JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

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Concerts/Live ShowsNo. 340

#1417 マリア・シュナイダー・オーケストラ

text & photos: Seigen Ono オノセイゲン
Photos: Yuka Yamaji 山路ゆか except as indicated

今さらながら初めて聴いた感動、その2。

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マリア・シュナイダー率いるジャズ・オーケストラ最高峰、ギル・エヴァンスやボブ・ブルックマイヤーに師事し、第58回グラミー賞で2部門を受賞、現代ジャズを牽引する作編曲家、マリア・シュナイダーの9年ぶりとなる日本公演(ブルーノート東京のインフォより)。

マリア・シュナイダー。もちろん名前は知っていたし、ギル・エヴァンスに師事し、第58回グラミー賞では2部門を受賞した偉大な作曲家、バンドリーダー、8月4日から8日までブルーノート東京、全席完売、気になりますねえ、これは観ておかないと。ブルーノート東京の最終日1stステージのカウンター席(ここはPAのバランスもいちばんいい)に入れた。1曲目の管楽器のまるでストリングスオーケストラのような繊細なハーモニーで、あ、もうこれは来てよかった!この曲が一番好き。『Data Lords』に収録された楽曲で、第63回グラミー賞の最優秀インストゥルメンタル作曲賞を受賞。2曲目の世界中でさまざまな決断やクリエイティブまでAIに支配されそれでいいのか?!というレジスタンスのようなメッセージの曲<Don’t Be Evil> は重い。ビッグデータ・カンパニーが世界中の情報を集め、コントロールし、政治や趣味趣向にさえ影響を及ぼしている危険性を不協和音の抵抗で分かりやすいけど、パンクロックにしてくれた方が楽しめるかも。この音は不快で(それが狙いだと思うが)好きではなかった。<Sputnik> スプートニク(と日本語発音してみせた)は、空を見上げて今や無数に飛び交っている人工衛星、それが肉眼でどれくらい見えるのか分からないが、映画「インターステラー」や「スペースX」、古くは「E.T.」、夜空を飛び交う、光、衛星を目に浮かぶような景色として分かりやすかった。バリトンサックスのスコット・ロビンソンの奥様が物理学者で彼女のことを描いたような話があったようななかったような、後半、出身地ミネソタの大草原・農風景、景色や故郷を描いた、子供時代の思い出や <The Thompson Fields> だったと思いますが、まさにミネソタ州の、ああ、アメリカの田舎と分かりやすい曲(色々間違いでしたらすみません)。

1stステージと2ndステージでセットリストや演出の構成が変わるとのことでしたので、特に1曲目がもう一度、聴いておきたくて、翌日は音楽評論家の佐藤英輔さんや映画ドットコムのボクの連載「オノ セイゲンPresents<映画の聴き方>」担当の松村果奈さんも誘って日本公演最終日の高崎芸術劇場へ小旅行となりました。そやけど、ブルーノート東京最終日の1stステージと高崎はぼくの記憶ではまったく同じセットリストでした。MCもスコット・ロビンソンの奥様の話がなかっただけで他はほぼ同じ。もしかしたら1曲くらい違ったかも知れませんでしたが、まあそれでもこの世界ナンバーワンのジャズ・オーケストラの同じ曲を2日続けて、ライブハウスと大劇場で、まるでレコードをカートリッジ違いで聴き比べるような楽しみ方をしてしまったのは少し反省です。もちろんソロ内容は違いますからそれはそれで。ドラムを務めたのは現代ジャズ・ドラム最高峰の一人と称されるジョナサン・ブレイク(Jonathan Blake)、今ごろBill Frisell のthe Village Vanguard NYCですね!
嬉しかったのは、友人といっしょのプチ国内旅行でした。

♫上掲写真4点高崎芸術劇場提供

 

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photos: above:Seigen Ono

オノセイゲン/音評論家・佐藤英輔/映画ドットコム・松村果奈/音楽ジャーナリスト・トッド五十嵐 (L to R)

嬉しかったのは、友人といっしょのプチ国内旅行でした。
ボクのことをボクより詳しい音楽評論家の佐藤英輔は、この旅が初めての高崎。渋谷駅で待ち合わせてJR湘南新宿ライン快速〜大宮で新幹線に乗り換えると高崎まで90分!
https://eisukesato.exblog.jp/36602023/

そして映画ドットコムの松村果奈さんは、ボクの連載『オノ セイゲンPresents<映画の聴き方>』の担当者です。劇場で待ち合わせたらちゃっかり、映画館巡り!次回の高崎ツアーにはこれも組み込まないともったいない🤪群馬・高崎電気館 1913年創業、カトリーヌ・ドヌーブも訪れたレトロな映画館で「終戦、81年目の夏。」特集【世界の映画館めぐり】
https://eiga.com/news/20260813/7/

2022年11月5日(土)高橋芸術劇場のODSシアター『モンク・イン・ヨーロッパ』MONK IN EUROPE上演会後の、菊地成孔×オノ セイゲン、当初は30分の予定だったアフタートークが、二人の熱い映画・音楽談義によって1時間近くまで延長され、非常に盛り上がりました。
https://www.takasaki-foundation.or.jp/theatre/concert_detail.php?key=860

そしてボク自身が、いちばん思い出に残るライブDSDレコーディングは、2021年1月26日高崎芸術劇場音楽ホール「ピアソラ生誕100周年、ショパン生誕210周年記念 ポーランドの巨匠 ヤノシュ・オレイニチャク ~ショパンからピアソラへ」ヤノシュさんは、2024年10月20日に心臓発作のため72歳で亡くなりました。友人の浦久俊彦さんらとこの貴重な記録を発表できないか検討中です。
https://ontomo-mag.com/article/column/janusz-olejniczak-2024/#google_vignette

音楽評論家でもないボクが彼女について寄稿するのは、いささかおこがましい気もする。ただ、自由に書かせてもらえるJazzTokyoなので、ここはあくまで個人的な主観として、そしてここから録音エンジニアとしての視点から書いてみたいと思います。かつてボク自身も、90年代の若気の至りで大編成のアンサンブルをやっていたことがあります。そんな経験も踏まえて、今回注目したのは、マリア・シュナイダー・オーケストラというこれだけの人数のアンサンブルを、現代の「ライブ空間」でバンドリーダーとしてどう鳴らしているのか、という点です。もちろん1960年代ではないので、ライブにはPAシステムも使われます。

もう一つのテーマとして浮かび上がってきたのが「音響」です。それもクラブと高崎芸術劇場の大劇場(永田音響設計が音響設計の2,027席)に注目して考察をしてみました。これだけの人数のオーケストラを、どのように響かせ、どのように聴かせるのか。マリア・シュナイダーの音楽そのものだけでなく、「この音楽を、この人数で、この空間にどう響かせるのか」という、もう一つの視点から考察してみます。

ちなみに高崎芸術劇場の412席の音楽ホールはボクは録音には日本で2番目に好きな響きです。一番好きなのはサラマンカホール(708席、残響2.1秒)の響きです。3番目は、まもなく30周年を迎える京都コンサートホール、こちらも永田音響設計が音響設計のホールです。
https://www.nagata.co.jp/news/news1910.html
https://salamanca.gifu-fureai.jp/information/
https://www.nagata.co.jp/projects/3129

ボクの青春時代は80年から六本木・新宿ピットインをはじめ、ジャズ・ミュージシャンのPAやツアー、スタジオ(とライブの)レコーディングをやってきました。Jazz Tokyo の Kenny 稲岡編集長ともトリオ・ケンウッド・レーベル、Tokyo Meeting 1985、一連の渡辺香津美DOMOレーベルほか、業界の端くれにはいるつもりなのですが、気づくと実は滅多にライブに足を運ばなくなっていました。ジャズはライブだから行け!音楽もの企画上映の「オーディオルーム新文芸坐」(池袋)、新宿ピットイン(新宿三丁目)、晴れたら空に豆まいて(代官山)、それ以外はSDMO Studio、SDLab (明治神宮前)に引きこもっています。すべてメトロ副都心線沿いの30分圏内になっています。とくにこの3年は引きこもって「マイルス・デイヴィス生誕100年」(今年2026年)のイベントなどのために私的リマスタリングに特化し、DSDデータが 37 時間分までできあがっています。日本企画SACD化の可能性を探るべくミーティングを重ねていますが、奇跡的にパッケージ化がオーソライズされるまで、その音は一般の方は聴けません。ボクと小川隆夫さんとソニー・ミュージック・レーベルズの渡辺巧さんだけがその検討用にDSD Walkmanでも保持しています。あ、聴ける機会が2回あります。①9月30日、最高の音でマイルス作品を聴く─マイルス・デイヴィス生誕100年記念 トーク&リスニング・イベント“第二弾” 。出演:オノセイゲン/小川隆夫 司会:原田潤一(ARBAN / Montreux Jazz Festival Japan CEO)/楠元伸哉(ARBAN 編集長)
https://www.arban-mag.com/article/113462
② 8月30日(日)『Jaz.in Plus』グランドオープン記念特別企画に当初予定していた出演者の一人が急遽入院となりトラでオープニングと終演後にボクがマイルスのDSD リマスタリングDJやります!「海野雅威ライブ&トーク・セッション in 晴れ豆〜NYレジェンドたちが愛したピアニスト,その軌跡と真実〜 [出演] 海野雅威 (p) / 佐藤俊太郎(MC)
https://haremame.com/schedule/82435/

ブルーノート東京がまだ骨董通りにあった頃、ボクと作曲家・プロデューサーの(故)佐久間正英氏で、ここ(写真①)今のブルーノート東京の楽屋口の突き当たりの二階建てのこの小さな家の一階にv.f.v.studio という録音スタジオ(といってもFostex B16という16チャンネルのアナログハーフインチ・レコーダー)兼オフィスを作りました。1984〜1994?、ここでもいくつもアルバムを制作しました。いま思い出しましたが、渡辺香津美、佐久間正英、オノ セイゲンで録音したアルバムが未発表でどこかに眠っているはずなのだが ...。すぐ近くに家具のIDÉEや「ダイニズテーブル(DAINI’S table)」(ヌーベル・キュイジーヌ、フレンチ・サービススタイルで中華)もあり、ボクのセカンドアルバム(Virgin UK)のタイトル曲『The Green Chinese Table』はこの店に通っていたことから生まれました。98年にここに移転してきたブルーノート東京は 約280席、大きな四角いハコなのに徹底した吸音/遮音対策がなされていてジャズ以外の大音量クラブイベントにも余裕で対応できるPAシステムと富裕層向けとも言える食事メニューも充実していてジャズライブハウスというより、財布と心に余裕のある方たちが最高のエンタテイメントを楽しめる東京の夜のスポットとして海外にまで名前が知られています。

2000 年 3 月 12 日、当時のブルーノート東京のプロデューサー宮本端くんのブッキングで「Seigen Ono Ensemble」(オノ セイゲン、三宅純、村田陽一、竹内直、緑川英徳、五十嵐一生、山口とも、佐藤 慎一、ヲノ サトル、江波杏子、柚楽弥衣、石川智、Den and Cokky) の日本初ライヴはその1日で収録されました。ファースト・セットが終わって楽屋に戻ると岡田大貮さんからのダイニーズテーブルのケータリングが並んでいたのです!あまりに嬉しく美味しくてセカンド・セットに上がるのを忘れそうになりましたがSACD Hybridには2セットともMC以外ノーカットで入っています。ちなみに Seigen Ono Ensemble(14〜17人編成)は、1993年モントルー・ジャズフェス創始者(故)クロード・ノブス氏によりスイスでデビューしたのを知っていた宮本さんが日本企画を実現してくれたわけです。

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その後、2003年にも「Seigen Ono Septet 2003 LIVE」(Seigen Ono、Hidenori Midorikawa、Hiroki Miyano、Febian Reza Pane、Satoshi Ishikawa、Shinichi Sato、Tetsuya Ochiai、Toyonoの9人編成)

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2000年、世界的にもどこでもやっていない開発されたばかりのSONY 「DRE S-777 Sampling Reverb」
https://blog.denon.com/9850/
という(現在ならほとんどのDAWでも可能な)コンボリュージョン・リバーブを会場に持ち込みました。「徹底した吸音」空間は、アコースティックのジャズやクラシックには大敵で、一番びっくりしたのは、毎日そこで働いているブルーノート東京のスタッフで、「なんで今日はまるでコンサートホールのような響きなの?」って。宮本さん談「チック・コリアはガチで絶賛してました。あそこ、箱としてはデッドですからね。」そして当時の支配人は「なんだこれは?すぐ購入しろ!」と正式導入となりました。その後、(故)チック・コリアはソロ・ピアノ公演で大絶賛、ボクとトニオ松重さん(当時ソニーの企画者)は楽屋に呼ばれ後日、ご自宅のピアノルームにも導入することになりました。チックのソロはプリンスも観に来て満足そうだったと。アル・ジャロウも「クラブにはあまり出たくないけど、音が良いし、ここには出たい」、(故)マイケル・ブレッカーは「(デッドだと)腕を縛られて演奏してるみたいな感じになるけど、これなら大丈夫」と宮本さんに言ってたそうです。

「それです!」適度な反射音がないと楽器が鳴りません。ミュージシャンは無意識のうちにも敏感に「いい音」に反応します。気分も変わります。つまりいい演奏を引き出すのに重要なことは、ギャラも大事ですが、いい音で互いの演奏ができる場を提供すること。ボクはこの開発チームに商品企画段階から外部スタッフとして参加していて、「これはソニーが作ったプロオーディオで最高の製品で最高のマシンです!このように使いたい、画期的だ!大ヒットします!」と会議では発言しましたが、日本の商業録音スタジオの多くは「使いにくい、(値段が)高すぎる」...と不評だったのです。アメリカの有名どころのスタジオでは今でも(うちもですが)使用している著名なエンジニア、プロデューサーが何人もいます。現在の技術では同様の試みは「CL5」デジタル・コンソールの内蔵のプラグインでもリバーブだけを別チャンネルに送ることも簡単にできます。

オーケストラ(アコースティック楽器)には必須の初期反射と美しい響き。ホールVSライブハウス

後述する現在の音響担当若手のひとり梅原さんと終演後の会話は後日付記させていただきたいと思います。昔、メインスピーカーがJBLだった時代、コンソールはCREST V12、ヤマハSREV1、ソニーDRE-S777は常設されていたが、経年変化に耐えられずというか、ブルーノート東京は常に進化しているようで、2024年9月に26年ぶりとなるスピーカー・システムの更新。メイン・スピーカーとして選ばれたのはフランス製のL-Acoustics A15システム、コンソールはヤマハ製のデジタルミキシングコンソール「CL5」。南青山だけでなく、丸の内「コットンクラブ」、恵比寿「BLUE NOTE PLACE」、そして高崎芸術劇場の大劇場やスタジオシアターでは、ブルーノート東京がプロデュースするジャズ公演も「CL5」。

ジャズオーケストラの場合、フィーチャーソロの部分はFOHエンジニアがMCと同じくピックアップしてやらないといけない。また現代のマルチマイクセットアップが普通になっていてもマリア・シュナイダー・オーケストラのように繊細で複雑なハーモニーをカラー(音色)として簡単に聴かせるには、ステージ上の楽器のかぶり、特にホーンは空気中に出て、二つの波紋がぶつかってからでないと発生しない倍音もあり、近接マイクだけだと音色の魅力は半減してしまう。オフめに立てるか、ステージのフロア、舞台上で生音の一時反射音が美しく響く空間は音の混ざり方は本来の生オーケストラで狙う響き、音色になる。つまりデッドな空間でオンマイクにリバーブを付加するのではなく、はじめから楽器がよく鳴るセッティング、位置決め、かぶり、返し、全てはほどよくしかも、客席に作曲家が意図したバランスで音楽が届けられないといけない。これだけの人数で繊細かつ複雑なセクションのブラスに加えて、アコーディオンやエレキギター、ピアノのコンピング、ソロ、さらにベース。ドラムはすごく重要でトップのマイクは柔らかい曲想部分ではアンビエンス的にも被ってくるブラスの音も重要で、逆にマイクのボリュームを上げすぎるとブラスの繊細なハーモニーは埋もれてしまう。面白いのはこういう場合でもステージやそのエリアの初期反射音が多いと、マイクを通していない音も、ステージ上でうまく鳴っている。高崎芸術劇場の大劇場はブルーノート東京よりはるかに大きな空間であったが、このようなオケの繊細なハーモニーはこちらの方が美しい響きに聞こえた。

ブルーノート東京の音響チームは安心感があります

ブルーノート東京の音響チームは、最新のデジタル機材を使いながらも、きちんと適正音量で鳴らしている。当たり前のことなのですが、これがとても大事です。もちろんクラブ・イベントなら、もっと音圧を上げることもあるでしょう。でも、このチームなら、たとえ大音量のDJイベントであっても、決して「耳が痛い」ような音にはしないだろうという安心感があります。というのは、この20年ほどで、オリンピックやワールドカップ、スタジアムツアー、アリーナ公演などを通じて、ラインアレイによる大規模PAがすっかり普及しました。従来型の大規模PAには、低域・中域・高域などを帯域分割し、それぞれ専用のスピーカー/アンプで構成するマルチウェイ方式が広く用いられていました。ただし、具体的なウェイ数や構成はシステムによって異なります。帯域ごとにスピーカーを分けて積み上げる従来型のPAシステムは重量もあり、遠くまで比較的均一な音圧・音質で届けるという点では、ラインアレイに大きな利点があります。だからラインアレイが悪い、と言っているわけではありません。ただ、誰の指示なのかは知りませんが、ホールの改修や設備更新のたびに、最新のデジタルアンプやラインアレイ・スピーカーを大量に導入しているように見えるのは、ボクだけでしょうか。そして、デジタルアンプのリミッターがかかりっぱなし?そこまで上げなくていいでしょ、音楽としては破綻しているようなイベントが多すぎる。特にジャズ以外の、いわゆるロックやポップスのPAは、音量が大きすぎることが少なくありません。FOHのエンジニア自身が耳栓をしていることさえある。それでは、客席にいる人たちの耳はどうなるのでしょう。長時間にわたる過大な音圧への曝露は、聴覚に負担をかけ、難聴のリスクを高めます。誰かが警告しなければいけないと思っていたので、老婆心ながら、ここでも言っておきます。そして、これは特に日本のPAオペレーターに多いように感じるのですが、もしかすると、経験が少なくてアコースティック楽器の生音を、目の前で聴いた経験があまりないのではないか。大きなステージでは、ダンサーやスペクタクルな演出の方が音楽そのものよりプライオリティがあるのでしょうか、演奏者はイヤーモニターで聴いているのかもしれません。PAで音を作る前に、まずその楽器そのものがどんな音で鳴っているのかを知ること。録音でも一番大切なのは、演奏者が目の前で鳴らしている音を、自分の耳で確認することです。これはものすごく重要なことだと思います。心当たりのあるエンジニアは、ブルーノート東京のジャズのセットか、新宿ピットインに勉強に通ってください。

https://www.bestecaudio.com/2411case_bluenote
https://www.snrec.jp/entry/onkyoeizousetsubi_manual_l-acoustics_a15

今さらながら初めて聴いた感動、その1

南仏、コート・ダジュールのリゾート地アンティーブのジュアン・レ・パン(Juan-les-Pins)の海辺、松林の特設会場で開催されるJazz à Juan festival (1960年に始まったヨーロッパでもっとも古い歴史を持つ野外ジャズ・フェス)に来たのは32年ぶりでした。ボクは1995年から10年ほどニースの旧市街、コルシカフェリー発着所の近くにワンルームの小さな部屋を持っていたことがあり、このあたりから地中海をイタリア沿いに降りて、トスカーナ、ローマ、シチリア、バリは世界中でいちばん好きなエリアです。アンチョビ、オリーブオイル、トマト、パスタ、ブラジルも好きですが人生がもう一度あるなら、きっとこの辺りの漁港近くに住んでいたと思います。で、日本でジャズ好きなら知らない人はいない(知らないならジャズは語るな!)なんとボクとしては初めてのBanksia Trio を観たのは先月号にリポートしたように、Jazz à Juan Festival 2026(南フランス ジャズ・ア・ジュアン)July 14, 2026 7:30pmが初めてでした。1ユーロ=190円超え、もう日本は世界で最貧国ではないでしょうか。というか貨幣価値は最悪のタイミングでしたが、アムステルダムから移動した南仏BIOT村にいたタイミングと石若駿さんのFBを追いかけていて偶然にも、ジュアン・レ・パンで初めて対面して会った須川さん、ピアノの林さんはどこにでも出てくる超多忙ミュージシャンで、みんなすごいやりくり旅スケジュールでの出演でした。クリビツテンギョー(バンドマン用語で、びっくり仰天)は(ジャズ関係者知り合いが多い)世界的なジョン・コルトレーン研究家である大阪のおっちゃん、藤岡靖洋さんにまさかジュアン・レ・パンで会うかいな!?ぼくも関西人で、関西人、ニューヨーカーは会うとモノの5分で友達になれます。今度、コルトレーンハウスにも寄せてください。しかもその場でこちらも知ってるのに会話は初めてエイトアイランド(八島敦子)さん。人生すべてインプロビゼーションですわ、知らんけど。(詳細レポートは JazzTokyo #339を!)


オノセイゲン Seigen Ono
録音エンジニアとして渡辺貞夫「ELIS」(85)、清水靖晃「うたかたの日々」(82)、坂本龍一「戦場のメリークリスマス」(82)、ジョン・ゾーン、マーク・リボウほか多数のアーティストのプロジェクトに参加。一方でスイス、モントルー・ジャズフェス4回出演、『COMME des GARÇONS SEIGEN ONO』ほかアルバム多数。アーティストとして42周年を迎えた。「SACDといい音のVinylレコード」の推進者。
Saidera Records、Saidera Paradiso Ltd.主宰

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