JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 4,500 回

Concerts/Live ShowsNo. 326

#1366 謝明諺+安田芙充央

Text and photos by Akira Saito

2025年5月14日(水) なってるハウス

Minyen Hsieh 謝明諺 (sax)
Fumio Yasuda 安田芙充央 (piano)

1st set
1. Improvisation
2. Psalm
3. 317E, 32nd Street
2nd set
1. Sky Lament
2. D.D.
3. Oasis
4. Samba Zombie
Encore: Requiem

台湾の謝明諺(シェ・ミンイェン)はコロナ禍による中断を挟んで来日を重ね、共演するミュージシャンも増えてきた。ピアニストについていえば、スガダイロー、永武幹子、遠藤ふみ、栗林すみれなど気鋭の面々。今回初共演の安田芙充央は「大」が付くヴェテランである。注目度が高かったようで、会場には台湾から日帰りで観に来た猛者もいた。

謝の特徴のひとつは、堅固なサックスの方法論を礎としてストレートアヘッド・ジャズからフリー・インプロヴィゼーションまでを野心的に自身の音楽として展開することだ。それはプロジェクトの幅広さだけでなく1回のライヴでのサウンドの多彩さにつながっている。これまでのライヴでも、拡張的奏法を試みるプロセス自体が音楽的行為となっている一方、ジョン・コルトレーンからの影響を感じさせる局面もあった。それらがごく自然にひとりの音楽家から出てくることが、謝の得難いキャラクターのように思える。

安田芙充央の音楽的キャリアは長いが、スタイルを固めることなく新鮮なサウンドを追い求めていることは特筆すべきだろう。たとえば最近の傑作『SORA』ではポスト・プロダクション的にさまざまな音楽的創意が詰め込まれている(*1)。それだけでなく、かつて高柳昌行のグループで演奏し、近年は現代音楽からポップスまでをカバーするという振幅の広さは驚くべきものだ。同作でもフィーチャーされるクラリネット奏者ヨアヒム・バーデンホルストはことさらに自我を主張しないが音楽的な存在感が際立つ人であり、その点で謝と通じるところがある。じっさい謝に聞くとベルギー留学時代に同じ奏者に師事したという。

したがって、謝との共演がすばらしい成果を生むであろうことは想像できたのだが、実際にはそれを遥かに超えるものだった。即興での手合わせのあと謝が熱量を込めたブロウをみせ、続く曲はあっと驚く<317E, 32nd Street>。レニー・トリスターノの手になるクールジャズの名曲だが、リー・コニッツやウォーン・マーシュなどトリスターノの磁力圏にいたサックス奏者たちも、曲に新たな光を当てようとしているマーク・ターナーやミゲル・ゼノンといったサックス奏者たちも、ここまでスローテンポで吹くことは想像しなかったのではないか(*2)。安田はサックスの音と音との空間に丁寧にあらたな音を配し、くねくねとした奇妙な旋律の曲を再活性化させる。

セカンドセットの<D.D.>と<Oasis>においてヴェールを脱いだかのような安田のピアノは圧巻だった。ブギウギ、バップからフリーまで様々な貌が次々にあらわれ、それがみごとに統合されている。こうなるとスタイルなど関係なく安田の音楽だとしか言いようのないものであり、その場に居合わせた者たちは息を呑んで行方を見守った。かつてジャズ評論家の油井正一は、ジャッキー・バイアードのようにひとつのスタイルで定義されない人は日本では過小評価されるものだと喝破した。もちろん安田は国内外で高く評価されているが、インプロヴァイザーとしての底知れなさについて、さらに認識されるべきではないか。そんなことも考えてしまう時間だった。その中にふわりと自然に入ってゆく謝にも感嘆させられた。

次の展開を想像して待ちたい。

(*1)拙稿「異才ピアニスト安田芙充央による音楽的な創意に溢れる最新リーダー・アルバム 幽玄な管・弦の響きにノイズが交錯する無二の音世界」(『Jaz.in』April 2025 vol. 017)
(*2)ミゲル・ゼノンはダン・テファーとのデュオ『Internal Melodies』で、またマーク・ターナーはエドワード・サイモンを擁したグループで『Mark Turner』を吹き込んでいる。またリー・コニッツの数ある録音のうち大傑作との評価されることが多い『Live at the Half Note』のピアニストはビル・エヴァンスであり、サックス奏者たちが調性感に秀でたピアニストとともにこの曲を吹いていることはおもしろい。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

コメントを残す

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.