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Concerts/Live ShowsNo. 332

#1394 斉藤圭祐・山崎隼デュオ 

text by Kotaro Noda 野田光太郎

音楽を聴く意味とは何か? 若き逸材によるフリージャズ

2025年11月6日
「DUO」
会場・東中野「セロニアス」
斉藤圭祐  Keisuke Saito (アルト・サックス)
山崎隼 Hayato Yamazaki  (ドラムス)

出演者は二人とも20代前半。ライブの企画は野田による。斉藤とは彼がまだ10代の頃に即興セッションで遭遇して以来、その実力を見込んでさまざまなアヴァンギャルドな演奏家との共演を企画してきたりもしたが、今では彼独自の才覚で「渋さ知らズ」というフリージャズ系の人気グループに加入して、知る人ぞ知る若手のホープとしてミュージシャン仲間にはその名を知られている。しかし斉藤からは同世代で自分と一緒に演奏できる者がいない、という不満をよく聞かされていたため、たまたま行ったモダンジャズ・バンドのライブで冴えたプレイをしていた山崎に声をかけたところ、じつは斉藤とは同郷で学生時代にセッションをしたこともある旧知の仲らしく、渡りに船とこの再会セッションを仕組んだ。二人ともかつてはオーソドックスなモダンジャズのマナーに則った上で激しい演奏をしていたようだが、この日はまったくの制限を取り払ったフリー・フォームでのジャズ、すなわちフリージャズに挑戦してもらう。斉藤にとっては得意のスタイル、山崎にとってはほぼ未体験に近いような挑戦となる。

ところがいくら待っても観客が現れず、結局無観客ライブに。今までの企画でもこういうことだけはなかったのでショックでしたね。最低記録を更新してしまった。客を呼べない「イベンター」(私はそんな大層な者ではないが‥)に存在価値はない。お店にも経済的損失をあたえてしまい申し訳なかったです。しかたがないので「おれが客だ~!」ということにして無理やりライブを成立させる。

逆に演奏内容は充実していた。斉藤の鋭く斬り込んでくる速射砲のごときカラフルな音の洪水に最初はひるんでいたのか、展開の変化を待って様子を見ていたのか、山崎のドラムからはか細くぎこちない音しか出てこず、どうなることかと気をもんでいたが、斉藤がサックスから口を離した途端、沸き上がるようなリズムのさざめきが聴こえてきた。そこへ先ほどとは少し趣を改めたアプローチで斜めから押し潰すように乗り掛かっていく斉藤のサックス。1970年代に早世した伝説の天才サックス奏者・阿部薫に似ていると言われる音色やフレーズはまさにそのものだが、その組み立ては相当に新しくなってきた。たとえば、世界的に著名なサックス奏者のジョン・ゾーンが得意とするジューサー・ミキサーのごとき「ギュギュギョギェギェ」という異音を吹き散らす奏法を彼も多用するのだが、その使いどころなんかも心得たもの。冷静だし、即物的でドライだ。阿部のように悲痛な抒情性をバネとする行き方とは最近は一線を画しています。もちろん機械的なサウンドなどではなく、「ジャズ」としての音色のツヤは欠かさない。

まったくのフリー・フォームは二回目という山崎、 曲の中でそれなりに「アウトする」アドリブを取るようなバンドでは日頃叩いているものの、助走をつけずに高く跳ぶことはできない。エンジンは徐々に暖まってきたが、必要なボルテージにはまだ達しないな、という辺りで、斉藤がジャズのスタンダード・ナンバーの引用を珍しくかなり長くやった。ここで山崎がつま先立ちでフリーのやり方を探っているようなプレイから、ジャズの基本にどっかりと腰を据え直して、手に馴染んだビートを手がかりに改めて態勢を整え、ギアを入れ換える。ドラムロールを始めとする基礎のパターン、そこから渦を大きくしていくように、もっとパワフルに、もっと複雑に、風のように滑らかに、稲妻のように速く。なかなかその境地は見えてこないが、執拗に上下左右から食らいついてくるようなサックスの刺激と、ジャズのリズムが持っている前のめりの自律性が相まって、自ずと閃くような瞬間が現れるようになってきた。

日ごろ蓄えたものが抽出されるには時間がかかる。ドリップコーヒーの蒸らしと同じで、サックスが一歩退いてスペースを作ることで、毛細管現象のようにドラムの潜在力を引き出していく。だからといってリードするのではなく、相手が調子を出してきた気配がしたら、さっと対角線に戻り、風神雷神図のような対峙関係を作り出そうとする。さすがに斉藤は即興演奏の駆け引きに熟練してますね。

セカンドセットでは山崎がシンバルを執拗に奏でるところからスタート。漫然と頭にある「フリーっぽい演奏」をなぞるのではなく、目の前にある具体的な音の一つ一つに意志を宿らせようと心がけているように見えた。そのプレイはファーストセットよりもはるかに力強く、おおらかに広がって響く。またチャカポコというラテン系の打楽器やドラム上に置いた小シンバル類を用いて、ラッシュ一辺倒にならないようにグルーヴを横に揺らす。また、こういったリズムの遊びにも瞬時に適応できるのが斉藤の強み。さらにはリズムに乗ると見せかけてトリッキーに加速するなど、常に共演者の予想を上回るようなプレイをする。観客が少ないからといって手を抜いた演奏などしないし、相手が旧知の仲だからといって変な手加減などしない。信頼できる演奏家です。

その多彩で流暢な反応に触発されて山崎もグングン調子をあげる。ジャズ特有の畳み込むようなスネアの連打から、一瞬の息を置いてのシンバルの一閃など、いい流れに乗じるとドラムセット全体が鳴ってくる。音は堅さを増しながらも、力任せにベチャッと潰してしまうことは避け、タイコを歌わせることをなおざりにしない。良いドラマーだ。

フリージャズ風な乱れうちや、最近流行りのタイミングをずらすトリッキーな手法を表層的に模倣するのではなく、自分がジャズから学んだパターンの分解・再構成を急速に推し進めることで、さまざまなものがじつは予めジャズの歴史に内包されていることを身をもって発見し、再確認していく。それが「フリー」の本質的な実践なのだ、というそのプロセスを体験的に見せてくれましたね。彼の特色としてラテンタッチのリズムの引き出しがあり、それらをフリージャズ的な刻み込みの中に織り込むことで、パンが空気を内包して膨らむように、ふわっとしたタイミングの広がりを作ることができる。緩急を活かせる。初っぱなの生硬さを打ち払ってみれば、すでにかなりの完成度を持ち、その先に大きな可能性を期待できる姿がそこにあった。そこに至るまでの時間、2セットで一時間強でしたかね。

最後に斉藤の申し出で、店主に無理を言って15分程度の「アンコール」をやってもらう。客もいないのに図々しい話だが、鉄は熱い内に打て、という判断は正しい。そこからの山崎の演奏は、これまでの紆余曲折を忘れてしまうような鮮やかな強度と緻密さを、一気に現出した。最初とはまるで別人のようだ。斉藤も全力で競り合いながら、ドラムが浴びせかける音の瀑布の中を自由自在に動き回る。1970年代初頭の山下洋輔トリオの録音を初めて聴いた時の感覚が蘇るが、もちろん実相の細部は異なる。ドラムの出力はそこまで巨大ではないが、リズムの分節化と伸縮性を織り込むユニークな才気が光り、若い世代の新しい感覚はそこかしこに感知できる。これはやはり今の音だ。短い内にも「この先」を予感できる演奏だった。

こういった音楽を表面だけ捉えて「昔ながらのフリージャズ的な内容」と呼ぶことがいかに的はずれなことか。プレイヤーの個性やインタープレイの実態を玩味せず、頭の中だけにある固定観念に頼って判断することは戒めるべきだろう。フリージャズ的なフリーではなく、ジャズに内在するフリーの探索。いわば「超ジャズ」への道、その旅はまだ始まったばかりだ。

このライブを聴きながらしきりに私の脳裏をよぎったのは、今読んでいる故・杉田誠一の1960~70年代の文章を集成した『超ジャズ』(カンパニー社)という本のことだ。あまりにも荒っぽく主観的であるにしろ、これほどまでに音楽に入れ込んだ熱っぽい文章を書く人がいたのだなぁ、という事実に気圧される。

目の前の二人の若者のプレイに聴き入りながら、人生をかけてまで打ち込む「自分の道」を見いだし得なかった我が身を省みて、音楽を聴くということの意味を改めて考えさせられた。それにしても、やはり阿部薫の遺した影は大きい。新たなる要素を取り入れたからといって、結果としてその音楽が阿部薫を超える魅力を備えていなければ意味がない。斉藤はきわめて優秀な奏者だが、彼に課せられた使命は偉大な先覚者を乗り越えることにある。イミテーターの烙印を外すためにもそのことは不可避だ。そのためには彼を「前後不覚」で「無我夢中」の境地にまで追い込むような手強い共演者が必要となる。今回、斉藤の口から「またやりましょうや」の一言は出なかったが、この二人にはまたやってもらいたいですね。 (敬称略)

野田光太郎 

野田光太郎 Kohtaro Noda 1976年生まれ。フリーペーパー「勝手にぶんがく新聞」発行人。近年は即興演奏のミュージシャンと朗読家やダンサーの共演、歌手のライブを企画し、youtubeチャンネル「野田文庫」にて動画を公開中。インターネットのメディア・プラットフォーム「note」を利用した批評活動に注力している。文藝別人誌「扉のない鍵」第五号 (2021年)に寄稿。

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