#1346 大友良英スペシャル・ビッグ・バンド at ロンドン Cafe OTO Otomo Yoshihide Special Big Band at Cafe OTO, London
Text by Hideo Kanno 神野秀雄
大友良英スペシャルビッグバンド – Cafe OTO 3日連続公演
Otomo Yoshihide Special Big Band at Café OTO, London – Three-Day Residency
大友良英 Otomo Yoshihide: guitar
近藤達郎 Kondo Tatsuo: keyboard
齋藤 寛 Saito Kan: flute
井上梨江 Inoue Nashie: clarinet
鈴木広志 Suzuki Hiroshi: sax
江川良子 Egawa Ryoko: sax
東 涼太 Higashi Ryota: sax
佐藤秀徳 Sato Shutoku: trumpet
今込 治 Imagome Osamu: trombone
木村仁哉 Kimura Jinya: tuba
大口俊輔 Okuchi Shunsuke: accordion
かわいしのぶ Kawai Shinobu: bass
小林武文 Kobayashi Takefumi: drums
イトケン Itoken: drums
相川 瞳 Aikawa Hitomi: percussion
Sachiko M: sine waves
*スペシャルゲスト: スティーヴ・ベレスフォード Steve Beresford: Melodica
2024年10月29日 3日目
=第1部=
1. あまちゃんクレッツマー
2. 芸能界
3. 即興演奏〜青い凧 The Blue Kyte*
4. 季節のない街*
5. 孤独の歳月 Années de solitude (Astor Piazzolla)
=第2部=
6. あまちゃん オープニングテーマ
7. 希求
8. 海
9. 灯台
10. 暦の上ではディセンバー
11. 潮騒のメモリー
12. 地元に帰ろう音頭
13. ええじゃないか音頭
EC. ええじゃないか音頭 (Reprise)
●アヴァンギャルド音楽の聖地が盆踊りに熱狂した夜
ロンドンの、いや世界でも最重要のアヴァンギャルド音楽の聖地「Café OTO」で、大友良英作のオリジナル盆踊り「ええじゃないか音頭」にスタンディングの観客が熱狂する。大友良英スペシャルビッグバンドが楽器の音を止めると、メンバーと観客の多くがフレーズを口ずさむ、私の音楽人生の中でも最も感動した一瞬のひとつとなった。大友良英スペシャルビッグバンドの初ヨーロッパツアーの中でも、大友が最も危惧していたのが、10月29日のロンドン「Café OTO」第3夜だけの、あまちゃんと盆踊りに特化したプログラム。ロンドンでもノイズミュージック、アヴァンギャルドとしてのカリスマである大友良英やSachiko Mが、比較すれば調性もリズムも整いながらユーモラスな「あまちゃん」曲の数々や盆踊りを演奏し、アイドルグループ風の歌を受け入れられるのか心配だったのも無理はない。
●「あまちゃん」から生まれた、大友良英スペシャルビッグバンド
大友良英は1959年横浜生まれで、10代を福島で過ごし、福島高校ではジャズ研に所属し、大学から東京へ。その流れもあり、2011年3月11日の東日本大震災・津波、東京電力福島第一原発事故はひとつの契機となった。その夏には大友良英らを中心に福島で「フェスティバルFUKUSHIMA!」が初開催された。2013年4月には宮藤官九郎の脚本、井上 剛の監督・演出による連続テレビ小説「あまちゃん」が三陸を舞台に始まり、最高視聴率27%を記録し社会現象ともなったが、その音楽を大友良英が担当。スカのリズムで、ドレミファソラシドから始まり強烈なグルーヴと不思議な魅力を持つ一曲<あまちゃん オープニングテーマ>が日本中を席巻し、大友と仲間たちの作るたくさんの曲がドラマを彩った。その「あまちゃん」の音楽を作るために2012年に結成されたのが「大友良英&あまちゃんスペシャルビッグバンド」であり、2013年末のレコード大賞作曲賞受賞、NHK紅白歌合戦出場を経て、大晦日に「大友良英スペシャルビッグバンド」と改名し、大友の劇伴・映画音楽、ライヴのひとつのコアとなって、12年にわたってほぼ同じメンバーで活動を継続してきて、2013年以降「フェスティバルFUKUSHIMA!」に継続的に参加し、「アンサンブルズ東京」など各地の他プロジェクトも含めてオリジナルの「盆踊り」で観客を巻き込む祭に取り組むようになった。ちなみに、「フェスティバルFUKUSHIMA!」では、坂本龍一が浴衣を着て鍵盤ハーミニカで参加する姿もよく見かけた。
●驚きのヨーロッパツアー構想とクラウドファンディング
ブレーメンに毎年ヨーロッパと世界のジャズ業界関係者が集まる「Jazzahead!」あたりで話していると(2024年のレポートはこちら)、日本を代表する”ジャズミュージシャン”というと、実は誰よりもまず大友良英の名前が上がり、国内の感覚との乖離に気付く。そしてCOVID-19前も後も大友はかなりのハイペースでヨーロッパツアーを行なってきた。とはいえ、あの「あまちゃん」に始まる大友良英スペシャルビッグバンドがヨーロッパツアーに出るというのも驚きだし、しかも2024年秋の絶望的な超円安の中、大所帯でヨーロッパツアーをするというのは無謀にも思えた。他方、旅費を少しでも賄うべく始めたクラウドファンディングが、開始間もなく436人から658万円を集めた(1人当たり平均約2万円!)というのも驚異的な成功で、大友を観たいヨーロッパの聴衆と、大友をヨーロッパに魅せたいと頑張ったオーガナイザーNo Earplugsのオスロ在住のMalwina Witkowskaと、日本の大友ファンの熱い想いとパワーが一致する素晴らしい旅立ちとなった。実際、千人以上の大会場やジャズフェスティヴァルを含め公演の多くがSold Outとなり大成功を収めた。
●ロンドン「Cafe OTO」- 3日連続公演
ロンドンのシティの北東やや奥まったところにあるダルストン地区の「Café OTO」。OTOとはそのまま”音”。2008年にハーミッシュ・ダンバールと山本恵子が、ジャンルを超えてメインストリームの外にある新しいアヴァンギャルド音楽の創造、実験音楽に特化したハコとしてオープン、大きな存在感を魅せ、世界的にも憧れの対象となった。出演者には、オノ・ヨーコ、エグベルト・ジスモンチ、エヴァン・パーカー、ペーター・ブロッツマン、フレッド・フリス、アート・アンサンブル・オブ・シカゴ、サン・ラ・アーケストラ、坂田明、佐藤允彦、森山威男などがいる。そして大友にとってはロンドンにおける大切なホームであり、今回はResidencyとして10月27日から29日まで3日連続公演となり、10月28日には地元のミュージシャンらを対象にしたワークショップも開催された。今回はほぼスタンディングで、前方両脇に若干数の椅子席が設けられていた
●第3夜「あまちゃん」と「盆踊り」の夜
10月29日「Cafe OTO」の第3夜は、「あまちゃん」の音楽と「盆踊り」に特化したロンドン第3夜だけのスペシャルプログラム。前述のように、ロンドンでもノイズミュージック、アヴァンギャルドとしてのカリスマである大友良英やSachiko Mが、比較すれば調整もリズムもオーソドックに整いながらユーモラスな「あまちゃん」曲の数々や盆踊りを演奏し、アイドルグループ風の歌を受け入れられるのか、大友は悩み続けてきた。とはいえ、ロンドンまでに数曲やった際の手応えはあり、大友にとって気持ちの良い挑戦の日をを迎えた。
オーケストラのチューニングを模した時間に始まり、しばらくそれが続き、大友のキューとともに突然強烈な<あまちゃんクレッツマー>のメロディが力強いグルーヴと共に始まる。この切り替わりの瞬間の鳥肌は凄く、ここからすぐにスタンディングの聴衆の心を鷲掴みにする。そもそも大友良英スペシャルビッグバンドのメンバーの半数以上が所属していた東京藝術大学出身者によるグループ「チャンチキトルネエド」が最も得意とする東欧ユダヤ系のグルーヴであるクレッツマー、しかも東欧公演からの凱旋といえば凄くない訳がない。なお、大友と「チャンチキトルネエド」メンバーたちの出逢いについては、2013年のコンサートレポートを参照されたい。またその流れで、メンバーの大半がジャズミュージシャンではないといいうのも大きな特徴で、ジャズのイディオム、ジャズビッグバンドの伝統的フォーマットにとらわれない自由で予想不可能な音が出るのもポイントになっている。
続いて<芸能界>、主人公 天野アキ(能年玲奈=のん)が所属し、天野家の人生を振り回した胡散臭そうな芸能事務所の社長”太巻”(古田新太)のテーマだ。サントラではU-Zhaanのタブラから始まっていたが、ここでも相川瞳をはじめとする打楽器隊の怪しいリズムとそれに乗るブラスのパワーに圧倒されてしまう。
ここで、大友がこの世で最も尊敬し、20代の大友はそのアルバムから大きな影響を受けたというロンドン在住の巨匠スティーヴ・ベレスフォードを呼び込む。ピアノやキーボードをメインにあらゆる楽器を演奏するスティーブが持参したのはメロディカ、鍵盤ハーモニカだった。スティーヴ、Sachiko M、相川 瞳(マリンバ)とのトリオの即興演奏でスタート。大友がボソボソとしたギターで入り、みんなも少しずつ入ってくる。浮かび上がるのは、大友初映画音楽である、中国映画『青い凧』の<メインテーマ>。大友は巨匠との素晴らしすぎる共演に感動が止まらないようだ。続いて宮藤官九郎脚本のドラマから<季節のない街>へ。この曲に限らずだが、今回のツアーでの特徴として、アルバム『Stone Stone Stone』あたりから始まったが、メンバーが思い思いに立ち上がって、突然の、ときには同時多発のコンダクションが頻繁に行われたことで、誰もどこに行くかわからないスリリングな演奏が続く。
第一部最後は、アストル・ピアソラが、ジェリー・マリガンに書いた<孤独の歳月>を、大口俊輔のアコーディオンから始めて、東 涼太のバリトンサックスをフィーチャーするが、哀愁のこもり方がすごい。思わず泣いている客もいたらしい。
●「あまちゃん」の代表曲メドレーから
お待ちかねの、と言ってもロンドンの観客は一度も聴いたこともない<あまちゃん オープニングテーマ>で第二部は幕を開けた。そしていきなり観客は大盛り上がりに。異例のインストルメンタル曲で、日本中の朝を彩り、何千万人の心を掴み、ドラマの空気感を方向付けた驚異の名曲の持つ底力は、どこでも通じることがわかった一瞬。さらに「あまちゃん」から<希求>、<海>、<灯台>を続けて。<希求>はアキと親友 足立ユイ(橋本 愛)の切なくもまっすぐな強い意志を表現した曲、ストーリーを思い出すとつい涙してしまう。<海>はドラマのバックグラウンドにありながら、画角に収まりきらない海の広がりを表現。<灯台>は、天野春子(小泉今日子)のテーマ的に使われ、決断をしながら確かに未来を切り拓いていくイメージだ。いずれの曲も名曲だからというだけではなく、この12年間演奏し続けて、さらにヨーロッパツアーで育って、パワーを持ったと感じる。メンバーの想いとグルーヴがシンクロするサウンドには、スタイル云々を超えて心を打たれるに違いない。
●歌謡曲から盆踊りへ
その盛り上がりの中で、Sachiko Mと相川 瞳がバンドの前面、ヴォーカルマイクの前に出る。高身長のイギリス人たちに囲まれているので、前に立ったとしても全然見えない人々も多数、もう見えても見えなくても音だけでも伝わり大盛り上がり。曲は、アイドルグループの曲<暦の上ではディセンバー>。日本で観るよりも二人のパワーがとにかく凄い。<潮騒のメモリー>も観客の受けがいい。昭和歌謡サウンドと歌詞の定番を織り込んで作った曲だが、こうしてみると、その定番が、日本っぽくって恥ずかしいのではなく、初めて聴いても心に響くグルーヴや響きを持っているのではと思った。
続いて、井上梨江も歌手チームに加わり、<地元へ帰ろう音頭>から<ええじゃないか音頭>へ。昭和の頃、盆踊りといえばかっこよくない音楽の筆頭に思われたが、どうもイギリス人にはかっこよく響くらしいし、心だけでなく身体も揺さぶっているようだ。私たちが、バルカン半島の祭のブラス音楽なんて無茶苦茶かっこいいと思うのと同じように、未知のグルーヴが琴線に触れるのかもしれない。
福島で生まれた<ええじゃないか音頭>の中の「吾妻山には雪兎」、「ラジウム卵」なんてフレーズがロンドンのアヴァンギャルドでの聖地で飛び交う不思議。「ロンドン」や「Café OTO」なんかも挟みながら、言葉はわからなくても歌詞の持つパワーすら伝わりそう。アンコールでもう一度演奏された<ええじゃないか音頭>では、終盤でバンドの演奏を止めるとメンバーも観客も口ずさんで盛り上がりは最高潮に。余韻を残してロンドンの夜は更けていった。
なお、大友のイギリスの音楽仲間たち、アヴァンギャルド音楽のレジェンドたちも多数駆けつけていたが、28日にはレッド・ツェッペリンのベーシスト、ジョン・ポール・ジョーンズも訪れ、かわいしのぶのベースプレイを絶賛していたことも記しておこう。
●ヨーロッパツアーの大成功、そして見えてきたもの
予想を超える成功を収めた大友良英スペシャルビッグバンドのヨーロッパツアー。ただ海外で演奏し、公演を見せることができただけではない。大友良英スペシャルビッグバンドの音、あまちゃん、盆踊りを、ヨーロッパがどう受け止めるのかか、観客が楽しめるのか?ヨーロッパの目を通して、見えてきたものがあった。結果として盆踊りもスペシャルビッグバンドもポジティヴに受け止められたし、何よりもスペシャルビッグバンドの音楽で観客がにこにこすることに気づいたという。
またヨーロッパに来て欲しい、またヨーロッパで演奏したいの声が上がる。この熱狂はまだ聴いたことのない世界の街の人々にぜひ味わって欲しいと思うし、それが少しでも日本と世界が繋がることになればよいと思う。大友は3.11の直後「祭が必要だと思うんです」と自分に言い聞かせるかのように語っていて、その時点で理解するのは難しかったが、たくさんの人の心の拠り所となる祭を実現してしまった。結局のところ、ノイズミュージックだろうが、盆踊りだろうが、大友は世界の人を「祭」に巻き込んでしまうのかもしれない。そしてそれを実現できるのが、大友良英スペシャルビッグバンド。その今後と海外公演を楽しみにしたい。
【大友良英のJAM JAMラジオ〜大友良英スペシャルビッグバンド ヨーロッパツアー報告】
KBS京都ラジオ制作の金曜夜24:30-25:00放送の大友レギュラー番組「大友良英のJAM JAMラジオ」で、大友が、大友良英スペシャルビッグバンドのヨーロッパツアーの様子と感想をロンドン「Cafe OTO」公演を中心に語っている。ライヴ音源も放送されたが、著作権の都合上、ポッドキャストでは割愛されている。
2024年11月15日放送分 ポッドキャスト
2024年11月22日放送分 ポッドキャスト
【参考記事】
今日はロンドンの新しいスペース cafe OTO について少しばかり 「大友良英の Jam Jam 日記」2009年3月
ロンドンのCafe OTO、山本景子さんインタビュー (前篇) by 松﨑友哉 “疾駆/Chic” 2020年5月
ロンドンのCafe OTO、山本景子さんインタビュー (後篇) by 松﨑友哉 “疾駆/Chic” 2020年5月
【メンバーの Jazz Tokyo 寄稿記事】
特集『ECM: 私の1枚』
大友良英『David Holland & Derek Bailey / Improvisation for Cello and Guitar』
相川 瞳『Pat Metheny / Bright Size Life』