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Concerts/Live ShowsNo. 337

#1407 エリム・チャン指揮 / ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 + イェフィム・ブロンフマン

Text and photos by Minako Ukita 浮田美奈子
Photos by Eduardus Lee

4月23日(木)-24日(金)
会場:コンセルトヘボウ(オランダ・アムステルダム)/Concertgebouw(Amsterdam, Netherlands)
Musicians:
ロイヤル・コンセルトへボウ・オーケストラ/Royal Concertgebouw Orchestra
エリム・チャン(指揮者)/Elim Chan (Conductor)
イェヒム・ブロンフマン(ピアノ)/Yefim Bronfman(Piano)
Program:
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」/Beethoven:Piano Concerto No.5 in E-flat major, op.73 ‘Emperor’
4月23日のみ(Only 23.04)
小出稚子:揺籠と糸引き雨(オランダ初演)/Noriko Koide:Swaddling Silk and Gossamer Rain (Dutch premiere)
エルガー:エニグマ変奏曲 作品36/Elgar:Enigma Variations, op. 36


4月に10日ほどオランダとイギリスはロンドンに行ってきた。その間いくつかのコンサートを見たので、今月号と来月号にそのレポートをお届けしたい。今月号は4/23(木)・24(金)オランダ・アムステルダムのコンセルトへボウで見た、ロイヤル・コンセルトヘボウ・オーケストラの公演をお届けする。23日は飛行機の到着が遅れて前半を見ることができなかったため、24日に再度前半のプログラムを見た。

23日、遅れて到着したので、暫くホワイエで係員から会場内の音が聞けるヘッドホンを借り、中の音を聴きながら入れるタイミングを待つ。最初のプログラムは名ピアニスト、イェフィム・ブロンフマンによるベートーヴェンのピアノ協奏曲『皇帝』だ。ヘッドホンをつけた瞬間、残響が日本の有名なコンサートホール、サントリーホールや東京オペラシティ、東京文化会館などの「聴き慣れた音」よりもかなり強い事がわかった。まあそれは予想通り。でも、その時に聴いた音の印象は、正直にいうとあまり良いものではなかった。残響が強すぎてピアノの音の輪郭がぼやけているのだ。これが世界でも指折りに素晴らしい音だと言われるコンセルトヘボウの音なのか?と少し困惑しながら待つ。

『皇帝』の演奏が終わったのでホール内に急いで入ると、入った瞬間にホールの圧倒的な美しさと、会場内に渦巻く拍手と観客の熱気に言葉を失い、息を呑む。ステージはかなり高い位置にあるが、そこにいる奏者たちや音との距離感が非常に近い。私は2023年にベルリン・フィルハーモニーでベルリン・フィルを見たが、コンセルトヘボウの空間はそれとは全く異なるものだった。ブロンフマンがアンコールのシューマンのアラベスクを演奏し始めるが、やはり「ピアノが響きすぎている」と感じた。自分の席まで行くことが出来ず、その時に私が聞いていたのはこの辺り(写真参照。①の辺り)。上にはバルコニーがあり列柱も近いので、そうなってしまうのだろう。しかし休憩を挟み、自分の予約していた席で後半のオーケストラのみの演奏を聴くと、印象は全く変わった。その時の私の席はこの辺りだ。(写真②の辺り)

一体この音の豊かさは何だろうか?と愕然とする。柔らかく、あたたかい、分厚くまろやかなのに明瞭な音が、とても自分に近い所にある。音に包まれ、音楽と強い一体感を感じるのだ。ステージ前方から単純に自分に向かって音が出ているという感じでは全くない。

このホールでは、正面のパイプオルガン右側にある、「BACH」と書かれた扉のカーテンが開き、そこからソリストや指揮者が、真っ赤なカーペットが敷き詰められた階段を降りてきて演奏が始まる。この演出が凄まじくカッコよくて鳥肌が立つ。とにかくゴージャスな内装のホールで特別な雰囲気がする場だ。しかし、特別な雰囲気による「錯覚」ではなく、ここの音は明確に違う。ここと比べると、ベルリン・フィルハーモニーの音はかなり「デッド」で「細い」と思ったし、それぞれ「奏者と観客」という役割から逃れられず、ここほど音楽には没入できない感じがする。

コンセルトヘボウのような音の鳴り方をするホールを、私は日本で経験したことがない。(勿論、私はそれほど地方で聞いたことがないので、知らないだけかもしれない。)冒頭に挙げたような日本の有名なクラシックホールも、音響シミュレーションをし、よく言われる「2秒の残響時間」を目安に設計されたのだと思う。調べると、コンセルトへボウの大ホールは座席数2037席で、残響は観客なしで2.8秒だそうだ。人が入って2.0秒くらいなのだろうか?この客席数は、ほぼサントリーホールやミューザ川崎の大ホールと変わらないし、この会場と同じ、シューボックス型のホールである東京オペラシティのタケミツ・メモリアルだと1600席以下だ。これは音響マニアでもなんでもない私の「直感」でしかないが、コンセルトへボウの音と比べると、これらの日本のホールは相当「デッド」な音響に思う。

日本のオーケストラの演奏に関して、向上してほしいと思う点はまだあるけれど、(個人的に最も気になるのが金管楽器の1音目のアタック音の強さと音程のふらつき)、でも、日本のオーケストラを、もしこのコンセルトへボウで聞けば、国内で聞くのとは全く違う印象になるのではないか。また、このホールのような豊かな音が聞ける場で、演奏者も聴衆も、音を聞いていない、演奏する経験をしていない、というのは、様々な面で問題が大きいと感じざるを得なかった。結果的に違いが出てくるのは当然であろう。日本国内の箱物はまたやたらと増えているのに、こういうクオリティのホールを作ることは出来ないのだろうか?自分の本業は建築士なので、かなり考えてしまった。

ただ、このコンセルトヘボウは演目と、どのあたりの席で聞くかで印象に差が生まれるようにも感じた。ひょっとするとここでピアノ協奏曲を聴く事は、必ずしも100%良い体験にはならないかもしれない。それはやはり、現代のピアノがあまりにも音が大きく響くようになったからだ。このホールほど残響音があると、ピアノの音は響きすぎて音の輪郭がぼやけてしまう。その上にオーケストラがこれだけの音で演奏すると、どうしても音が埋没してしまうのだと思う。もう少し残響がカットされ、音の芯が残らないと、ピアノは最大限に魅力を発揮できないかもしれない。当然のことながら、翌日24日に出直して聞いたブロンフマンの演奏自体は素晴らしく何も問題はなかったし、YouTubeで聞く他のコンセルトへボウでのピアノ協奏曲の音は、会場で聴いたよりもクリアになっている感じだ。

帰国してこのホールについて少し調べてみたが、いくつかの興味深いことがわかった。
・このホールは設計者は音響知識が全くなく、音響に配慮をした設計をしなかった。だから天井に近い扇状のアーチの部分は「窓」で、夜はシャッターが降りているが日中は自然光が入る。
・設計者の音響に無頓着な計画により、なんと建築当初は実は音が良くなかったそうだ!今も結構ステージが上方にあるのだが、建築当初はもっと高い位置にあったとのこと。だからあの指揮者が入り口から舞台に降りてくるのは、「演出」のためではなく、当初より舞台の床のレベルが下がった「結果」によるものらしい。
・外観からはそうは見えなかったのだが、意外なことにこのホールは木造である。壁は木造の上に漆喰を塗ってあるらしい。また、床は完全にフラットで、客席に段差はない。なので、舞台前方からの観客の「壁」による音の吸収・減衰が少ないのだと思われる。ここの音の豊かさ、特に中低音部の底から湧き上がるような音の豊かな響きは、木が「鳴っている」からのように感じた。あとは1888年に建設されて以降、その木がエイジングされていることもポイントかもしれない。
・残念ながら日本では、建築基準法上、木造のホールを作ることは難しい。でも、今の技術があれば、エイジングされた木造と同じ音を再現することも可能なのではないか。その辺をどうしても期待してしまう。

この日、勿論演奏にも大変感動した。指揮は、香港出身の女性指揮者エリム・チャン。嫌味のない、非常に明確でメリハリが効いた指揮をする人だ。小柄な体から指揮者としての強いオーラも感じたし、今後も活躍に期待したい。

オケ単独の最初の演目は、日本の女性作曲家、小出稚子(Noriko Koide)氏作曲の、『揺籠と糸引き雨』(英題:Swaddling Silk and Gossamer Rain)。
私は正直あまり現代音楽は聴く機会がないが、初めて聞いたこの曲は、様々な情景を想起させてくれ、大変に面白かった。この曲はBBC Radio 3の委嘱により作曲され、2022年10月29日、大阪のザ・シンフォニーホールで行われたBBC Proms Japan Prom Osaka にて、ダリア・スタセフスカ指揮、BBC交響楽団によって世界初演された。その後、今回指揮したエリム・チャンが、2023年7月にロンドンで開催されたBBC Proms で、同オーケストラを率いてこの作品を指揮した。これがその時の演奏のようである。

朝吹真理子の小説『Timeless』からインスピレーションを受けて書かれた曲だそうで、時間も自己も、何もかもの境界線が「曖昧」な状況を描いたという。(コンセルトへボウのプログラムからの曲紹介はこちら作曲者による解説はこちら。)
何が興味深かったかというと、静寂が中心の曲の中から緩やかに曖昧に、様々な音がふわっと湧き出てくるのだが、どの楽器が一体どのようにその音を出しているのか全然わからなかったのだ。小雨の音、笹の葉がかすかにサラサラと揺れるような音、京都の祇園祭の笛のような音や田んぼから聞こえる小さなカエルの鳴き声のような音・・・。最後は雨が静かに続いて終わり、瞑想的な静寂の中に、非常にイマジネーションを掻き立てられる音が溢れていた。でも、これらの音からあまりイメージが湧かなかった観客には、この10分間は退屈だったようで、私の少し前に座っていた欧米人?は「つまらない。こんなものを私は聞きにきたのではない。」と言いながら途中で退席してしまった。しかし私はその後のエルガーの非常にメリハリの聞いた音楽と対照的なこの曲は、全体のプロブラム構成としては良かったと思ったので、途中退席は残念であった。

最後はエルガーの『エニグマ変奏曲』。このエルガーの遅い出世作となった非常に有名な作品については、全体の解説はWikipediaを引用させていただく。
エルガーが身近な人々を思い浮かべながら書いた14の変奏の中で、最も有名なのが第9変奏の『Nimrod』(ニムロッド)だ。このアダージオの傑作は世界中に多くのファンがいて、しばしば単独でも演奏される。エルガーは正規の音楽教育を受けておらず、独学で40歳をすぎて書いたこの変奏曲によって脚光を浴びた「苦労人」である。そのエルガーを長い間叱咤激励し支えた親友が、ロンドンの音楽出版社に勤めていたアウグスト・イエーガー。この『Nimrod』はエルガーがイエーガーに捧げたもので、2人が夕方の散歩をしながらベートーヴェンについて語り合った様子が描かれているという。

“エルガー:イエーガーは「緩徐楽章に関して、全盛期のベートーヴェンに匹敵する者はいないだろう」と言った。私はその意見に心から賛成していた。この変奏の最初の小節が、ピアノソナタ第8番『悲愴』の緩徐楽章(第2楽章)を暗示するように作曲されていることに気づくだろう。”

『Nimrod』には名演も多いが、この日のロイヤル・コンセルトヘボウの演奏も素晴らしかった。この第9変奏『Nimrod』は、第8変奏 『W.N.』の最後にヴァイオリンの1音のみがピアニッシモで引き伸ばされ、そのまま始まるのだが、元々この曲が大好きな私は、その音が引き延ばされた段階で感動で涙が止まらなくなってしまった。(今でも思い出して泣けるくらいだ。)
この曲のテンポは指揮者によってかなり差があり、バーンスタインとBBC交響楽団との演奏などは相当に遅かったりする。でも、この日の演奏は遅くも速くもなく、この曲の雄大さや崇高さを表すのに最適だったと思う。個人的にこの曲の演奏は、やはり本国である英国の指揮者によるものに品格のある名演が多いと感じる。(サー・ウィリアム・ボールトとBBCなど。)そして、この日の第8変奏の最後の音の引き伸ばしは、結構長めだった。しかしその一瞬の「静止」が、次の『Nimrod』への期待を最高潮に高めてから入る効果を生んだ。人生で、これほどまでに素晴らしい音に包まれた経験は、あまり記憶にない。

しかしこの曲は、どうしてここまで聞く者の心を揺さぶるのだろうか?エルガーとイエーガーの友情の絆の美しさや、ベートーヴェンの緩徐楽章の崇高さをアンサンブルの中に感じるからだろうか?誰か研究してみてもらえないだろうか?(笑)

最後に話は変わるが、私はイギリスのロックシンガー、スティングの横で35年以上ギタリストを務めるドミニク・ミラー(現在ECM所属)のファンサイトを彼から許可を得て運営しており、少し彼の話に飛ぶ。(過去のドミニクへのインタビューはこちら。ライブレポートはこちら。)
実はドミニクはこのエルガーの『Nimrod』をアルバム『Shapes』(2004年:デッカ)で録音している。このアルバムは、スティング、クリス・ボッティ、彼の母国アルゼンチンの有名歌手のアレハンドロ・レルネル、さらにはプラシド・ドミンゴまで迎え、ドミニクが「クラシックの名曲を、当時の彼なりに曲の本質をよく理解をし、再解釈・再構築して表現したアルバム」だ。つまり、ロックやPOPSの領域で活動してきたミュージシャンが、クラシック曲の「演奏にチャレンジした」、というアルバムではない。(彼は演奏の基礎としてクラシックを学んだ人ではあるが。)
このアルバム制作の発端は、スティングからツアー途中にバッハの本を贈られたドミニクがその虜になり、次のアルバムを制作する段階で、たまたまプロデューサーに自分が弾いたバッハを聞かせたところ非常に気に入られ、逆に「ベートーヴェンの『月光』を演奏してみないか」と提案された事から始まったようだ。このアルバムは世界的にもヒットをし、特に彼が大好きなバッハのミサ曲や、アルビノーニのアダージョの演奏はギタリストの間でも人気が高い。
しかし、私自身は彼のこのアルバムの中で最も好きなのが、制作の発端になったベートーヴェンの『月光』と、今回コンセルトヘボウで聞いたエルガーの『Nimrod』なのだ。なぜなら、この曲の持つシンプルでありながら深い物語性がある崇高な曲のイメージが、ドミニクがこれまでの音楽活動の中で見せてきた音楽の本質を尊重する心、その本質とどこまでも素直に向き合う、誠実な姿勢のイメージと重なるからだ。また、今はフランス在住の彼だが、やはり「英国」のイメージは強い。

このアルバムにも収録されている、彼が作曲した、リュック・ベッソン監督の映画『レオン』のエンディングテーマになった『Shape of My Heart』(1994)は今や完全に「現代のクラシック曲」となった。彼自身の音楽性は、サティやショパンのような、個人的体験に基づく、どちらかというと「Intimate(親密な)」な性質のもので、ベートヴェンやエルガー的なものではない。実際、『Shape of My Heart』はショパンの曲中の6thコードをヒントに書かれた。彼の曲にあるのは本当にシンプルなメロディと明快な構成、そして込められた深い物語性だ。しかし、その「わかりやすさ」こそが、このエルガーの『Nimrod』と同様に、時代も人種も超えて深く人の記憶に残る【音楽の条件】だと、私は強く信じている。

実はこの数日後ロンドンで、ドミニクにとあるイベントで会った。彼は忙しそうであまり話せなかったが、今年の年末にECMから4枚目のリーダー作のリリースが決定している。これは2024年12月に南フランスのスタジオ、ラ・ビュイッソンヌでドラムのジヴ・ラヴィッツ、バンドネオン奏者、サンチャゴ・アリアスと共に録音したものだ。また、2027年にはツアーも計画されている。(いずれも詳細は未定。)私が行ったロンドンのイベントは、彼のECMから発表される「本流の音楽」とは全く別軸の活動のものだが、その音楽の世界的な展開も今後あるようだ。これは一方的に聴く音楽ではなく「体験するもの」で、パリやロンドン、L.AやN.Y.の後、日本での体験も計画されているという。まだ少し先になりそうだが、楽しみに待ちたい。

浮田 美奈子

クラシック音楽教師の家庭に育った一級建築士。自身も2歳半からピアノとフルートを学ぶ。同時に13歳で洋楽ロックやJAZZにも傾倒し、バンド活動を行う。JAZZとECMとの出会いはキース・ジャレットの「ケルン・コンサート」。 どんな音楽ジャンルも問わずに聴くが、基本的に実際に会場で聞かなければ真価は解らないと思っている。現在ドミニク・ミラー本人の承認の元、Dominic Miller_Fan Page JAPANを運営。https://dominicmillerjapanfan.com

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