#56 メールス・フェスティヴァル 2026
〜混沌とした時代の中で
text & photo by Kazue Yokoi 横井一江
55回目となったメールス・フェスティヴァルは、会場をイベントホールから市街地に近い場所、神聖ローマ帝国時代の伯領だった中世に建てられたメールス城の近くにある広場に移し、これまでよりも1日多い5日間に亘って開催された。現在は博物館になっている城の中庭がサブ会場、 そこは1972年にブーカルト・ヘネンがペーター・ブロッツマンやペーター・コヴァルトらの協力を得てこのフェスティヴァルを立ち上げた時から1975年まで会場として使われた場所だ。山下洋輔トリオが最初にメールスに呼ばれた際に演奏したのもそこである。他にも教会、旧郡庁舎などで公演があり、約100のコンサートに加え、セッションや子供向けのワークショップなども併せて行われた。多様性を打ち出そうという意図や観客は好きなものを見ればよいということは理解するが、さすがに盛り沢山すぎてフェスティヴァルの全体像が掴みにくいのが難である。

会場近くには露店が並んでいたが、公園で開催されていた頃よりは少なめである。尤もすぐ近くにレストランなどがあり、好天のためかフェスティヴァルとは無関係にそこに来た住民も多く、賑わっていた。例年どおり、日本の軽トラックのような小型車の荷台にアップライトピアノをのせ、その上でミュージシャンが演奏しながら移動するピアノモバイルが街中を移動。加えて、メイン会場の脇に置かれた高所作業車の作業台で演奏するということも。これはスポンサーあっての企画のようだ。会場に到着後、上を見たらリフトの上でホンダモトコ (p) とバート・マリス (tp) が演奏していた。高所恐怖症の私にとっては演奏しているだけでスゴイとしか思えない。地上に置かれたスピーカーから出る音を聞きながら、地面から離れたところで演奏している二人を見上げるというなんとも不思議な体験だった。
今年のテーマは「お伽話のように」。ここではドナルド・トランプが風刺の対象として扱われ、スピーカーから流れる音声の素材に使われたり、クレーンで吊り下げたスマホの形をした大きなスクリーンに映し出されたそっくりさんが揶揄されたりといった演出もなされていた。最終日には音楽監督ティム・イスフォートが物語の登場者?として狼の仮面をつけ、毛皮を羽織った姿でステージに現れ、歩き回りながら観客に語りかける。彼が共有しようとしたのは現在の世界情勢、民主主義に対する危機感であることは言うまでもない。もはや政治に無関心でいられる時代ではないことは確かだ。そして、このフェスティヴァルを続けること自体が「メッセージ」なのである。
残念ながら到着便の関係で観ることは出来なかったが、フェスティヴァルはヴィンス・メンドゥーサ率いるWDRビッグバンドがンドゥドゥゾ・マッカティーニをゲストに迎えたコンサートで幕を開けた。今回はアメリカにスポットライトを当てるプログラムで、クリス・コルサーノ、チェス・スミス、ネイト・ウーリー、トミーカ・リード、エリザ・サレム、ニコール・ミッチェル「ブラック・アース・スウェイ」、ラケシア・ベンジャミン、スカイラー・タン、現代音楽では2ピアノと2パーカッションのユニット「ヤーン/ワイヤー YARN/WIRE」、タラ・コゼイン Tara Khozeinが出演。ジャズ、即興演奏、現代音楽まで幅広い人選だった。
メイン会場の演奏でまず観たのは、ネイト・ウーリーによる「アフター・ナン・シェパード」というプログラム。ナン・シェパードがスコットランド北東部のケアンゴーム山群に通い1944年〜45年ごろに執筆し、1977年に出版された『いきている山』(邦訳:みすず書房、2022年)に触発された企画。シェパードの言葉を音楽的な表現に変換する。YARN/WIRE (ローラ・バーガー Laura Barger (p)、ユリア・デン・ブール Julia Den Boer (p)、ラッセル・グリーンバーグ Russell Greenberg (perc)、ダスティン・ドナヒュー Dustin Donahue (perc))、ウーリーの演奏にコゼインの朗読も入り、山で出会う情景、そこでの空気感が漂うようなステージだった。ヤーン/ワイヤーは別会場でのプログラムで新作も演奏していた。
サブ会場(城の中庭)の演奏で行われたクリス・コルサーノによるエレクトロニクスも用いた独創的な展開によるドラム・ソロは白眉の出来だった。急遽決まったネイト・ウーリー (tp) の誕生日に行われたコルサーノ(ds)、チェス・スミス(ds)によるイベント・ホールでのシークレット・ライヴにも足を運ぶ。3者のサウンドが融合することで生み出された音色、空間に谺するサウンド・インプロヴィゼーションを堪能出来たのは幸運だった。
スカイラー・タン・カルテットの演奏は多くの人を驚かせた。タンはジョシュア・レッドマンに見出され、彼の作品『Words Fall Short』(Blue Note, 2024年録音)に参加したことで知られるようになった。サンフランシスコ出身の19歳、若いが申し分のない技術力の持ち主によるトランペッターで、自身のバンドによる初の国外公演である。オリジナル曲で構成したステージ、最後はマイルス・デイヴィスへのオマージュで締め括った。勢いのある演奏といい、今後の活動が期待される。
メールスにはインプロヴァイザー・イン・レジデンスという制度がある。最初に選ばれたのがアンゲリカ・ニーシャー Angelika Niescier (as)、それだけにメールス・フェスティヴァルでは馴染みの顔に違いない。今回は2022年にインプロヴァイザー・イン・レジデンスとして滞在したトミーカ・リード Tomeka Reid (cello)、そしてエリザ・サレム Eliza Salem (ds) という顔合わせでの演奏。このトリオは既に『Beyond Dragons』(Intakt, 2023) をリリースしている。構成されたパートと開かれた空間で3者が奏でるサウンドが有機的に変化し、作品に広がりを持たせている。メールスらしいプログラムで、その好演に城の中庭に立ち見も含めて集まった多くの観客から大きな拍手を受けていた。ちなみに今年のインプロヴァイザー・イン・レジデンスはベルリン在住のギリシャ人ヴァイブラフォン奏者エディ・フィリッポウ Evi Filippou で自身のアンサンブル他で出演していた。

AACM会長も務めたフルート奏者ニコール・ミッチェルは女性によるアフロ・フォーク・フューチャリズムを標榜するグループ「ブラック・アース・スウェイ」で出演。ディドリー・ボウを弾くココ・エリス、カホンを叩くジョヴィア・アームストロング、ピアノはザヒリ・ゴンザレス・ザモアというメンバーでエレクトロニクスも用いた演奏。ヴォーカル曲も含め、アフロ・アメリカンの多様な音楽を構成したステージ。そのサウンド展開にシカゴAACMの伝統を感じた。
最終日には、グラミー賞にもノミネートされたラケシア・ベンジャミン Lakecia Benjamin(カタカナ表記はレイクシア、ラキーシャなど様々)がカルテットで登場。メールス・フェスティヴァルの記録を調べると彼女はCDデビュー間もない2012年に一度出演していた。ジャズの伝統を引き継ぐエネルギッシュなプレイとトークで会場を巧みに盛り上げる。ジョン・コルトレーンはもちろんサックスのレジェンドへのリスペクトも忘れない。その中でマーシャル・アレンが健在であることも言及していた。偶然かもしれないが、彼女のステージがあった5月25日がアレンの102歳の誕生日だったことを後で知るのである。
2026年に生誕100年を迎える(マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンではなく)モートン・フェルドマンとクルターグ・ジェルジュの特集も組まれていた。フェルドマン特集は合唱曲「ロスコ・チャペル」の演奏他、幾つかのコンサートが行われた。クルターグ特集を行うためにイスフォートはハンガリーを訪れている。彼はブタペスト・ミュージック・センターで本人にインタビューを行い、それを会場で流していた。観ることが出来たのは、カフカが書いた日記や手紙などのテキストから40の短い文章を選び、ヴァイオリンとソプラノのデュオのために作曲した「カフカ断章」。タラ・コゼイン Tara Khozein (vo)、レベッカ・シャマス Rebecca Chammas (vo)、ロンヤ・ゾフィー・プッツ Ronja Sophie Putz (vln) は、ジェスチャーも含め短いテキストとサウンドの絡み合いを表情豊かに演奏。フィルム上映も行っていた。クルターグ作品を演奏するコンサート以外に、パール・フィリップスとの共演作『Face à Face』(ECM) や『Togetherness』(BMC /東京エムプラス)もあり、即興演奏も行うクルターグ Jr. が参加するMoment’s Notice Trio [László Gőz (bass tp, wind instr), Miklós Lukács (cimbalom), György Kurtág Jr. (keys, elec) ]feat. Kornél Fekete-Kovácsのステージもあった。
フェスティヴァルが音楽家に作品を委嘱するようになったのは数年前からだろう。昨年は2024年にgoatやYPYで出演して好評だった日野浩志郎。メールスで演奏した作品をクリエイティブセンター大阪での公演のためにそこの音響を考慮して書き直した改訂版《Chronograffiti》初演が今年の佐治敬三賞を受賞したのは驚きだった。今年の委嘱作品はライプツィヒのイデアル・オーケストラを率いる作曲者/指揮者のゲレルト・ザボー Gellért Szabó。タイトルは”Der Monderne Mensch und der Helige Berg”、「現代人と聖なる山」とでも訳すればいいのだろうか。3日間に亘って演奏されたが、最初の2日間はリフトの上で指揮、弦楽カルテットもリフトの上、リズムセクション、ブラスセクションとコーラスは地上にいた。このような奇想天外な演出を思いつくとは。そして、作品が持つ政治的な内容は3日目のステージで明らかになった。その日、演奏者は本会場のステージ上にいた。メンバーが No Kings の帽子を被りだすと指揮者(=独裁者)のテンションが上がり、(怒った?)指揮者は舞台から去り(逃げ出した?)、寓話を完結させた。
心に残ったのはゴードン・グルディナによるガリア・ベナリをフィーチャーした「RU’YA」。グルディナを紹介するにあたり、イスフォートは2024年のJAZZ ARTせんがわで観たことをMCで述べていた。バンクーバーを拠点に既成のジャンルに捉われず世界的に活動するグルディナは、これまでゲイリー・ピーコック、ポール・モチアン、ブノワ・デルベックを始め多くのミュージシャンと演奏、2度来日した彼は巻上公一、八木美知依、本田珠也などとも共演している。「RU’YA」のメンバーはグルディナ(g, oud, カナダ)、ガリア・ベナリ Ghalia Benali(vo, チュニジア)Eylem Basaldi (vln, トルコ)エリアス・セメスダー Elias Stemeseder (p, synth, オーストリア)、ハミン・ホラリ Hamin Honari (perc, イラン)クリスチャン・リリンガー Christian Lillinger (ds, ドイツ)。国籍もバックグランドも異なるメンバーからなる。ちなみにグループ名の「RU’YA」とは アラビア語で「ビジョン」を意味するらしい。2025年にベルリンのピエール・ブーレーズ・ザールでのコンサートがこのプロジェクトの初演だった。 マカーム、ペルシア古典音楽の旋法、即興演奏などが融合することで織りなすサウンドだけではなく、べナリがそこに居ることで言葉や詩が大きな要素となって作用している。ステージではパレスチナの詩人の詩が朗誦された。会場にいるほとんどの人はアラビア語を解さない。だが、言葉の抑揚、響きから伝わってくるものがある。政治的なメッセージをスローガンとして直接伝えようとする人々は多い。だが、音楽家やアーティストにはその作品、表現を通してそれを伝える手段がある。詩人の言葉が伝える現実は深く、サウンドが介在することによって、より人々の心に響く。現在のパレスチナの惨状を憂い、それに抗する姿勢が伝わってくる。音楽的にも稀に見るステージで、聴衆はスタンディング・オベイションで讃え、このフェスティヴァルでは珍しくアンコールに応えたステージだった。
他にも様々な演奏が行われていた。” The Dwarfs of East Agouza” 「東アグーザの小人」と題したステージでは、カイロのアグーザ地区で出会った3人、モーリス・ルーカ (electronics)、サム・シャラビ (g)、アラン・ビショップ (g, sax) によるコラボレーション。エジプトのリズム、フリージャズ的な要素、それを包み込むエレクトロニクスが印象的な音世界を生み出していた。何度か来日しているインドネシアのセンヤワ(ルリー・シャバラ(vo)、ヴキール・スヤディー(builded instrument))が出演していたことも忘れてはいけない。他に、毎年行われている企画「?AFRICA」ではガーナ、トーゴ、ベナンのミュージシャンを招聘、またハダースフィールド現代音楽祭との相互交流プログラムも行われていた。また、 “Märchenhafte Klangschaften”「お伽話の音」というタイトルのステージでは、地元の子供たちや学生を加えた大編成での舞台。この時ばかりはスマホを手に我が子を写そうとする親がステージ周りに集まっていた。そして、芝生に設営されたステージではヤン・クラーレのキュレーションによるセッションが繰り広げられ、レーレ (Die Röhre) でもセッションが早い時間から行われていた。出演者がセッションを通して交流する場があるのがメールス・フェスティヴァルらしさでもある。
5日間のフェスティヴァル期間中、ここでは良い形で多彩な音楽・芸術表現が共存し、交流していた。晴天が続いたことは幸運だったとしか言いようがない。連日30℃ぐらいまで気温が上がったので日陰を探す羽目になったが、会場が屋外だったことから雨が降らなくて本当によかった。連休中とはいえ、市街地でしかもオープンエアで開催可能なのは、メールス市民の寛容さゆえなのだろう。メールスのあるニーダーライン地方の人々のたとえ意味不明であっても前衛的な表現を許容する懐深さを感じながら帰路についたのだった。
クルターグ・ジュニア, Dustin Donahue, スカイラー・タン, アンジェリカ・ニーシャー, エリザ・サレム, Eliza Salem, エディ・フィリッポウ, Evi Filippou, ブラック・アース・スウェイ, モートン・フェルドマン, クルターグ・ジェルジュ, Russell Greenberg, クルターグJr, Gellért Szabó, RU’YA, ガリア・ベナリ, Ghalia Benali, リスチャン・リリンガー, エリアス・セメスダー, レイクシア・ベンジャミン, ラキーシャ・ベンジャミン, ジョルジュ・グルタークJr., Moers Festival, Christian Lillinger, クリス・コルサーノ, Angelika Niescier, メールス・フェスティヴァル, ニコール・ミッチェル, Anya Tchaikovsky, アンゲリカ・ニーシャー, ゴードン・グルディナ, トミーカ・リード, Tomeka Reid, Moers Festival 2026, Lakecia Benjamin, YARN/WIRE, Laura Barger, Julia Den Boer