敢えてドミナントではなくマイナーコードとして扱った)。この曲は実によく出来ている。ふわふわと雲の中を泳ぐようなメロディだが、しっかりした構成がある。動機が2つはっきりと提示されているのだ。第一動機は1小節目と6小節目、第二動機は10小節目と14小節目だ。ダウンビートが明示されているのもその4ヶ所と、解決する16小節目だけだ。コードがメロディーに対して細かく動くことから、80年代に流行ったキック(仕掛け)だらけのフュージョンスタイルを思い起こされるが、シオのそれは意図が全く違う。前作でのインタビューでも言っていたが、彼はリスナーが拍を勘定するのを妨げている。まるで「感覚で聴け」と言っているようだ。シオ恐るべし。

7)DIVINITY

Jamila Woods (Lawrence Agyei)
Jamila Woods (Lawrence Agyei)

前の曲から流れ込むように始まるこの「聖なる者」という曲もビート感はスイングだ。シオに「ジャズは死んだと言いながらジャズの曲を入れているではないか」と言ったら、「スイングはジャズじゃない。ニガー音楽だ」と返って来た。この曲は社会的な詩で著名なJamila Woods(ジャミーラ・ウッズ)がフィーチャーされているのだが、歌詞は意外にも本人でなくDirg Gerner(ダーグ・ガーナー)という筆者の全く知らないイギリスのアーティストによるものであった。

歌詞の出だしは祈りのようだ。

「変化の神さま、私を種のように植えて下さい。
太陽を下さい。
雨を下さい。
自分に畏敬の念を植えて下さい。」

などと言っている。だがその途中で急に

「 許せ旧友よ。
昔に留まることはできないんだ。
去った訳ではない。過去を乗り越えようとしているだけだ。
自分の今日の姿を形成してくれた過去を忘れることなく自分を更新しようとしてるだけだ。」

シオはこの曲に於ける「愛の量子」との関係についてコメントしてくれなかったので、残念ながらこのまま分からず仕舞いだ。

8)LOVE THYSELF 

Teedra Moses (photo: last.fm)
Teedra Moses (photo: last.fm)

「タイトルの通り、自分を愛することを描いているんだ。」

このYouTubeバージョンは短く編集してあるのだが、映像に思いっきり笑ってしまった。シオが手鏡に自分の顔を映し、ニヤニヤしながら街をウロウロしているのだ。

だがフィーチャーされているTeedra Moses(ティードラ・モーゼズ)の詩の内容はちょっと違う。「本当の恋をしたことはあるか?」というものなのだ。このタイトルとの関連性に首を傾げる。

この曲もシオ特有の強力でキャッチーなテーマが耳に残る。まず冒頭のキックドラムのパターンが第一動機になっている。あたかもモールス信号のようだ。どなたかモールス信号にお詳しい方は是非ご連絡下さい。5拍子でキックのパターンを3回繰り返して第二動機が始まる。このかっこいいこと。採譜してみた。

LOVE THYSELFの動機
LOVE THYSELFの動機

何ともキャッチーで筆者の夢にも出現するほどだった。ティードラの歌い方もかなりキャッチーで、「Have You Ever・・・」と何度も出るが、この毎回違う節もかなり耳に残る。ところで、筆者はトランペットのことはよく分からないのだが、この五度のジャンプは唇だけで演奏する難易度の高いものではないかと思う。それを70%の力で涼しい顔で演奏している。これも筆者にとってのシオの魅力だ。彼の演奏は高度なテクニックをひたすら見せびらかさない。

9)LOVE QUANTUM (Soliloquy)

Jessica Care Moore (photo: Wikipedia)
Jessica Care Moore (photo: Wikipedia)

いよいよタイトルソングだ。「Soliloquy」というのは独り言という意味だ。この曲は、シオによる詩の朗読だ。そして、その詩は、『Black Statue of Liberty(黒い自由の女神)』や『God is Not an American(神はアメリカ人ではない)』などの問題作を生み出し続けている詩人、Jessica Care Moore(ジェシカ・ケア・ムーア)がこのアルバムのために書き下ろしたものだ。

「その昔、Loveという名の光がいた。
彼女は星たちの間に座り、世界を観察していた。」

これは物語なのだ。そして、ジャケットの女性がこの女神に違いない。

「She know the sun moon star trilogy don’t work without her kiss.」
「太陽、月、星という三部作は彼女の口づけなしには成立しないことを彼女(Love)は知っている。」

「He was the rebirth of summer. She could see him through the dusk.」
「彼は夏の生まれ変わり。彼女は夕暮れに彼を見た。」

いつの間にか恋愛の話になっている。

「She loved the way he played. The way he touched her with notes.」
「彼女は彼の演奏を愛した。彼の音は彼女の心に触れた。」

シオ自信が彼女の相手だ。締めくくりは:

「She was coming for the future tribe. She would restore the stories.」
「彼女は未来の部族を狙っている。きっと彼女が言い伝えを復元してくれる。」

このトラックのミックスが絶妙だ。おそらくこのアルバムで最もサチュレートされているトラックだ。冒頭からピンクノイズがフェィザーエフェクトで登場する。唯一サチュレート処理されていなく、フィルター効果だけが使われているのが、部族を思い起こさせるスティックをカチカチ言わせるサンプル音だ。それ以外は色々な歪み音が使用されていて実に効果的だ。何度聴いても飽きない。

10)SOMETHIN’

Ego Ella May (photo: thevinylfactory.com)
Ego Ella May (photo: thevinylfactory.com)

ロンドンのネオソウル歌手、Ego Ella May(イーゴー・エラ・メイ、日本語表記はエゴ・エラメイ)がフィーチャーされているこの曲、筆者は最初本人の声と認識できなかった。あたかもElla Fitzgerald(エラ・フィッツジェラルド)かRose Murphy(ローズ・マーフィー)かと思うような可愛らしい声でいきなり始まるこの曲はまたしてもスイングだ。シオのレギュラーメンバーによる演奏がこれまた特殊で、シェクウォァガのスネアブラシが思いっきりオン・トップ・オブ・ザ・ビートでドライブしていて不思議な気分にさせられる。

YouTubeバージョンは半分の長さに編集されているのだが、内容がこれまた不思議。シオと女性(クレジットによるとRyanne Whiteというモデル)との絡みが、フランス映画を装って作られている。歌詞の内容はその女性がフラれて悲しい気持ちでいるといったようなものだ。シオはこの曲にはコメントしなかったが、筆者が「愛にはネガティブな意味もあるだろう」と言った時、それも考えてあると答えた、それがこれなのかも知れない。

「Somethin’ turned into nothin’
I had no warning that these highs would go and I would feel so low」
「あったものが急に消えてなくなった。
何の前触れもなしに高揚していたものが消え、こんなに沈むとは思わなかった。」

YouTubeバージョンではカットされているのだが、歌詞が終わった後でシオの素晴らしいソロがある。是非お聴きいただきたい。そしてエンディングに入る、シオ印満載のモチーフだ。こんな単純なラインなのに、どうしてこんなにもシオ節が聞こえて来るのであろう。

SOMETHIN’のクルージングメロディ
SOMETHIN’のクルージングメロディ

11)SHE’S BAD

この最終曲、前作『BLK2LIFE || A FUTURE PAST』の<State Of The Union 444>で印象的だったWyclef Jean(ワイクリフ・ジョン)の登場だ。ラップの内容は、どうやらシオが自分の彼女を絶賛しているらしい。「BAD」は例のスラングの「最高」の意だ。

「When I touch her wrist,
It’s Ray Charles Vision, there’s music everywhere」
「彼女の手首に触れると、
レイ・チャールズの視界が見えるぜ。そこら中音楽だらけだ。」

「She said you looking for a hoe, or you looking for a wife
One mic in my hand Superman in the booth
Wonder Woman with the lasso so I gotta tell the truth」
「一夜限りが欲しいのか、それとも結婚相手が欲しいのか、と彼女は訊く。
マイクの前に立って見渡すと、客席にスーパーマンがいる。
ワンダー・ウーマンは鞭を構えてるじゃないか。正直に答えなくちゃならない。」

かなりジョークが入っている。

Theo Croker(写真本人提供)
Theo Croker(写真本人提供)

この最後の2曲、<SOMETHIN’>と<SHE’S BAD>でこのアルバムが終わったのは、正直ちょっと拍子抜けした。前作『BLK2LIFE || A FUTURE PAST』ではかなりヘビーなストーリー展開があったが、今回のこの作品はそれに比べれば短いし、やや軽い。筆者がシオの幸せなラブライフの提示に同期しなかっただけなのかも知れない。または、勝手にヘビーなストーリーを期待したからかも知れない。それより、シオのアルバム最後の曲はいつもすごいことを言及しておこう。『BLK2LIFE || A FUTURE PAST』での<Pathways>もそうだったが、最後の曲が始まった時は、え?これが最後の曲?と思わせるような期待感を持たせるサウンドなのに、終わる頃にはしっかりアルバムの終止符を作り出している。見事だ。お楽しみ頂きたい。

ヒロ ホンシュク

本宿宏明 Hiroaki Honshuku 東京生まれ、鎌倉育ち。米ボストン在住。日大芸術学部フルート科を卒業。在学中、作曲法も修学。1987年1月ジャズを学ぶためバークリー音大入学、同年9月ニューイングランド音楽学院大学院ジャズ作曲科入学、演奏はデイヴ・ホランドに師事。1991年両校をsumma cum laude等3つの最優秀賞を獲得し同時に卒業。ニューイングランド音楽学院では作曲家ジョージ・ラッセルのアシスタントを務め、後に彼の「リヴィング・タイム・オーケストラ」の正式メンバーに招聘される。NYCを拠点に活動するブラジリアン・ジャズ・バンド「ハシャ・フォーラ」リーダー。『ハシャ・ス・マイルス』や『ハッピー・ファイヤー』などのアルバムが好評。ボストンではブラジル音楽で著名なフルート奏者、城戸夕果と双頭で『Love To Brasil Project』を率い活動中。 [ホームページ:RachaFora.com | HiroHonshuku.com] [ ヒロ・ホンシュク Facebook] [ ヒロ・ホンシュク Twitter] [ ヒロ・ホンシュク Instagram] [ ハシャ・フォーラ Facebook] [Love To Brasil Project Facebook]

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