#936ダニー・マッキャスリン・グループ with マーク・ジュリアナ、ティム・ルフェーヴル、ジェイソン・リンドナー
Donny McCaslin Group with Mark Guiliana, Tim Lefebvre and Jason Lindner
2017.2.2 21:00- Blue Note Tokyo ブルーノート東京
Text by Hideo Kanno 神野秀雄
Photo by Takuo Sato 佐藤拓央
*編集部註:Donny McCaslinの日本語表記について、Donnyの音楽仲間でもある在米の本誌レギュラー・コントリビュータ、ヒロ・ホンシュク氏は氏の寄稿の中で「ドニー・マッキャスリン」を主張していますが、本稿では執筆者・神野秀雄氏の希望により日本で定着している「ダニー・マッキャスリン」を採用しました。
Donny McCaslin (sax)
Jason Lindner (key)
Tim Lefebvre (b)
Mark Guiliana (ds)
1. Shake Loose
2. Bright Abyss
3. No Eyes
4. Art Decade
5. Look Back in Anger
6. Henry
7. Stadium Jazz
8. Lazarus
グラミー賞5部門制覇、デヴィッド・ボウイの遺作『★』を生み出したグループによる会心のライヴ
「初めての来日は、1987年、小曽根真さんと一緒でした。そして今回、初めて自分のグループで来日できたことをたいへん光栄に思います。」ダニー・マッキャスリンは、1966年カリフォルニア州サンタバーバラ生まれ、高校でもジャズを学び、バークリー音楽大学からゲイリー・バートン・グループに加わり来日。1998年に初リーダーアルバム『Exile and Discovery』をリリース。ステップス・アヘッドにも参加(2016年ヨーロッパツアーは、マイク・マイニエリ、ダニー、イリアーヌ・イリアス、マーク・ジョンソン、ビリー・キルソン)。近年ではマリア・シュナイダー・オーケストラのメンバーとして来日を重ねてきたが、ダニー自身の音楽はなかなか日本では注目されなかった。急激にしかも世界的に注目されるようになったのは、デヴィッド・ボウイの遺作『★(Blackstar)』を支えるバンドに抜擢されたこと。グラミー賞授賞式では、ダニー以下バンドメンバーが登壇し、デヴィッドに代わりダニーが受賞しスピーチを行った。
公演に先立ち「Café 104.5」でメンバー全員によるトークセッションが行われ、『★』録音に大きくフォーカスされた。2014年にデヴィッドは、デビュー50周年記念のコンピレーション『Nothing has Changed』の1曲目としてマリア・シュナイダー・オーケストラと共に<Sue (Or in a Season of Crime)>を録音、ドラマーにマーク・ジュリアナを起用した。その流れでデヴィッドがマリアに自分が欲しいリズムを相談すると、マリアが「それならダニー・マッキャスリンの『Casting for Gravity』を聴くべきよ。」と勧め、デヴィッドがニューヨーク「55 Bar」でのダニーのライブに現れて、気に入り、ギターにベン・モンダーを加え、デヴィッドとトニー・ヴィスコンティのプロデュースで制作に入った。デヴィッドはマリアとの再コラボを望んだがマリア自身のプロジェクトが忙しく実現しなかったのではないかとダニーは言う。特筆すべき点は、必ず演奏と同時に歌い録音したこと、デヴィッドはメンバーのアルバムを細部まで聴き込んでおり、ジャズ史に深い理解を持っていたことだ。『★』は死期を知るデヴィッドがファンへの最後の贈り物として制作されたが、メンバーは気付かなかったと言う。2016年1月8日、デヴィッド69歳の誕生日にあたるラストアルバム『★』をリリース、10日、肝癌でこの世を去った。
ブルーノート東京を埋め尽くす観客、ダニー・ファンはもちろん、マーク・ジュリアナ・ファンは多いようであり、そして『★』のメンバーとサウンドを実体験したい人々。今回の公演は、2016年9月にリリースされ、デヴィッドに捧げられたアルバム『Beyond Now』を受けての来日でもあり、デヴィッドの曲も収録されているとなればこれだけの注目も当然だろう。
会場が熱気と興奮に包まれる中、メンバーが登場。ダニーは超よい人風に明るく爽やかにMCをするが、最新アルバム『Beyond Now』の1曲目<Shake Loose>から始まり(本誌「ヒロ・ホンシュクの徹底解説」を参照されたい)、強烈なサウンドとグルーヴが客席を圧倒する。
マーク・ジュリアナは、スネアドラム、ハイハット、バスドラムをメインにしながら高度に正確で複雑なドラミングのパターンを繰り出し、それが全体を支配する。シンバルは鈍めの鳴りにしている。ジェイソン・リンドナーのときに不安を掻き立て、ときに暖かいシンセサイザーの音色とパターンが魂に刺さる。とくにアナログシンセサイザーの音が素晴らしい。ティム・ルフェーヴルのベースがその二者の音を支え強力なグルーヴを調整し確実なものにする。ダニーもかつてのリーダーアルバムやステップス・アヘッドとは一線を隠す強烈なプレイ。叫ぶようでもあり、低音から楽器音域外の高音までを駆使し、ハーモニックス(倍音)やおそらく重音も多様に織り交ぜながら”サウンド”として溶け合いインパクトを増す。しかし、その音をじっくり聴くと、テクニカルなフレーズに没頭したり、単なるフリーやアウトになることなく、滑らかにフレーズが流れて歌がこめられていることがわかる。セット全体に亘って、力強いエネルギーを感じるが、各曲もバラエティーに富みよくできていて、静と動、エレクトロニックとアコースティックも交錯し、会場を熱狂に包んで行く。
最後は『Casting on Gravity』の一曲目<Stadium Jazz>。ジェイソンのシンセに、ダニーのゆったりしたテナーが美しくときに壮大に響くパートと、その後のピアノを活かした高速グルーヴのパートが交錯し、マークの自由自在なドラムソロに驚かされる。スリリングでありながら美しさやゆとりも感じさせ、しかも”ジャズ”の先にある確かな音楽。
鳴り止まない拍手に、アンコールは『★』にも収められた<Lazarus>。ティムのピックによる淡々としたベースにはじまり、ダニーが切なく歌い、後半に向け、マークの素晴らしいシンバルワークが光る。エモーショナルな余韻を残して、パワーとスピリットに溢れたライヴが幕を閉じた。
こういった緻密複雑なドラミングとエレクトロニックの洪水を伴う最近のバンドサウンドの中でのサックスの立ち位置は非常に難しい。存在感を提示できたとしても完全な一体感とインタラクティヴ性につながりにくい。ダニーは全音域に亘っての確かな表現力と歌心を持ち、これまた音楽全体への理解と表現力を持つ現代最高のメンバーを得て、まさにその居場所を見つけ作り出し、サックス側から自らそのサウンドをクリエイティヴに切り拓き開花した。
『★』はデヴィッドが最期を飾り、そのクリエイティヴィティを出し切った音楽だが、それでもダニーと仲間たちがこれまで創ってきた音がなければ実現できなかった音楽であり、そして、ダニーたちも大きく影響を受け、『Beyond Now』がある。この音楽が生まれた時代を共有する素晴らしいライヴとなった。
※『★』が獲得したグラミー賞のカテゴリーは以下の通り。
Best Alternative Album, Best Rock Performance, Best Engineered Album (non-Classical), Best Rock Song, Best Recording Package.
【関連リンク】
Donny McCaslin Official Website
http://donnymccaslin.com
Mark Guiliana Official Website
http://www.markguiliana.com
Tim Lefebvre official website
https://www.timlefebvremusic.com/
Donny McCaslin – Beyond Now (Album Preview)
David Bowie / Blackstar
David Bowie / Lazarus
David Bowie / Sue (Or In a Season of Crime)
Donny McCaslin Accepts on Behalf of David Bowie | Acceptance Speech | 59th GRAMMYs
The Sax: 現代ジャズシーンの新鋭 ダニー・マッキャスリンに三木俊雄が迫る!
http://www.alsoj.net/sax/magazine/view/604/1742.html#.WNlsxem86-Q
※雑誌「The Sax」での三木とのインタビューによると、ダニーは、セルマー・スーパー・バランスド・アクションに、約30年間使い続けているベルグ・ラーセン・ステンレス・マウスピースを使用している。
【JT関連リンク】
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #12 『Shake Loose』
『Donny McCaslin/Fast Future』
http://www.archive.jazztokyo.org/five/five1212.html
NYC Winter JazzFest 2017
Mark Guiliana Jazz Quartet at Blue Note Tokyo 2016
http://www.archive.jazztokyo.org/live_report/report874.html
MEHLIANA featuring Brad Mehldau & Mark Guiliana
http://www.archive.jazztokyo.org/live_report/report808.html