#1418 ルジマトフJapan Final
text: Miyoko Akiyama 秋山美代子
ルジマトフJAPAN FINAL 鑑賞記
2026年6月13日 (金) 大阪・梅田芸術劇場
ルジマトフ御大、63歳のお誕生日おめでとうございます。 ファルーフ・ルジマトフ(1963年6月26日生まれ) 公演当時62歳という年齢を感じさせない彫刻の 様な肉体美と、神がかったステージは、まさに「唯一無二」の衝撃であり、映像では絶対に伝わら ない、異質な存在感の核心に触れる経験となりました。
前日に京都南座で坂東玉三郎の「究極の静と動の美」を鑑賞したばかりの私にとって、翌日に大 阪で彼を観られたことは、東洋的な身体操作の核心を見抜くこれ以上ない素晴らしい流れとなり ました。彼が他のダンサーと決定的に違う凄さの秘密は、以下の5つの視点に集約されます。
まず、① 肉体そのものが「表現装置」となっている稀有な資質にあります。筋肉の動きがそのまま 感情の振幅に見え、ただ静止しているだけで舞台の空気を一変させる説得力は、訓練を超えた 天性のものです。
次に、② “美しい” よりも “危険” を感じさせる「自然と共存する野生」の表現力です。多くの男性ダン サーが目指す均整美ではなく、生々しさや野生を前面に出すため、彼の踊りは綺麗事ではなく観 客の本能へと直接刺さります。
さらに深みを与えるのが、③ ウズベキスタン出身という血筋がもたらす「東洋的」な質感です。シ ルクロードの要所で育まれたオリエンタルなDNA により、その手首や指先の使い方は西洋の身 体表現とは一線を画します。天に向かう西洋バレエとは対照的に、太極拳や能・歌舞伎のように 「大地に深く根を下ろす」アプローチだからこそ、緩やかな動きの中でも体幹軸が1ミリもブレませ ん。玉三郎の立ち姿と同じく、インナーマッスルを極限まで制御した「静のミニマリズム」が、強烈 な緊張感を生み出しています。
そして最大の魔力は、④ 音楽の “内側” から動いているような深い同化です。音の立ち上がりと同 時に身体が震え、無音の瞬間にすら音楽が聞こえる間の取り方に、観客は「音楽そのものが 踊っている」と錯覚します。
この特徴が炸裂したのが、⑤ ニコライ・アンドロソフ振り付けによる、彼のために設計された 螺旋 の「ボレロ」でした。「ボレロ」の代名詞とも言える、縦方向の執拗な反復でトランス状態に導く、直線的・規律的動きのモーリス・ベジャール版に対し、本作は空間を這うような「うねり」と「螺旋」の 動きで構成されています。クレッシェンドと共に音を吸い込み増幅させていく姿は、まるで龍神や シャーマンの憑依そのものです。振付をなぞるのではない、目線や指先の緊張といった「踊っていない一瞬」の密度の高さは、ベジャール版「ボレロ」の形態模写は楽勝のヨガ・マスターである 私ですら、それをを拒まれる、精神と経験の結晶でした。
ロシア・ワガノワの正統派テクニックを完璧に身につけながら、自らの内にある東洋の血と、重ね た年齢のすべてを芸術に昇華させたルジマトフ。彼は「踊る人」ではなく、間違いなく「舞台上で生 きる唯一無二の存在」そのものでした。
客席は100歳超の年季の入ったルジマトフ追っかけファンから、3世代にわたる熱心なバレエファ ンで埋め尽くされていました。観客の熱いスタンディング・オベーションに応えた5回ものカーテン コールでは、なんと高度なアラセゴンターンまで披露してくれました。まだまだ踊り足りなそうな高揚感が客席にも伝わってきましたが、この後に控える3回の東京公演を考慮して、名残惜しくも幕 となりました。
多くのプリンシパル・ダンサーが30代半ばでセカンド・キャリアを模索する中、62歳まで日本で完売 公演の「主役」として踊り続けてくれたルジマトフの、生のステージを観られたのはまさに奇跡で す!歌舞伎の最高峰である玉三郎の余韻とともに、この奇跡のような「日本での最後の姿」を目 撃できた歓びと興奮は、一生の財産として胸に刻まれ続けることになりました。
バレエダンサー・ルジマトフ 身体の秘密
前述のように、60歳を過ぎても主役として踊り続けるファルーフ・ルジマトフは、まさに医学の常識 を超えた稀有な存在です。その背景には、持って生まれた驚異的な肉体的資質だけでなく、正し い解剖学に基づいた入念なウォーミングアップとクールダウン、そして日々のメンテナンスがあっ たことは想像に難くありません。大きな怪我を寄せ付けない細マッチョな見事な肉体は、この徹底 した自己管理の賜物と言えるでしょう。
かつては『海賊』のアリに代表される超人的なジャンプで世界を沸かせた彼ですが、今回の公演 ではそうした大技・荒技を若手に任せていました。代わりに魅せてくれたのは、内なる情熱がほと ばしる、能や歌舞伎の「静中動あり」にも通じるアジア的な表現へのシフトです。これは衰えを隠 すためではなく、自分の身体の「加減 (引き出し)」を知り尽くし、その年齢と時代に最もふさわしい 表現を追求した結果です。
今や彼は、派手なテクニックを披露せずとも、ただそこに立っているだけで他を寄せ付けぬ圧倒 的な存在感を放っています。その姿は人間国宝、歌舞伎の片岡仁左衛門と坂東玉三郎に通じる ものがあり、年齢と共に芸術を深化させる稀有な表現者たちは、みな「自身の加減を熟知してい る」のだと痛感させられました。彼らは特別中の特別な存在でですが、恐れ多くも、私が人生のお手本にしたいと願う究極の理想像です。
(2026年7月8日 加筆・記 :秋山美代子)
編集部注:
本稿は秋山美代子さんの2026年6月26日付Facebook掲載の鑑賞記に加筆されたものです。
秋山美代子(Miyoko Akiyama)
グリオ・インターナショナル神戸 代表 / Maya Yoga-Zen 主宰
「WOMAD Japan」ディレクター、「BBC-Music & Arts」アジア・コンサルタントを歴任。現在はその国際的な音楽・アートの知見を活かし、音楽・アート・美食を掛け合わせたイベントの企画制作を行う。また、ヨガ・マスターとして「Maya Yoga-Zen」も主宰し、感性と心身を調和させる活動を多角的に展開中。
