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Concerts/Live ShowsEinen Moment bitte! 横井一江No. 333

#54 熱海とフェスと音楽と…
〜第7回 熱海未来音楽祭

text & photo (b/w) by Kazue Yokoi 横井一江

初冬の暖かい日に熱海へ出かけた。駅から商店街を抜けて起雲閣へ向かう。小春日和の陽気のせいもあって、観光客がそぞろ歩いている。おそらく開店当初から変わっていないと思われるレトロな店構えの喫茶店などもあって、昭和の匂いがまだあちこちに残っているのも都会から来る観光客には魅力なのではないだろうか。思いの外インバウンド観光客の数は少ないように感じる。質とバランスは保たれているように傍目には見えるが、実際はどうなのだろう。そういえば、熱海には古いジャズ喫茶があると『ジャズ喫茶論』を著したマイク・モラスキーから聞いていたが、それはこの辺りだっただろうか、などと考えながら歩いているうちに熱海未来音楽祭の会場のひとつである起雲閣に着いた。

起雲閣は面白い建物である。大正時代に別荘として建てられ、戦後は旅館として使われ、 志賀直哉、谷崎潤一郎、太宰治などの文豪が逗留した。その変遷から別荘地から温泉地へと変わっていった熱海の歴史が垣間見える。旅館廃業後は熱海市の所有となり、文化施設として使用されている。起雲閣には洋館と和館そして庭園もあり、増改築が行われたこともあって洋館ではチューダー洋式からアールデコまで異なる洋式が用いられ、また中国風の装飾もあり、一つの部屋の中でも複数の時代の洋式が絶妙に調和していたりする実に面白い建物だ。欧州人の目には不思議で奇妙に映るかもしれないが、即興を軸に多様な音楽のステージが行われる会場にふさわしい。

提供:熱海未来音楽祭

7回目を迎えた熱海未来音楽祭は、11月29日と30日の2日間に亘って行われた。メイン会場の起雲閣、銀座通り商店街のEOMO storeでの公演、 巻上公一による「声の冒険ワークショップ」他が行われた。また、舞台美術家  長峰麻貴による子供向け?の「熱海の迷宮道先案内人〈白いカモメ〉をつくろう!」というワークショップもあり、毎年そこでの制作物、今年は「カモメ」を手にミュージシャン、ダンサーが参加者を引き連れて街中をパレードする。終点はフェスティヴァル期間中にサンビーチに出現する「ラビリンスドア」だ。この他にLAND FESとの共催プログラムも今回もあり、ダンサーやミュージシャンと観客が街巡りをしながら、ディープなスポット数箇所でパフォーマンスを観るというプログラムもある。

熱海未来音楽祭は明らかに他の音楽フェスティヴァルとは違う。その中核にあるのは音楽であり、ジャンルを超えた「即興」なのだが、このパレードやLAND FESからは「街に出よう」という意図も窺える。いや、熱海という街をフェスティヴァルに、パフォーマンスの中に取り込もうとしているようにも見える。このようなローカルなイベントのあり方は、寧ろ地域密着型の芸術祭に近いのかもしれない。これは熱海市民であるプロデューサーの巻上公一ならではの経験に裏打ちされた柔軟な発想によるもの。都会とは違う地方でのひとつイベントのあり方、単にショーケースではない音楽芸術活動との関わり方であり、熱海からの文化発信と言っていい。そうえば、巻上の第3詩集『眼差から帰還する』(左右社、2025年)にも熱海の海岸で砂風に巻き込まれて、旅したユーラシアを辿る詩「へんてこなる砂風」が収録されていた。

2023年にここを訪ねた時は3日間楽しんだが、今回はちょうどコンサートやイベントが重なる時期ということもあって、足を運べたのは2日目の11月30日のみ。それでも、このフェスティヴァルならではのプログラムを楽しんだ。起雲閣音楽サロンでの最初のコンサートは佐藤允彦によるピアノソロ。佐藤の演奏は随分と観ているが、ソロでの完全即興演奏をライヴで観るのは初めてだ。CDでも『如是我聞』(おーらいレコード)ぐらいだろう。もはや世の中にあるジャズとか現代音楽などというカテゴリーを超越した「我かくの如く弾く」という世界。即興的に導き出される一音一音は緩急自在に変化し、昇華された音空間を構築する。サウンドに導かれるように誰もがその世界に聞き入っていた。2ステージ目は「巻上公一と熱海サンビーチ」というバンド名での巻上公一、坂口光央、サム・ベネットによる演奏。巻上はヴォイスやテルミンに尺八など、ベネットはエレクトリック・ドラムにヴォイスや小物も持ち出し、坂本はシンセサイザーを駆使する。表情豊かで時に可笑しく、時にシリアスな変化に富んだ展開の面白みは即興ならではのもの。フィナーレは「巻上公一と熱海サンビーチ」に佐藤允彦、纐纈之雅代に、人形演劇の黒谷都が加わり、フェスティヴァルを締め括った。

今年の開催にあたり、「ラビリンスドア」がリニューアルした。ルネ・マグリットの絵にあるような青空と雲をが描かれたドアの表面は変わらないが、裏面(海側)が鏡面となった。ここを通り抜けるとどのような異世界に行けるのか。来年もまたサンビーチに出現する「ラビリンスドア」を探しに出かけるのもいいな、と思った。

撮影:木村雅章

第7回 熱海未来音楽祭  第2日目
2025年11月30日  @起雲閣音楽サロン

「緻密な一音に震える世界 佐藤允彦ソロ」
佐藤允彦 (piano)

 


「巻上公一と熱海サンビーチ」
巻上公一(ボイス、テルミン他)坂口光央(シンセサイザー)サム・ベネット Samm Bennett(ボーカル、パーカッション)

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フィナーレ「境界賛歌 Anthem at the Edge」
佐藤允彦 (piano)  黒谷都(人形演劇)纐纈之雅代(サックス)巻上公一(ボイス、テルミン他)坂口光央(シンセサイザー)サム・ベネット Samm Bennett(ボーカル、パーカッション)

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横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記念本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 https://kazueyokoi.jimdofree.com

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