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Concerts/Live ShowsNo. 334

#1403 新宿ピットイン60周年記念コンサート

text by Shuhei Hosokawa  細川周平
photo  by Masanori Doi  土居政則(提供:新宿ピットイン/ピットインミュージック)

2025年12月27 日、28日 @新宿区立新宿文化センター・大ホール

ジャズと共に老いる

新宿ピットインが創立30周年(1995年)以来、十年ごとに記念大会を開いてきたのを無視してきた。ジャズから離れた日常からすれば遠いイベントでしかなかったのだが、今回は人ならば還暦にあたり、特別な興味を覚えた。私も10年前に祝ってもらった。ジャンル特定の小さめのハコを60年維持するとは世界にもめったになく、演奏を聴きに行くというより式典に参加するような心持で会場に向かった。両日とも劈頭、ピットイン・ミュージックのオーナー親子が並び、経営の代替わりが発表され、新体制発足を祝う雰囲気に舞台客席は華やいだ。中原仁は時代がかった調子でセレモニーを指揮し、祝賀の気分を演出した。

開業当時からのお歴々を中心に、二日合わせて12セッション12時間のプログラムの大規模かつ回顧的な企画で、何十年も店に通った風情の年配客が客席の過半数を占め、ベテランに対する拍手が一段と高い敬老的な雰囲気が保たれた。その分、若い奏者にはやや気の毒な空気だった。私もその高齢組の一人で、学生時代に心躍らされたプレイヤーが今も変わらぬ影かたちで、吹き弾く叩くのを目と耳で確かめるメニューを満喫した。

休養を宣言している山下洋輔は二日とも出演の大車輪で、万感の思いで見送った。その弾きぶりは5、60年前にはただ世界最速で突っ走っているとしか聴こえず、突き抜けていた。こんなこと許されるのかと呆気に取られた。その後ジャズ史に則ったスタイルに拡げるものの、本質は初期の疾走にあったと思う。「ぐがん」のテーマが、ダパトトッと特別編成のブラス・アンサンブルにしゃれ込んで奏されると「待ってました!」と声をかけたくなった。決まった身振り手振りとお馴染みのプレイ、それに洋輔さんにはいつもの白いスラックスと茶のベスト。その全体を見て聴くのだから、歌舞伎役者の見栄を拝むのと変わらない。

私には坂田明、森山威男と組んだ山下トリオが十代後半の音楽歴の突出した存在で、初日には彼の出演(菊地成孔とのデュオ)の前に、坂田が加わるセッション、後に森山クインテット+板橋文夫が組まれ、後者の「グッドバイ」で懐古は絶頂に達した。山下トリオの解散演奏(1975年大晦日)の際には、会場の新宿ロマン劇場の客席から「ヨースケー」「サーカター」「モリヤマー」と悲壮な声を張り上げたことが蘇ってきた。そんなガキっぽい反応が許されるのが、その他のフリージャズにはないトリオの特別な魅力だった。翌年、ドラマー森山がアケタの店を拠点に4ビートのコンボを試運転するのを追っかけていたが、それが積もり積もってこのクインテットというのも感慨無量だった。優雅な上体遣いで格別なドラムロールを繰り出す姿は半世紀変わらない。髪が白くなったのだけが違いと言えば言える。

懐古のついでに、ピットインの思い出を語って祝賀の列に加わりたい。

初めてピットインに行ったのは中三の冬、従兄の大学生に連れられて日野皓正クインテットを聴きに行った時のことだ(1969年12月16日)。日記をつけていたのでそうと分かる。その年、ラジオ番組「ナベサダとジャズ」、「マック&ジャズ」(岩浪洋三がキャスター)でジャズを発見し、そこだけませて大学生に近づいたのを従兄は面白がった。日記は「狭い所とはきいていたが、これほどとは・・・そして熱気でムンムンする、タバコをこんなところで吸ってほしくないね、煙が目にしみるから」と書き出している。スタンダードの曲名を引用できるほどジャズ文章に馴れていた。

最前列に陣取り、定刻の18時30分をだいぶ回って入ってきた稲葉国光、村岡建に「すみません、どいて下さい」と肩に手をかけられ、声をかけられたのを嬉しがっている。立ち見と記憶している。演奏者とのこんな近さはそれまで知らなかった。リーダーはその後に「ムッツリと」現われ、青のパンタロンとジャケ、『ハイノロジー』のジャケットで有名なレイバンのグラスをかけていた。ドラムスの元彦はGパンに黄土色のジャケと、兄弟のファッションを、テレビのスターを間近に見た気分で記録している。反対に「あとは大したことない」と、残り三人のファッションは切捨てられている。まず流行の外見が中学生の目に留まった。すべてが前の月、暮らしていた町の会館で生まれて初めて聴いたジャズ・ライブ、ジョージ大塚トリオのきっちりしたありようとはまるで違うのに、面食らっている(それについては本誌2020年5月号の追悼記事で触れた →リンク)。

最前列はドラムスに近すぎ、ピアノ(鈴木宏昌)は聴き取れないが「とにかく、すごい迫力だ。皓正のソロになると断然生き生きとしてくる」。ソロ・パートとは別に、トランペットのサポートのほうに注意が向いている。何もかもがリーダーを聴かせるように組まれ、別格の存在だった。彼が「速いよ」とベーシストに注意して、指を鳴らしてリズムを遅くさせたが、聴き取れなかったと書いている。ベースはテレビやラジオではきっちり再生されず、聴き慣れていなかったのだろう。メンバー同士がその場でプレイするのがスリルだった。ライブがすでに即興だった。完成サウンドを提供する舞台とは違う。日記にはほかに休憩時間に「残りの4人が話していた。皓正はムッツリだ」と書いている。素顔のミュージシャンをそれまで見たことがなく、演奏とは別にわくわくした。生のステージよりもさらに距離感がない。親密な現場をのぞく感覚で、初めて知るだいご味だった。

演奏についてのコメントは少ないが、「白い変型ペットで吹いた。とにかく、そのバカデカイ音にはガチンときた何かがあった。俺も心でアドリブをしていた」と、興奮を書き留めている。日野がよくテレビで、そっくり返りのポーズをつけて吹いていた白いフリューゲルホーンを、この目で見たのに心躍った。家のラジオ、テレビ、ステレオでしか音楽を聴いたことのなかった中学生は、まず目で持っていかれた後に耳を奪われた。モニター・スピーカーの音量にぶっ飛ばされ、この日、ジャズへの傾斜を進めた。「心でアドリブ」とはジャズ雑誌の投稿欄にありそうな言い回しで、青臭いが当を得ている。もちろんクインテットの音楽的質があってこそ、初心な少年は演奏と一体化し陶酔に連れ出された。「とにかく『ライブ』というのはいい。この5人が身近に感じられる」。これがピットイン洗礼を受けた日のまとめだった。この近さはジャズクラブならではで、テレビ、ラジオ、レコードはもちろん、劇場、ホールにもない。ライブはステージ、コンサートとは別と分けていた。

60周年大会でヒノテル自身はフロリダからビデオ・メッセージを寄せただけで残念だったが、トランペット・サミットによる佐藤允彦編曲「アローン・アローン&アローン」は、それを補ってあまりある敬意に満ちた演奏だった。タクトの例のタイトル・アルバムをまるごと蘇演する企画があってもよい。60年後のヒノテルの再解釈を聴いてみたい。

残っている日記によれば、高3の夏休み、都内で模擬試験を受けた後、二階にあるピットイン・ティールームに向かい、高橋何とかクインテットを聴いたとある。名前すらきっちり書き取っていない扱いだが、「枯葉」「スモール・アワーズ」「いつか王子様」と曲目はきっちり記録している。最前列に腰かけ、サックス奏者にモード奏法をやってくださいよと話しかけると、最後の「朝日のようにさわやかに」でやってくれたと嬉しがっている。ジャズの基本はブルースで、その基礎は三連符にあると教わった。コード進行のスタンダードはその一歩上、モードはそこから発展した最先端という進化論を信じていた。こんな真面目に聴く客がいるならもっと思い切り吹けばよかったと奏者は残念がったらしく、生意気にも「この程度のプロの人となら知り合いになりたい」と漏らしている。今にも弟子入りしそうな勢いだ。

ティールームは一階のメイン・スペースに出るまでの登龍門で、舞台と客席の敷居が低く、練習室のようだった。目の前のドラムスは「シンバルが痛いほどよく鳴って」いて、二週間前のエマーソン・レイク&パーマー(於後楽園球場)以上に興奮したと書いている(当日は初めてのスタジアム・ロックで相当昂ぶっていたはずなのに)。1m先でシンバルを叩けば、誰だろうが耳が痛くなる。音量が引き起こすその痛みを演奏の迫力パワーと思い込んでいる。マイルスと日野を真似ているようなトランペットに不満を抱きつつ、「やはりJazzは良い」と結論している。これは高校のクラスメイトが熱中しているRock(たとえばELP)とは別次元、少数精鋭という意味で、教室で語り合う相手がいない分、ラジオと立ち読みが貴重な接触点だった。

以上、還暦の名目から、ピットインに絡むジャズの青春をつらつら書き留めてきた。60周年大会に戻ると、大友良英が上京当初、朝・昼の部に出演して、ノイズ・シーンの外で演奏する足場を開拓できたと感謝を述べ、一日目には高柳昌行を経由するようなデュオ(菊地成孔と)、二日目には富樫雅彦に捧げるスペシャルビッグバンドで、ピットインがジャズ本流だけでなく、フリーを支援してきたことを回顧した。ノイズも半世紀のうちに人脈・音脈が拡散するなか、大友は定速ビートとは別なのに、ジャズに通じる付近を疾走してきたと自ら判を押す二本立てだった。

二日間の大会の最後は渡辺貞夫カルテットで、ホレス・シルヴァの「ピース」で始まり、ブラジル物の「カリニョーゾ」で締める盤石のプレイリストが用意された。御大のマイナンバーとして登録されて50年以上たつ曲ばかりで、どれも無垢の耀きを保っている。特にブラジル物は私のブラジル好みのふだん忘れている原点に帰るようでぐっと来た。ボサノヴァの感じの良さは高校生の頃、ナベサダからナマで教わったのだ。

60年前には「状況」や「運動」が大学生の流行語で、実社会の変動を取り逃がさない政治認識が重んじられ、一部ジャズ界にも及んだ。それを懐かしく思い出す年配者もいるだろう。今やカルテットは力を抜きもしないし無理もしない、貞夫さんの身丈そのままの「境地」に達している。この言葉には仏教的な含意があり、経験を受け容れ現在を肯定する意味合い、唯我独音の心向きが込められている。ザ・カルテット(と敬意を込めて呼ぶ)の演奏は儀礼の域に達し、二日間の式典を安心で締めくくった。メンバー紹介、曲紹介を含め、ナベサダは千両役者の域に達していた。「安心」は天命に対する全幅の肯定(立命)を含む。これを「マイ・ディア・ライフ」と呼び替えても、間違いではないだろう。

彼のバークレー音楽院留学からの帰国に合わせるようなタイミングで、ピットインが開店した。この時、演奏場所を求めるミュージシャンと出演者を求めるハコの関心が一致した。それから60年、ピットインは世界的にも最長寿のジャズクラブに属す。それは日本のジャズ界のひとつの達成点と、二日間で結論を得た。もっと今の人を聴きまーす。

 


新宿区立新宿文化センター・大ホール

2025年12月27日

■Answer to Remember
石若 駿(Ds) Melraw(As,G) 佐瀬悠輔(Tp) 馬場智章(Ts) カイホリコウタ(Keys) 若井優也(Keys) Marty Holoubek(B) Taikimen(Per,etc) ermhoi(Vo) Jua(Mc) HIMI(Vo)

■岡沢 章 BAND
岡沢 章(B) 渡嘉敷祐一(Ds) 野力奏一(Pf) 小池 修(Ts) 三好“3 吉”功郎(Gtr)

■Special Session A
坂田 明(Sax) 梅津和時(Sax) 芳垣安洋(Ds) 本田珠也(Ds) 中村達也(Ds) スガダイロー(Pf)

■菊地成孔/山下洋輔/大友良英
菊地成孔(Sax,Pf,Voc,Sabal,Rap) 山下洋輔(Pf) 大友良英(Gtr)

■トランペット・サミット produced by 日野皓正
中村恵介(Tp) 原 朋直(Tp) 類家心平(Tp) 山田丈造(Tp) 佐藤允彦(Pf) 加藤一平(Gtr) 高橋佑成(Pf) Marty Holoubek(B) 高橋直希(Ds)

■森山威男 クインテット + 板橋文夫
森山威男(Ds) 川嶋哲郎(Ts) 田中邦和(Ts) 田中信正(Pf) 水谷浩章(B) ゲスト:板橋文夫(Pf)

2025年12月28日

■大友良英 スペシャルビッグバンド
大友良英(G) 江藤直子(Pf) 近藤達郎(Key) 齋藤 寛(Fl) 井上梨江(Cl) 江川良子(Sax) 鈴木広志(Sax) 東 涼太(Sax) 佐藤秀徳(Tp) 今込 治(Tb) 木村仁哉(Tuba) かわいしのぶ(B) 小林武文(Ds,Per) イトケン(Ds) 上原なな江(Marimba) 相川 瞳(Per) Sachiko M(Sinewaves)

■Special Session B
ケイ赤城(Pf) 中村恵介(Tp) 井上 銘(G) 魚返明未(Pf) 須川崇志(B) 竹村一哲(Ds)

■THE J. MASTERS with 本多俊之
峰 厚介(Ts) 向井滋春(Tb) 原 朋直(Tp) 野力奏一(Pf) 鈴木良雄(B) 奥平真吾(Ds) 本多俊之(As)

■渋谷 毅 ORCHESTRA
渋谷 毅(Pf,Org) 峰 厚介(Ts) 林 栄一(As) 松本 治(Tb) 津上研太(As,Ss) 吉田隆一(Bs,Fl) 石渡明廣(Gtr) 上村勝正(B) 外山 明(Ds)

■山下洋輔 SPECIAL QUARTET PLUS
山下洋輔(Pf) 坂井紅介(B) 本田珠也(Ds) 類家心平(Tp) +池田 篤(As) 中山拓海(As)

■渡辺貞夫 カルテット
渡辺貞夫(As) 小野塚晃(Pf) 三嶋大輝(B) 竹村一哲(Ds)

細川周平

細川周平 Shuhei Hosokawa 京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター所長、国際日本文化研究センター名誉教授。専門は音楽、日系ブラジル文化。主著に『遠きにありてつくるもの』(みすず書房、2009年度読売文学賞受賞)、『近代日本の音楽百年』全4巻(岩波書店、第33回ミュージック・ペンクラブ音楽賞受賞)。編著に『ニュー・ジャズ・スタディーズ-ジャズ研究の新たな領域へ』(アルテスパブリッシング)、『民謡からみた世界音楽 -うたの地脈を探る』( ミネルヴァ書房)、『音と耳から考える 歴史・身体・テクノロジー』(アルテスパブリッシング)など。令和2年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

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