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Concerts/Live ShowsNo. 338

#1414 大阪松竹座 さよなら公演「御名残五月大歌舞伎」夜の部

text: Miyoko Akiyama 秋山美代子

大阪松竹座 さよなら公演「御名残五月大歌舞伎」夜の部
〜魂の「盛綱陣屋」、上方歌舞伎の身体能力、そして未来への祈り〜

2026年5月15日(金)
大阪松竹座

一、近江源氏先陣館(おうみげんじせんじんやかた)盛綱陣屋
二、心中月夜星野屋(しんじゅうつきよのほしのや)
三、當繋藝招西姿繪(つなぐわざおぎにしのすがたえ)
配役の詳細については大阪松竹座の公式サイトを参照;
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/osaka/play/961/


先週金曜日、およそ30年にわたり数々の名舞台を生み出してきた大阪松竹座の掉尾を飾る「御名残五月大歌舞伎」の夜の部を観劇しました。劇場との別れを惜しむ熱気に包まれる中、そこで目撃したのは、伝統の重みと役者たちの超人的な肉体が織りなす、奇跡のような時間でした。

<第一部:神の領域の仁左衛門、そしてDNAが宿る若き命の輝き>

幕を開けたのは、大阪松竹座の新築開場時にも上演された時代物の大作『盛綱陣屋(もりつなじんや)』。北条時政と戦う真田(芝居上では佐々木)の陣営を舞台に、敵味方に分かれた兄弟の悲劇を描いた重厚な人間ドラマです。
主君への忠義と肉親の情愛の間で苦悩する佐々木盛綱を演じたのは、御年82歳の人間国宝、片岡仁左衛門。その圧倒的な存在感はもはや「役を演じている」という次元を超え、神の領域に入ったかのような超越感を放っていました。もう平伏するほかない神々しさです。
長時間の緊迫した中腰や正座、そして長袴を鮮やかに裁きながらの階段の昇り降り。観客に一切の不安を感じさせないその一挙手一投足の陰には、黒衣(くろご)がぴったりと寄り添い、一瞬の隙もないサポートを続けていました。その張り詰めた空気感に、これぞ歌舞伎の真髄だと胸が熱くなるほどでした。
物語は、大人の都合に巻き込まれる幼い命の残酷な展開へと向かいます。盛綱の甥であり、敵方に捕らえられた10歳ほどの小四郎(中村種太郎)が、伯父である盛綱に「父(高綱)の首」を確認させる場面。実際には偽首なのだが、小四郎はとっさの機転でそれを本物と言い張り、兄の覚悟を悟った盛綱もまた、涙を飲んで「本物」と偽る。そして、このあまりにも幼い子供が、自ら切腹して果てて行くのです。
現代の感覚からすれば「何てこった!」と絶句するほどの淒惨で残酷な展開に、観客は涙し、客席からはすすり泣きが漏れていました。
しかし、その重苦しい悲劇を極上の芸術へと昇華させていたのが、小四郎を演じた種太郎の凄まじさでした。切腹ののち、すぐには息絶えずもうろうとしながらも、長いセリフを述べるその姿は、最早「子役」ではなく、完全に一本立ちした「立派な歌舞伎役者」そのもの。彼の中に流れる歌舞伎のDNAの凄み、役者としての覚悟に、ただただ圧倒されるばかりの幕切れとなったのでした。
この重厚な一幕の中で、意外な驚きを与えてくれたのが片岡愛之助です。今回は敵役である赤面(あかつら)の北条時政を演じましたが、これが驚くほどハマっていました。大怪我から完全復帰し、これまでの甘い二枚目のイメージを脱ぎ捨て、深みと厚みのある実力派へと成長した姿に、深い感銘を受けた次第です。
さらに、伊吹藤太役の中村歌昇、信楽太郎役の中村勘九郎によるスピーディーでダイナミックな裸足の舞には、私は身体作りのプロ(ヨガ・マスター)として、驚嘆を禁じ得ませんでした。勇壮に激しく舞う二人の足の5本の指は、スックと見事なまで真っ直ぐに伸び、大地を捉えていました。これこそ完璧に足裏全体がムラなくバランスよく使えている証拠であり、だからこそ軸のぶれない強靭な体幹を維持できるのです。どんな一流のアスリートをも、ダンサーをも凌駕するほどの身体能力を持たねば、歌舞伎役者は務まらないという事実を、まざまざと思い知らされました。

<第二部:爆笑の化かし合いと、超人的なジャンプ力>

ガラリと雰囲気が変わり、第二部は古典落語をベースにした新作歌舞伎『心中月夜星野屋(しんじゅうつきよのほしのや)』。おめかけさんのお花(中村七之助)と、男気取りの商人・和泉屋宗助(中村扇雀)が、互いの嘘と本音を隠して騙し合う、コミカルでスピーディーなラブロマンスです。
ここに絡む、中村鴈治郎演じる「おばば」の怪演が見もので、客席は終始爆笑の連続。第一部のおどろおどろしさが嘘のような、上方歌舞伎ならではのテンポの良いセリフ回しに酔いしれました。ここでも驚かされたのが、七之助の身体能力です。まるでアクロバットのような柔軟な体から放たれるジャンプ力には、思わず仰天してしまいました。
また、母娘役を演じた鴈治郎と七之助の「顔の大きさ2倍差」という視覚的インパクトも絶妙で、随所に散りばめられた笑いのセンスに、歌舞伎の懐の深さを実感しました。

<第三部:上方歌舞伎のプライドと、新生松竹座への願い>

第三部、仁左衛門監修の『當繁藝招西姿繪(あたるとしもげいの賑わい)』は、上方歌舞伎の幹部役者たちが次々と至芸を披露する、贅沢なオムニバスのひとときです。
中でも出色だったのは、中村壱太郎による『櫓のお七』の人形振り(文楽の人形のような動きをする演出)です。そこから匂い立つような艶やかな色気は、まさに絶品。ほんの一部ではなく、物語の全編を通して観ていたいと強く願うほど、美しく心に残り続ける名演で、尾上右近と共演した3月の「曽根崎心中」からさらに芸に磨きがかかり、頼もしい事この上なしの壱太郎でした。
グランドフィナーレでは、鴈治郎が音頭を取り、上方歌舞伎の存続と支援を観客に向けて力強く訴えかけました。その誇り高き姿と放たれる存在感は、まさに道頓堀の灯を守り続けてきた者たちのプライドであり、「松竹座さよなら公演」の掉尾を飾るにふさわしい、感動的な幕引きとなりました。
終演後、深い感動とともに、ひとつの懸念が胸をよぎりました。松竹側は、今年中にこの建物を解体し、同じ場所に新たな娯楽の殿堂を建設したいとコメントしていますが、まだ正式決定ではないようです。上方歌舞伎の存続のためにも、そしてこの地域の文化振興のシンボルとしても、劇場の存続は不可欠です。
もし新しく生まれ変わるのであれば、一人の観客として、そして身体作りの専門家として、切望することがあります。
それは、誰もが安心して通える「完全なバリアフリー構造」の実現、そして、何よりもあの幕間の大混雑を解消するための「トイレの個室300%増」です。(苦笑)
私たちの記憶に永遠に残り続ける現在の大阪松竹座。その魂が、より優しく、より素晴らしい「新生・松竹座」へと受け継がれることを、心から願ってやみません。

編集部注:
2026年5月19日の筆者のFacebookへの投稿を、筆者の同意を得てそのまま転載しました。ライヴ感を生かすために筆者が音声入力したものです。


秋山美代子(Miyoko Akiyama)
グリオ・インターナショナル神戸 代表 / Maya Yoga-Zen 主宰
「WOMAD Japan」ディレクター、「BBC-Music & Arts」アジア・コンサルタントを歴任。現在はその国際的な音楽・アートの知見を活かし、音楽・アート・美食を掛け合わせたイベントの企画制作を行う。また、ヨガ・マスターとして「Maya Yoga-Zen」も主宰し、感性と心身を調和させる活動を多角的に展開中。

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