#1400 矢沢朋子Absolute-MIX Presents 2025
2台ピアノとパーカッションで巡る〜バーバリズム・アーカイヴ
text by Gen Igarashi 五十嵐 玄
写真提供:Absolute-MIX 実行委員会
2025年12月5日(金) 五反田文化センター音楽ホール
【出演】
ピアノ:矢沢朋子 / 比嘉光太 打楽器:新野将之 / 屋比久理夏
【プログラム】
コーネリアス・カーデュー Cornelius Cardew:《Boolavogue: for Two Pianos》1981
第1ピアノ: 矢沢朋子 第2ピアノ: 比嘉洸太
三善 晃:《響象 I》2 台ピアノのための (1984)
第1ピアノ: 矢沢朋子 第2ピアノ: 比嘉洸太
権代敦彦: ”咒” 2 台のピアノと打楽器のための Op.205 (委嘱新作世界初演)
第1ピアノ: 矢沢朋子 第2ピアノ: 比嘉洸太 第1打楽器: 新野将之 第2打楽器: 屋比久理夏
ベラ・バルトーク Béla Bartók: 2 台のピアノと打楽器のためのソナタ(1937)
第1ピアノ: 比嘉洸太 第2ピアノ: 矢沢朋子 第1パーカッション: 新野将之 第2パーカッション: 屋比久理夏
ピアニストの矢沢朋子が主宰するAbsolute-MIXの企画による<バーバリズム・アーカイヴ>とタイトルされたコンサートを聴いた。(昨年12月5日、五反田文化センター音楽ホール)
矢沢は10年以上前から沖縄に居を移しており、ちょうど1ヶ月前に同内容のコンサートを沖縄で開いている。この日、東京でのコンサートに参加した比嘉洸太(Pf.)、屋比久理夏(Perc.)らも沖縄からの参加となった。
当夜の4曲は、それぞれ出自が大きく異なる作品で構成され、前半はコーネリアス・カーデュー(1936-1981)の2台ピアノ作品《Boolavogue》(1981)から始まった。イギリスの作曲家カーデューは、前衛作曲家/ピアニストとして、初期にはシュトックハウゼンの助手も務めていたが、やがて左翼主義を強く反映した作風に転じ、この作品もアイルランドの国民的な民衆歌(バラッド)を元にしている。2台のピアノは非常に良く溶け合い、アイルランド民謡《庭の千草》風の旋律は優雅ささえ感じさせるが、曲は民衆蜂起に散った指導者を謳った愛国歌=抵抗歌である。これはカーデューの絶筆であり、左翼政党の活動家でもあった彼の悲劇的な死と重ねて聴かれたことであろう。(以前、イギリスのミュージシャン、D.Toopに、「暗殺だっていう証拠はないんだよね?」と訊いたら、「いやいや、誰でも知っていることさ。」、と吐き捨てるような答えが返ってきたのを思い出した。)政治的革新と革新的音楽の背反というアポリアを、いつしか不問にしてきた現代音楽界の欺瞞を告発して止まない作品だ。(贅沢(?)を言えば、当日用意されたピアノの豊かな響きは、この作品には少々贅沢過ぎだ。)
続く三善晃(1933〜2013)の2台ピアノ作品《響象Ⅰ》(1984)で風景は一変。ピアノ2台は対照性を強調せず、対等に絡み合う響によって、やがて一木造りの彫像が立ち現れるような印象を残した。
当年2度目の尾高賞を受賞した権代敦彦の今回の委嘱作《咒(ジュ)》の初演。この日、後半に演奏されるバルトークの《2台ピアノと打楽器によるソナタ》と同じ楽器編成による(というのが、委嘱に当たっての注文だったという)。加藤訓子率いるパーカッション・グループによる、権代の全打楽器作品によるコンサート(9月20日・神奈川県立音楽堂)も圧巻だったが、打楽器作品には並々ならぬ意欲を示している権代。今作は大音響に頼るところのない作品で、打楽器の繊細な響きを軸に、ある種求心的な儀式性といえるものさえ感じさせた。旋法性の横軸と、拍(数)の縦軸に、それぞれ宗教的な意味合いや機能が重層的に宿されているが、それらを分析的に聴くことは容易ではない。不思議にも呪術的な重苦しさや息苦しさを感じさせず、どこか清浄な響きがある。権代によれば、お題であるバルトーク作品との接点を、ついに見出し得なかったというのも面白い。ちなみに「咒」とは、祝い、呪い(マジナイ、ノロイ)などを通底する言葉だという。権代、バルトーク両作品には、新野将之(perc.)の参加を得て、盤石な演奏となったことも加えて報告すべきであろう。
当夜のコンサートは、<バーバリズム・アーカイヴ>と題されており、バルトークの初期の野生味溢れる問題作《アレグロ・バルバロ》なども思い出されるのであるが、矢沢のピアノは、かつてのバルバロな印象は表面から影をひそめ、より深いところでのバーバリズムという新たな段階に進んでいることを感じさせた。東京の慌しい音楽シーンとは距離を取っていて欲しい、逆にもっと東京で活動の機会が増えて欲しい、という両方の思いを持つのは、ずいぶん欲張った、というか矛盾する希望ではあるが、そう願わずにはいられない。
五十嵐 玄(いがらし げん)
1961年生まれ。大学卒業後、画廊勤務を経て、アートショップ「アール・ヴィヴァン」〜「ナディッフ」に勤務。現代音楽、民族音楽のLP・CDの輸入・販売、コンサートやレクチャー・イヴェントの企画・制作を行う。店舗運営に並行し、1980年代より雑誌『朝日ジャーナル』(朝日新聞社)、『レコード芸術』(音楽之友社)、『ユリイカ』(青土社)、『骰子』(アップリンク)、『intoxicate』(タワーレコード)、国内盤CDのライナー等執筆多数。音楽ライターの活動を継続しつつ、ここ数年は主に美術館関連の仕事が中心。




