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Concerts/Live ShowsNo. 340

#1423 ニューポート・ジャズフェス2026:アンジーヌ・ド・ポワトリーヌ、ロバート・グラスパー

text & photos: Hiro Honshuku ヒロ・ホンシュク

Newport Jazz Festival1日目:2026年7月31日(金)

Angine de Poitrine(アンジーヌ・ド・ポワトリーヌ)

先月ご紹介したAngine de Poitrine(アンジーヌ・ド・ポワトリーヌ)のライブがどうしても観たくて、彼らの米国デビューとなるNewport Jazz Festival(ニューポート・ジャズ・フェスティバル)に出向くことにした。実は、数か月前に出演を知った時にはすでにチケットは売り切れで、ダメもとでキャンセル待ちのリストに応募した。すっかり諦めていたところ、当日の2日前の水曜21時にメールが入り、キャンセル・チケットが出たから欲しいなら22時までに(1時間以内に)購入手続きをしろ。しなければ他に売る、という。急なことで随分と迷った。母親譲りの重度の片頭痛持ちなので、頭痛確実の炎天下の野外コンサートに観客として出向くことに決断を迫られた。何せ日陰に守られる出演側と違い、長時間炎天下の観客側としてはこれが初めてだったからだ。それでも、これを逃したら2度とアンジーヌ・ド・ポワトリーヌを観るチャンスが巡ってこないかもしれない。それに今年はボストンに来てくれないRobert Glasper(ロバート・グラスパー)もここに出演する。毎年1度は聴かないと中毒症状を起こすグラスパーは、やはり観なくては、と自分に言い聞かせて決断した。

アウトドアが苦手な片頭痛持ちの筆者はアマゾン・プライムを活用して新しい帽子と軽い折りたたみ椅子を購入し、目の脇まで覆うサングラスと添加物の少ない日焼け止めを用意し、日傘代わりに傘も用意した。渋滞を避け対岸のジェームスタウンに予約してあった駐車場に停め、フェリーで会場に向かった。開場30分前の9時30分に到着し、場所もPAデスクの横を確保。ステージの前は立ち見地帯で、演奏が始まると座っている者からはステージが完璧に見えなくなるので、アンジーヌ・ド・ポワトリーヌが始まる前はのんびり寛ぐつもりだったのが大間違い。温暖化で狂い猛った太陽がジリジリ焼き付け、火傷する直前の皮膚を感じて傘を足の上に乗せた。演奏が始まると傘は畳まなくてはならない規則で、係員に注意されるからだ。頭痛の嵐は30分でやってきた。医者から出る胃にキツい片頭痛の薬を2回、エキセドリンを1回服用しても全く効果なく、副作用で食欲ゼロ。せっかくの弁当に手が付かない。

アンジーヌ・ド・ポワトリーヌの前のグループ、Chicago Underground Duoの終演予定時刻である13時15分より前からアンジーヌ・ド・ポワトリーヌ目当ての水玉模様の客がすでにステージ前の立ち見地帯に集まり始めた。これはいかん、と思い、筆者も痛む頭を持ち上げて最前列から3列目の下手側に陣取った。Khn(クン)のダブルネックさばきと足エフェクター操作を生で観たかったからだ。ステージの入れ替え時間は25分間。実は舞台要員の手際の悪さに驚いた。少年少女たちはテキパキ働くが、指図する者が段取りを全く把握していないようだった。ようやっとステージの入れ替えが終わったところでクンとKlek(クレック)が強盗マスクで顔を隠してサウンドチェックに出てきた。このくそ暑いのに、身体に悪いだろうと心配になってしまう。もちろん冬用のスキーマスクには見えないが、プロレスラーのマスクのような暑くても使えるようなシロモノには見えない。

クンもクレックもサウンドチェックを手際よく済ませ、パピエ・マシェ・マスク装着のためにいったん下がってあっという間に登場。ようやっと開演時間である13時40分に間に合うのかと思いきや、クレックの配線トラブルだ。どうやら額に隠してあるマイクが死んでいるらしい。クンは時間つなぎでフィードバック音を発し、例の絶妙なバランスのポーズを見せたりして飽きさせないが、内心ヒヤヒヤであったと思う。結局マイクは繋がったものの、クレックのパピエ・マシェ・マスクに仕込んである左目のLEDの配線が切れており、右目だけが点灯していたのがなんとなく滑稽だった。

ちなみに、この待っている間に隣に立っていた黒人少年と仲良くなった。彼はこれを観るためにわざわざオレゴンからやってきたのだという。他のファンたちが『マイクロトーナル・ギター』と呼んでいるなか、彼は24分割ネックであることを正確に理解していたので、思わず本誌No. 339、楽曲解説#128でご紹介したクンのネックの図を見せた。「日本語だから読めなくてごめんな」と言ったら、「日本語わかります」と日本語で返ってきて、思いっきりのけぞった。彼は言語が趣味で、中国語も話せると言っていた。彼はどう見ても高校生だ。才能とは恐ろしい。

5分遅れて演奏が始まった。今までにこんな経験があっただろうかと思うほど興奮した。他に説明のしようがない。ともかく「興奮」なのだ。下手側に陣取ったのは誤算だった。演奏が始まると、ビデオ撮影係の大きなお姉さんがこちらの視界を遮るように立ちはだかったのだ。それでも彼女が位置をずらすたびにちょっとは見える。ところがもうひとつ大事件が起こった。実は自分の視界を確保するために自分より背の低い人の後ろに陣取ったのだが、彼は見えないことに業を煮やして移動し、自分が前進する間もなく左にいた自分より背の高いにいちゃんにすっと入られてしまったのだ。こっちは重度の片頭痛に耐えていたので動きが鈍い。なんか最悪だ、と一瞬思ったが、彼らの音楽に興奮させられてどうでもよくなってしまった。その演奏の素晴らしさといったらなかった。本当にすごい、の一言だった。セットリストは以下の通り。

  1. Yor Zarad
  2. Tamebsz
  3. Mata Zyklek
  4. Sarniezz
  5. Fabienk
  6. Sherpa

驚いたのは、どの曲もおなじみなのにちょっとずつ進展していたことだ。ルーパー使用なのでアレンジが変わっているわけではない。もちろんライブで盛り上がって延長したセクションはいくつかあったが、素晴らしかったのはフレージングの変化だった。例えばピッキングを以前とは変えて全く新鮮なフレーズに聴こえさせたりしていた。彼らの技量は本当に半端ない。すでにポストされている動画を見つけた。これは最前列の聴衆が録画したものだ。興奮が蘇る。(YouTube →

Robert Glasper(ロバート・グラスパー)

  • Robert Glasper(ロバート・グラスパー)— keyboards
  • Isaiah Sharkey(アイザイア・シャーキー)— guitar
  • Burniss Travis II(バーニス・トラヴィス二世)— bass
  • Justin Tyson(ジャスティン・タイソン)— drums
  • DJ Jahi Sundance(DJジャヒ・サンダンス)— turntables
  • ゲスト:Ari Lennox(アリ・レノックス)— vocals
  • ゲスト:Bilal(ビラル)— vocals

立つのもつらい状態だったのでグラスパーのセットは座ったまま音を楽しもうと思っていた。ところが、演奏が始まるとあまりにも新鮮なサウンドなので、まさかメンバーが違うのかと思い、どうしても確かめたくなった。人垣をかき分けて舞台に近づくとやはりいつものメンバーだ。比較的新しいメンバーであるギターのシャーキーは去年のボストン公演にも参加していた。一体何が違うのだろうか。やっていることはいつものグラスパーだ。それなのにサウンドが新鮮なのがどうにも理解できなかった。

途中でシャーキーをフィーチャーした曲があった。彼の演奏はD’Angelo(ディアンジェロ:本誌No. 331、楽曲解説#120)のバンドで活躍していた頃から馴染みがある。前回見た時と違い、今回はJimi Hendrix(ジミ・ヘンドリックス)を彷彿させるようなサウンドで延々とソロを取り、これはかなり印象に残った。

タイソンのグルーヴは相変わらず超人的だ。あの突っ込むビートはラテンのそれではない。英語で「punishing beat」と表現する。直訳すると「お仕置きビート」だろうか。興奮させられる、と言うと誤解されそうだが、ともかくそれだけ追随を許さないビート感だとご理解いただきたい。グラスパーを筆頭にこのバンドのメンバーは相変わらずすごい。堪能した。ゲストでアリ・レノックスという歌手が登場した。ネオ・ソウルの歌手としか知らなかったが、これがなかなか良かった。グラスパー・バンドとの相性も最高だった。最後にグラスパーとコラボレーションを長年続けているビラルが登場。このセクションが一番普通だった。この組み合わせを今までに何度も聴いているし、即興で知られるビラルといえども、ヴォーカルで毎回新鮮なサウンドを出すのは簡単ではないだろう。期待通りの安定したサウンドで幕を閉じたグラスパーのセットは、観客を大変喜ばせていた。

他のグループのセット

アンジーヌ・ド・ポワトリーヌの前のセットは、前述のようにChicago Underground Duo(シカゴ・アンダーグラウンド・デュオ)という、トランペットとドラムのデュオだった。トランペットのRob Mazurek(ロブ・マズレク)はピッコロ・トランペットやコルネットに持ち替えたり、サンプラーを駆使したり、声を張り上げてみたり、といろいろするのだが筆者の好みではなかった。その反対にドラムのChad Taylor(チャッド・テイラー)には度肝を抜かれた。タイム感がアフリカとR&Bを混ぜたようなご機嫌なグルーヴで、ドラムにすっかり聴き入ってしまった。調べると、なんとAACM周辺のミュージシャンたちと深い関わりを持つドラマーだというではないか。これには驚いた。きっと本誌読者には彼に詳しい方が多くいらっしゃると思う。彼の作品を聴いてみなくては。

アンジーヌ・ド・ポワトリーヌとグラスパーの間のセットは、なんと、あのYEBBA(イェバ)だった。YEBBAとは、本名のAbbey(Abigailの愛称)を逆に綴ったものだ。ゴスペルをルーツに持ち、ソウル/R&B歌手として名を馳せ、ファンも多い。舞台まで観に行くのは体力的に無理だと最初から諦め、座って音だけ楽しもうと決めていたが、演奏が始まると突然「ベースはグラスパーのトラヴィスに違いない!確かめに行かなくては!」と人垣を押しのけて舞台に近づくと、キーボードはなんと大好きなJames Francies(ジェイムス・フランシーズ:インタビュー記事)ではないか。YEBBAの歌や曲よりトラヴィスとフランシーズとドラムのBlaque Dynamite(ブラック・ダイナマイト)の演奏しか聴こえなくなってしまった。つくづく不幸な身体だと思う。

最後のセットは大人気のVulfpeck(ヴルフペック)だ。こちらは踊りたい人たちで盛り上がっていたが、雨も降り始めたし、帰りのフェリーの長蛇の列に並ぶ元気もなかったので途中で退散した。雨の降り始めはまだ西陽がキツかったのだが、太陽が雨雲に隠れるとすっと片頭痛が引いたことが皮肉だった。それにしても本当に無理を押してまで来た甲斐があったと感慨に耽りながら帰宅した。

最後に、筆者がiPhoneで撮影したグラスパーのセットの前半をご紹介する。ぜひお楽しみください。

ヒロ ホンシュク

本宿宏明 Hiroaki Honshuku 東京生まれ、鎌倉育ち。米ボストン在住。日大芸術学部フルート科を卒業。在学中、作曲法も修学。1987年1月ジャズを学ぶためバークリー音大入学、同年9月ニューイングランド音楽学院大学院ジャズ作曲科入学、演奏はデイヴ・ホランドに師事。1991年両校をsumma cum laude等3つの最優秀賞を獲得し同時に卒業。ニューイングランド音楽学院では作曲家ジョージ・ラッセルのアシスタントを務め、後に彼の「リヴィング・タイム・オーケストラ」の正式メンバーに招聘される。NYCを拠点に活動するブラジリアン・ジャズ・バンド「ハシャ・フォーラ」リーダー。『ハシャ・ス・マイルス』や『ハッピー・ファイヤー』などのアルバムが好評。ボストンではブラジル音楽で著名なフルート奏者、城戸夕果と双頭で『Love To Brasil Project』を率い活動中。 [ホームページ:RachaFora.com | HiroHonshuku.com] [ ヒロ・ホンシュク Facebook] [ ヒロ・ホンシュク Twitter] [ ヒロ・ホンシュク Instagram] [ ハシャ・フォーラ Facebook] [Love To Brasil Project Facebook]

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