#1335 映画『ビバ ・マエストロ!指揮者ドゥダメルの挑戦』
text by Tomoko Yazawa 矢沢朋子
本誌JazzTokyoのLocal Newsでも紹介されていた『ビバ!マエストロ』を沖縄市のプラザハウス1954で観た。10月4日から順次、日本で公開されだし、沖縄では11月23日から那覇市の桜坂劇場でも公開となった。
プラザハウスの映画館は初めて足を運んだが、館内のデザイナーズ・ホテルのようなインテリアと接客にまず驚いた。隣には街の歴史をモノクロ写真で展示してあるギャラリーがあり、映画館も往年の銀幕スターのモノクロ写真が展示されたギャラリーのようなエントランス。併設の「持ち込み」メニューのカフェもエスプレッソの良い香りがする。ホールまでの照明も壁もギャラリーのようだった。20席ほどのサロンのようなホールで、商業ベースではない名作映画を上映する美意識のホールに相応しい。そして、受付では執事のごとく振る舞う中高年の男性が席の予約とチケットの発券をしてくれた。
最近、桜坂劇場も改装して観客10人前後のソファー席の小ぶりなサロンのようなホールを新設したり、カフェもぐっとお洒落になって驚いていた。系列は全く関係ない映画館同士ではあるが、映画のセレクトも多少似ており、訪れるだけでも楽しい場所な上、ニッチな映画を大画面で観れるのは嬉しい。この2つの映画館に行く時は早めに行って劇場をまず楽しんで美味しいコーヒーでも飲んで映画を観るべし。というのは、今回「映画館の持ち込みなんて薄ーいマズーいコーヒーとかポップコーンだしね」と決め込んでマイ水筒でお茶を持参してしまったからだ。カフェで水筒取り出して飲むわけにもいかないしね。良い香りだったな〜。
映画『ビバ!マエストロ』を観て
イスラエルがイランを攻撃したり、ウクライナがバイデン政権の置き土産のミサイルをロシアに打ち込んだりと、いつ第3次大戦になってもおかしくない状況で、政情不安で治安も最悪なべネズエラにおいて世界的に大成功している若者オーケストラを率いる指揮者とその教育「エル・システマ」を追った映画を観た。まだ他人事ではあるが、日常がある日一気に崩れて内戦状態になった国での若き音楽家たちをスクリーンで見て「このオーケストラはそれでも国が支援しているからなんとか活動が出来ているわけだけど、日本がもしこうなったらどうなるのだろう」等、時世的に色んな思いがよぎった。
「貧しくて両親が共働きのため、ドラッグや犯罪に走ってしまうような放課後児童に、無料で楽器を貸し出しオーケストラに参加することを国が支援」した教育プログラムが「エル・システマ」で、その素晴らしい効果(児童の7〜8割が貧困家庭、グレない、助け合う、ファミリー的コミュニティ)と出身者によるシモン・ボリバル・ユースオーケストラの世界各国へのツアーと各地での賞賛の嵐は幾らでもヒットするので、「その演奏のどこが賞賛に値するのか」ということを思いつくままに書く。ひと言だけ言うとしたら、教育ママやパパが関わらないオケ教育だからこそ純粋で素晴らしい。親が関わるとロクなことがない。「〜ちゃんは次の定期でコンマス(ヴァイオリンのトップ、コンサートマスター)になるのに、あなたは」と相互扶助を邪魔して敵意を教え出す。親はなくとも子は育つ。政情不安は大変だけどね。
映画自体は実話のスポ根、スポ魂に近いドゥダメルの半生のヒューマンドラマだ。政情不安で治安も悪く、貧しい家庭から希望を持ってオーケストラの練習に励む子ども達、希望の星であるスター指揮者ドゥダメル、その試練と苦悩。感動する。間違いない。感動した。平和な国に育つとバカになるのではあまりに申し訳ない。日本でも作曲家の故・諸井誠先生が政治家になり大臣となって、(仲の悪さは置いといて)三善晃先生と組んで、国レベルでの児童教育システムを作りあげていてくれてたら、エル・システマより素晴らしいことになっていたのではないかとも妄想した。それなら民度爆上がり。こういうことは上流階級の趣味の良い教養ある人が政治家になってノブレス・オブリージュを発揮しないと世の中変わらないのだよ。
12月に東京ではオノセイゲン氏による特別リマスター上映もあるようだ。映画の中での楽曲は抜粋で短めではあるがオケの音が良くなるだろう。ホールのスピーカーも良いものがその日に特別に用意されるのかもしれない。
オーケストラとリズム、ラテン
指揮者、ドゥダメルの動画はYouTubeにも沢山上がっている。映画の中で一部分聞いたメキシコの作曲家、マルケスの「ダンソン第2番」を全曲聞くために検索した。すると、ドゥダメルの次にはメキシコの女性指揮者アロンドラ・デ・ラ・パーラのパリ管弦楽団での「ダンソン第2番」が出てきた。
違いが分かると思うので紹介する。べネズエラのオケは団員が8ビートさらに細かく16ビート、16分音符でカウントしているのが感じられる。指揮者もそうなのだが、そこはクラシックの指揮者として正統的な振り方になっている。メンバーとは共有しているリズムの数え方が一緒なので、そこをクラシックに落とし込む役目を指揮者が担っているということか。
–
アロンドラ・デ・ラ・パーラも細かく刻んでいるのは感じられるが、パリ菅弦楽団が四分音符、1 and 2 and …と感じているため、指揮棒が降りてオケの音が出るタイミングが遅めだ。これはクラシックのオケ特有のリズム感ではあるし、クラシック音楽とは強拍を基準としたリズムなのだから。
私はピアニストで、指を下ろした瞬間に音が出る楽器なため、映像などでも指揮者が振り下ろした瞬間から1秒後くらいにオケの音が鳴り出すと「遅れた」ような気がして気持ちが悪いため、指揮は見ずに聞くことにしている。かつてタングルウッドの奨学生だった時に、初めてオケ・ピアノを経験し、指揮の通りに弾くとタイミングが早かったことを思い出した。なんとなく、周りの音を聞きながら遅めに弾かないと合わないのだ。こんなことをしていたらソロのピアニストとしてダメになるとその時は思った。「よく指揮者はこの時差に発狂しないな」と感心したものだ。そのイラつきが微妙にアロンドラの表情に見えると思うのだが。ついに踊りだしてるし。
Arturo Márquez – Danzón No. 2 (Alondra de la Parra, L’Orchestre de Paris)
YouTube: https://youtu.be/pjZPHW0qVvo?feature=shared
彼らはクラシック音楽の教育を受けても、ラテンのリズムを数える方法でカウントしている。ラテンやアフロダンスでの足踏み、リズムを下半身で感じるのだ。だからリズムの歯切れが良いし、ルバートをかけても甘くなりすぎず、推進力を保っているために情熱的になる。まあラテン気質というのもプラスするとして。1曲を通して聴き、やはり西洋音楽の楽器、オーケストラ曲でちゃんと書かれた自国、又は似た文化圏の作曲家の楽曲があって、初めて同類として認められるのだなと改めて思った。
これだけ両指揮者とも若くして閉鎖的なオーケストラに受け入れられるというのは、明るくフレンドリーなラテン気質によるところも大きいのだろう。日本ならさしずめ「ほな36小節からいくで〜!ええか〜?」みたいなノリなのだろうか。「フォルテちゃうねん!そこは〜」「124があかんわ」「ええやん!それそれ!」と言われたら和むだろうし、年配の団員でも言うこと聞いてあげようとなるのではないか。
クラシック音楽と時代性
シモン・ボリバル・ユースオーケストラが熱狂的に世界各国で受けたのは、時代性もある。クラシックの観客は高齢者が多いとはいえ、今の高齢者はロック世代でもある。クラシックとはいえ、まったりとした表現よりは歯切れの良い演奏、ラテンのグルーブ感を内在した解釈に新しさを感じたのだろう。彼らはベートーヴェンでも8ビート、16ビートでカウントして演奏しているはずだ。だから曲が古色蒼然とはならず今っぽく聴こえるのだ。
余談だが、私は90年に現代作曲家の故シュトックハウゼンのレッスンを受けたことがある。ピアノ曲5番と9番だったが、楽譜はいわゆる現代音楽の楽譜で、全音符で伸びた音の後にテンション高めの早いパッセージが来たりする無調のいわゆる前衛音楽だが、その全音符で伸びてる時間、シュトックハウゼンが「ヤパパパパパパパパパパパパパブンッ(←でパッセージ弾く)」と16分音符で数えてみせたのを思い出した。1 and 2 and ではなかったのだ。16ビートの曲だったのだ。テクノミュージシャンに「元祖」と慕われるシュトックハウゼンの理由がここにも1つあるのではないかと思う。16ビートなのでリミックスにも適している。90年代にコラージュとブレイクビーツを駆使したユニット、Stock, Hausen & Walkmanが流行ったことも思い出す。映画から脱線した話ではあるかもしれないが、そんなことを念頭に映画を観たり、色んなオーケストラを聴き比べてみるのも面白いと思う。
おまけ
これの7:20あたりから打楽器の分奏で自分が叩いて手本みせてるのが(笑)
「19世紀のクラシック音楽とは全く違う」戸惑うオケのメンバーも。それでもみんなまとまるのは明るいラテンのフレンドリーさに引っぱられて。
タイトル:『ビバ・マエストロ!指揮者ドゥダメルの挑戦』
原題:¡Viva Maestro!
主演:グスターボ・ドゥメダル
監督:テッド・ブラウン
2022年 / アメリカ / 103分
配給:ディスクユニオン
公式サイト: https://www.viva-maestro-movie.com/
【関連記事】
悠雅彦氏のライヴ評
エル・システマ・フェスティバル2013~エル・システマ・ユース・オーケストラ・オヴ・カラカス
http://www.archive.jazztokyo.org/live_report/report593.html
丘山万里子氏の「エル・システマ」のこと
http://www.archive.jazztokyo.org/column/editrial02/v64_index.html
矢沢朋子 Tomoko Yazawa ピアニスト/ DJ / プロデューサー
東京出身。フランス近代、現代音楽の演奏で特に定評のあるピアニスト。多くの有名作曲家が曲を献呈。桐朋学園大学、パリ・エコール・ノルマル高等演奏家資格取得。第16回中島健蔵音楽賞受賞。2001年よりマルチメディア・プロジェクト、エレクトロ・アコースティック・プロジェクト「Absolute-MIX」をプロデュース。CDをAmazon、iTune、Spotifyなどで40カ国以上に配信、販売するGeisha Farmも主宰。2011年沖縄移住。