JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 35,035 回

Concerts/Live ShowsNo. 230

#952 MARU w. クリヤマコト〜吉祥寺音楽祭2017

text by Masahiko Yuh  悠雅彦
photo:撮影:週刊きちじょうじ

2017年4月30日  吉祥寺・武蔵野公会堂

 

MARU   (vocal)
クリヤマコト   (piano, keyboard)
馬場孝喜   (guitar)
早川哲也   (bass)
松岡 matzz 高廣  (percussion)
1.枯葉
2.ダズント・リアリー・マター
3.ハレルヤ・アイ・ラヴ・ハー・ソー
4.リハブ
5.ラヴァー・マン
6.ジョージア・オン・マイ・マインド
7.ミスティ
8.おいしい水(Aqua De Beber)
9.ゲッタウェイ
10.ユー・アー・ザ・ユニヴァース
* エヴリシング・マスト・チェンジ

 

去る昨年12月に新作『I Can Handle It』(Jump World)を出した女性ジャズ・シンガー、MARUの本格的なコンサートとあれば、チェックしておかないわけにはいくまい。彼女はすでに2010年にデビュー作『Eternal Story』(徳間ジャパン)を、2015年にはセルフ・プロデュースですべてを1人でこなして制作した『Love And Love』を発表するなど、これだけでも相当なキャリアの持主であることが分かる。この事実を私は今回初めて知った。こうしたこれまでに積み上げた豊かなキャリアあってこそのヴォーカル力(りょく)というべきだろう。実は昨年暮れ、JAZZTOKYO 誌恒例の「2016年 この1枚」で、国内盤(CD)の最も印象に残った作品として藤井郷子の『インヴィジブル・バンド』とともにリストアップした1枚が彼女の『 I Can Handle It 』だった。正直にいってこの1作、得体が知れない。巡り合わせが悪かったのか過去に一度も耳にしたことがないシンガーだったのだが、場慣れした巧さが印象に残った。特にスキャットの巧さは多少の粗さには目をつぶっても特筆に値する。よほど度胸がいいのか、その場の雰囲気に乗って紡ぎ出していくフレーズが借り物でない。そこがいい。2016年の「この1枚」にMARUの新作を選んだのもひとえにそのスキャットゆえだった。生で実体験すべく、去る1月、目黒のライヴハウス< Blues Alley >に足を運んだが、座った席が舞台横の、出演者の顔もまともに見えぬ音響の悪い場所だったこともあって、彼女の真価をうかがうことは出来なかった。

この日のコンサートは吉祥寺音楽祭(吉祥寺スプリングフェスタ2017)の一環で、会場は吉祥寺駅のすぐ近く。このホールは収容人数が350で、当日は6、7分の入り。神戸出身のMARUが本腰を入れて在京のファンにアプローチする第一歩と考えれば、熱心なファンが舞台を守り立てたこの日の活気に富んだコンサートは、彼女にとっても幸先のよい東京公演だったといってもいいのではないか。思うに海外活動が長く、英国のバンドの1員として活動したことに加えて、関西での活動が中心だったことが、東京のファンに馴染みが薄い結果を招いたのかもしれない。17歳で米国留学したという彼女は、英語の発音やトークを含むステージ・マナーなどは申し分ない。彼女がクリヤマコトのプロジェクトに参加したのは2011年だそうだが、クリヤが彼女をシンガーとして日本一だと称えて憚らない(実際、ステージで彼女を日本一のジャズ歌手と称賛した)からこそ、自身ののサウンド・プロデュースで思い切り彼女が日本きってのジャズ・ヴォーカルを展開できる場を用意し、まさに2人三脚で歩むことに踏ん切りをつけたのだろう。

この日の彼女の歌いっぷりを見て、私はふと思った。笠置シヅ子が生まれ変わって現れたのではないか、と。戦後まもなく服部良一と組んでジャズ歌手として売り出し、やがて「東京ブギウギ」、「大阪ブギウギ」、「買物ブギ」、「ヘイヘイ・ブギ」などの大ヒットを連発したあの笠置シヅ子だ。中学生だった私が夢中になって聴き、その唱法の虜になって彼女のまるでソウルを爆発させたかのように歌いまくる熱唱を目の当たりにしたような錯覚を覚えたのだ。大阪弁しか喋らない貧相な女の子がいざ舞台に出て歌い出した瞬間すべてが一変したと服部良一がのちに回想したあの笠置シヅ子だ。目の前で歌っているのはもしやその笠置の生まれ変わりでは、と思いたくなるほど、MARUはひたすらマイ・ペースでトークし、シャウトし、スイングし、ときにじっくりと歌いながら、観客を巧みに乗せた。その意味では、この夜の彼女はジャズ・シンガーというより、ジャズで鍛えた持味や技法を駆使しながら、狭いカテゴリーの壁を越えてあらゆるレパートリーを自家薬籠中のものにして自在に歌うエンターテイナーだった。

むろん「枯葉」などでのスキャットもよかったが、むしろジャズ歌手としては「ジョージア・オン・マイ・マインド」、「ミスティ」、アンコールで歌った「エヴリシング・マスト・チェンジ」などのバラードが心地よかった。また、バックをつとめたギターの馬場孝喜をはじめ、ベースの早川哲也、パーカッションの松岡高廣らがクリヤマコトの敷いたレールに気持よく乗ってMARUを守り立てた。1つだけ苦言を呈すれば、MARUがこの日歌ったのはすべて新作『 I Can Handle It 』の収録曲ばかり。せめて1曲か2曲、収録曲から離れて選曲して歌ってくれたら、どんなにプログラムが活きいきと弾んだものになったか、とその点がいささか残念だ。例えば、過ぐるある年、サラ・ヴォーンがコンサートで突然、即興的にプログラムを離れて歌ったときの、あのスリリングなハプニングをもう一度味わいたい。筋書きから離れて臨機応変にステージを闊達にするシンガーがめっきり少なくなっただけに、豊かな経験を持つMARUにはそれを期待したい。耳の肥えているヴォーカル・ファンを軽視してはいけない。なお、かつてのギラ・ジルカといい、今回のMARUといい、挑戦的に優れたシンガーを育てようとの気概を意欲的に示している音楽プロデューサーの三田晴夫氏に敬意を表したいと思う。

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

#952 MARU w. クリヤマコト〜吉祥寺音楽祭2017」への1件のフィードバック

  • ■2017年6月10日(土)20:00より、末次安里がホストを務めるインターネットTV
    「ZAPPA TOKYO、Dreamy Heavenly TV『Linx!』」にて三田晴夫さん主宰する音楽制作会社SuperBoyが2時間に亘って特集され、三田晴夫さん他橋本一子、クリヤ・マコト、MARU、高遠彩子のアーチストも生出演する。

    ■番組情報
    タイトル:リンクス#11「CM音楽/レーベル制作‥superboy全仕事」
    日時:2017年6月10日(土)20:00-22:00
    ゲスト:橋本一子、クリヤ・マコト、MARU、高遠彩子
    https://freshlive.tv/zappa/122495
    番組はアーカイブで残るので、見逃した場合は上記サイトの「リンクス#11「CM音楽/レーベル制作‥superboy全仕事」にアクセス。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください