#1404 パブロ・バジェ・セステート盛岡公演
text by Yoshiaki Onnyk Kinno 金野ONNYK吉晃
パブロ・バジェ・セステート
2026年2月13日 岩手県盛岡市民文化ホール大ホール
民音タンゴ・シリーズ(55)『タンゴの歴史』」
パブロ・バジェ・セステート:
パブロ・バジェ ピアノ・楽団リーダー・音楽監督
オスカル・ジェマ バンドネオン
ホアキン・ディアス・バレーラ バンドネオン
マユミ・ウルヒーノ バイオリン
マイテ・ウンスルンサガ ビオラ
ファクンド・ベナビデス コントラバス
ロドリゴ・モレル 歌手
カルラ&ガスパル ダンスリーダー
コンスタンサ&リカルド ダンサー
ミカエラ&レアンドロ ダンサー
アルゼンチンから来たパブロ・バジェ(ピアノ)をリーダーとする六重奏団のライブを見た。純然たるアルゼンチン・タンゴである。20世紀の古典タンゴから、ピアソラ、そしてバジェ自身の曲まで、熱演だった。
特にバイオリニスト、マユミ・ウルヒーノの演奏と、若干19歳の歌手ロドリゴ・モレルの歌唱力はパッションに溢れ、惹き付けられた。ピチカートと弓弾きでダイナミックなドライブ感を生むコントラバス。二台のバンドネオンが第一、第二バイオリンのように重なりあう。歌うバイオリンに影のように寄り添うビオラ。これは小さなオーケストラだ。ダンサー五人(男女ペア二組とソロ男性)も曲によって参加。全員がコンテストのチャンピオン・クラス。ウブな私はどうしても女性の姿態に眼がいってしまうので、ダンスが始まると極力閉眼して聴いていた。いや、ダンスも見れば実にダイナミックで、眼を奪われてしまうのだ。タンゴはダンス音楽である!
残念だったのは、大ホールだったこと。PAの強さで、時にはうるさく感じるほど。小さなホールやライブハウスで、生で聴きたかった。以前、全員日本人のタンゴ・キンテート「ラストタンゴ」を、とある店で聴いた。残念ながらこのとき聴衆は、私を含め数人で寂しく思えたが、その熱演に感激し、踊らなかったが一人声援を送った。「タンゴを聴くには情熱があればよい」と言う言葉もある。確かにクール極まりないタンゴは想像できない。盛岡には常時タンゴ生演奏を聴ける「アンサンブル」という店も在る。開店して半世紀、タンゴ一筋のミュージック・レストラン。以前はバンドネオン、バイオリン、ピアノのトリオ編成だった。長年演奏をしてこられたバンドネオン奏者、森川さんが亡くなり残念だが、今もバイオリンの花田さんの生演奏は続いている。日本の若手タンゴ奏者の修業の場にもなっていた。
今回のパブロ・バジェ・セステートのコンサートでは、聴衆の年齢層は高いものの、第二部になると掛け声とスタンディング・オベーションも多く、静かな盛岡の聴衆にしては稀な事に思えた。かつて1950年代のタンゴ・ブームを支えた人達だろうか。いや、ピアソラブームによって新たにファンとなった人達、またダンスからタンゴに入った人達も多々居たに違いない。かくいう私も昔からのタンゴのファンではなく、知ることも少ない。サルガンらのキンテート・レアルの日本ライブや、オスバルト・プグリエーセのベスト盤などたまに聴くが、やはりピアソラには参ってしまった一人である。十枚組ボックスセットも聴いた。しかし「タンゴ・ゼロアワー」「ニューヨークのピアソラ」の二枚は文句無しの名作で、人にも薦める。
タンゴは何故ここまで熱く感じるのだろうか。それはジャズより熱い。終演後、ロビーではCDを買い求める人達の列。パブロもサインと握手に大忙し。私は彼に「素晴しい演奏を有り難う」と声をかけた。彼もはっと顔を上げ笑顔で「グラシアス!」と応えてくれた。小柄ながら力強いタッチのピアノ、そして旧い名曲のダイナミックなアレンジ、また新古典主義というべきオリジナル曲を披露し、なによりバンドリーダーとしての統率力を感じた。この若き音楽家は、まさにタンゴの奥深さと未来を背負っているのだろう。
タンゴはアルゼンチン、南米大陸の端で、19世紀末、ガウチョや港湾の男達が酒場に集まり、歌に酔いしれ、女性と強く抱擁するダンスの伴奏として発展した。それは北米大陸の北部都市の、違法なスピークイージーで、やはりダンス音楽として発達した現代ジャズの歴史と似ている。二十世紀の南北アメリカ大陸の両端で呼応する、同時代の新しい大衆音楽。しかしタンゴは、より旧大陸の影響を受け続け、西欧クラシック音楽的な構成とテクニックを重視した。その結果、歌手の存在感、ダンス音楽としての性格を温存してきた。それに挑戦したのがアストル・ピアソラである。彼のタンゴでは踊れないという不評が起きたのも分かる。今ではダンスコンテストの課題曲にさえなっているのに。またジャズは、二度の世界大戦と経済的変動による変化を蒙った。それ以上に二つの要素を看過できない。それは人種差別と即興の発展である。これはタンゴには無かっただろう。ジャズは、歌とダンスの伴奏としての性質を徐々に減じて行った。世界中の大衆音楽は、演奏と歌とダンスの三つ組で発達する。津軽民謡、琉球音楽、フラメンコなどをみてもそうだ。しかし、器楽が発達して即興的独奏をするようになると音楽的な変化をみる。即興演奏の要素が発達すると、相対的に他の二つは後退して行くのだ。歌の、ダンスの即興は、演奏そのものの即興とは質が違うと言わざるを得ない。また、同時に即興演奏は他のジャンル、要素との混淆を自由にし、ハイブリッドな質を持つようになる。まさにジャズがそうだった。即興は「自由な」精神の発現である。だから私はタンゴの保守性を見る事で、ジャズの発展を相対的に感じるのだ。タンゴには管楽器の参入がほぼない(初期にはフルートが入っていた)。それは歌手の地位を奪うから。そして発達したのは表現力の幅の豊かな、しかし古典的な楽器バンドネオンだった。その意味でもタンゴは西欧音楽により近い。タンゴは「自由な」即興を嫌い、そしてどこまでも作曲に忠実で、西欧を遠く離れてなおかつ西欧音楽であり続けようとしているように見える。私は決して、即興のない音楽を評価しない訳ではない。即興とは、実は不自由を、制約を発見する事だからだ。私は、即興しないタンゴ、決してハイブリッドにもならず、決してブレることのない、その爛熟にジャズにはない醒めた炎を見る。タンゴは熱い。しかしその奏者達は冷徹なスタイルを崩さない。それが芸人の魂というものだろう。思えば小杉武久、間章が70年代末に、これからの音楽はタンゴとインド音楽の闘いになるとどこかに書いていた。彼らは構成力のタンゴと、即興のインド古典音楽の、弁証法的止揚を考えていたのだろうか。
ミンオンMIN-ON、すなわち民主音楽協会は1970年から55回に渡るタンゴ・コンサートを企画して来た。今回のセステートは19都市を回るという。バジェは「民音創立者の為に献呈する」という曲を演奏し、ステージ上からコメントを語った。セステートの演奏に熱い拍手と声援を送る聴衆には創価学会員も多かっただろう。彼らの根強さを感じる。ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーターほか名だたるジャズメンもまた学会員だったことを思い出す。そんなことは音楽にもタンゴにも関係ない、のだろうか。
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