JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 40,039 回

Concerts/Live ShowsNo. 236

#989 吉田野乃子 Birthday Live 『ののこ三十路祭り』

Reviewed by 定淳志 Atsushi Joe
Photos by kontanotiti (Nonoko’s Father)

2017年11月11日(土) 札幌・くう
吉田野乃子 Birthday Live 『ののこ三十路祭り』

この日、吉田野乃子は30歳の誕生日を迎えた。ライブは当初、3部構成の予定で、第1部は彼女が近年取り組んでいるソロ、第2部が結成2回目のお披露目となるエレクトリック・ヨシダ(仮)、第3部がこの日CDをリリースしたトリオ深海ノ窓、のはずだった。実現していれば、現在の彼女の主力プロジェクトを一堂に会した、まさに記念すべきものになっただろうが、残念ながらトリオ深海ノ窓はメンバーの都合で出演取りやめとなった(ただし、本稿を書いている時点では先になるが、記事が掲載された時にはレコ発ライブが無事終了しているはずである)。この夜、彼女を祝おうと会場に駆け付けた観客は28人だったそうで、店主夫妻を加えれば、節分の豆ではないがこちらもぴったり30人となった。その中には、私のように20代以降の彼女の魅力に取り憑かれた人もいれば、10代から彼女を知る人、生まれた時から彼女を見守ってきた人、そしてこの日初めて彼女を観る人もいたようだ。30歳というのは、孔子に言わせれば、自身の基礎を確立して将来の方向性が固まる「而立」の年齢である。先ほど3部構成ならば記念すべきものになったはずと書いたけれど、なんのなんの、この2セットでも、彼女の過去から現在、今後を見通す「而立」に相応しい内容となった。

 

1st Set

吉田野乃子 (as, looper) ソロ

1. SECRET TUNE
2. East River
3. Uru-kas
4. ファーストレディと緑の雨
5. Taka 14
(all compositions by Nonoko Yoshida, except 1)

開演直前、挨拶に立った店主の山本弘市は「30歳ということは、ぎりぎり昭和生まれ。つまり彼女は“こちら”側の人間。きょう集まった観客にも平成生まれはいないので、安心してほしい」と笑わせ、温かな雰囲気に包まれてライブはスタートした。のだが。1曲目はある意味、この日一番の凄まじい衝撃的な内容で、思わず椅子から転げ落ちそうになった観客が続出。その内容をここに詳らかにしたいのはヤマヤマ、というかどちらかといえばノリノリなのであるが、会場に直接来てくれた観客との秘密にしたいとの彼女の強い希望(厳命)により、とてもここに書くことはできないのである。申し訳ない。2曲目以降は、ルーパーによるリアルタイム多重録音を駆使したいつものソロ演奏。アルバム『Lotus』でもおなじみの曲たちに加え、直前に書き上げたという新曲<ファーストレディと緑の雨>も披露された。この曲は彼女の祖父母に捧げられているそうで、そういえば彼女のソロで演奏される曲たちは家族への思い、心に残る風景といった私的なテーマが多くて、この日の他の3曲もニューヨーク<East River>、北海道(方言)<Uru-kas>、妹夫婦<Taka 14>が主題となっている。万感の思いを込めて吹いているわけでないし、観客を泣かせようとしているわけでもなく、どちらかと言えばクールに、ほとんど職人的な手つきで演奏を組み立て、曲は過度に余韻を残さないようにスパッと終わることが多い、ものの、そうした私的な感情がテーマになっていることもあってか、表出されたサウンドはどこか切なげで、それがまた彼女のソロを魅力的なものにしている。彼女はこのソロ手法をひっさげ、地元・岩見沢市がある空知総合振興局管内(ちなみに面積5,791平方キロメートルというのは、都道府県だったら25位という広さである)10市14町を巡るツアーを継続中なのだが、何度も演奏を重ねるうちに少しずつ変化・進化しているようだ。この日聴いたどの曲も、過去に聴いたどのバージョンよりもテンポが速くなったと感じた。が、彼女と終演後に交わした会話の内容を総合すると、早く終わらせて第2部に行きたかった、というのがどうやら真相らしい。

 

2nd Set

エレクトリック・ヨシダ(仮) : 吉田野乃子 (as) 本山禎朗 (key) 佐々木伸彦 (g) 大久保太郎 (b) 渋谷徹 (ds)

1. An Insane Scheme  (藤井郷子)
2. もぐった先  (大久保)
3. Flying Umi-Shida  (吉田)
4. Moldy Coffee Lighter  (吉田)
5. 15 Lunatics  (吉田)
6. Metal Tov  (John Zorn)

最初にも記したが、このバンドは、この日が結成から2回目のお披露目である(初披露は残念ながら観ていない)。吉田野乃子がエレクトリックバンドを組むのは、今から8年前だったか、師のジョン・ゾーンから正式に許可をもらってマサダの楽曲を演奏した「エレクトリック・ソーメンズ」以来ということになる。余談だが、「ペットボトル人間」といい、こうしたネーミングに、彼女のラーメンズ愛がみてとれるが、ここでは掘り下げないことにする。彼女にエレクトリックバンド結成のきっかけを訊いたところ、「グサーッで、ブオーッで、グシャーッなバンドをやりたかった」と、独特の擬音を使って説明してくれた。なんだかよく分からないけれど、でもライブを観た後ならば、これが最も的確な説明なのかもしれない。メンバーは皆、札幌を拠点に活動しているミュージシャンたちで、全員が彼女のご指名。基準は「ジャズを中心にしつつも、いろんな音楽が演奏できる人だから」。キーボードの本山は彼女と同い年、ベースの大久保とドラムの渋谷は2歳上、ギターの佐々木も同年代、に見えるが実は40代後半、という年齢構成である。バンド名は、この日「love you always」とメールを送ってきたというジョン・ゾーンが率いる「エレクトリック・マサダ」にあやかったもの。だが、これはあくまで仮称であって、全く違う名前にしたいとのこと。演奏には「エレクトリック・マサダ」方式のハンドサインシステムも取り入れられてはいるが、カバーは「絶対にやらない」と言い切る。ステージはまず、藤井郷子の<An Insane Scheme>(『Illusion Suite』など収録)から始まった。全員が互いを見渡せる弧状に並んだメンバーたちは、順不同に手を上げ、指で1から5までの数字を示し、各数字に割り振られたルールを実行していく、というスタイルで、これは吉田が藤井との共演で学んだものだそうだ。以降はメンバーのオリジナルが続き、吉田いわく「かっこいい曲」が多い。彼女はエレクトリックバンド用に新曲<Moldy Coffee Lighter>を書きおろし、<15 Lunatics>はソロ時のような抜粋版ではなく、本来の15パートが連なる複雑な正規バージョンが演奏された。最後の<Metal Tov>は、かつて彼女が「宇宙一大好き」と言った本家「エレクトリック・マサダ」の大名盤『At The Mountains of Madness』からの選曲。さっき「カバーはやらない」と言ったばかりではないか、とのツッコミが飛んできそうであるが、ご心配召されるな。この曲は百戦錬磨のミュージシャンたちですら途中で必ず何人か脱落するため、「エレクトリック・マサダ」でも演奏されなくなってしまったというイワクツキの超難曲で、「だから貰った」のだそうである(あとで譜面を見せてもらったら、1小節ごとに拍子が目まぐるしく変わる上、長いメロディーに全く規則性がなく、一曲丸々覚えて演奏しなければならないようである)。この難曲を5人は誰一人こぼれることなく演奏しきったが、途中、吉田のハンドサインによる即興演奏の指揮が頻繁に挿入され、そのつど音楽は解体され、攪拌され、痙攣し続けた。吉田のアルトサックスはソロ時のややダークな音色とは微妙に違っていて、非常に明るく、クリアに聴こえたのだが、彼女自身も楽しく手ごたえを感じていたのだろうと思う。他のメンバーでは最年長、佐々木のファズギターでの暴れっぷりが、とにかく刺激的だった。北海道外で彼のことを知っている人はまずほとんどいなかろうが、アコースティックによる正統的ジャズからエレクトリックなフリーインプロヴィゼーションまで自在で、加藤崇之が北海道に単身で来ると彼とのギターデュオが組まれるほどで、これを機会に佐々木伸彦の名がちょっとでも広まってくれればうれしい。全体を通じてはまだハンドサインのルールが単純で試行錯誤的なところがあるけれど、今後活動を重ね、メンバーがオリジナルを持ち寄り、システムも複雑化していけば、なかなか期待が持てるのではないかと感じた。終演後、吉田からいずれはアルバム録音、道外ツアーもしたいという意向を聞いた。思いついたことは必ず実行してきた彼女のことだから、いつか実現するだろう。全国の野乃子ファンは期待して待っていてほしい。(写真はリハ風景)

 

Encore

吉田野乃子 (as, looper) ソロ

Excerpt from 15 Lunatics (for my mother) (吉田)

アンコールは再びルーパーを使ったソロ。この曲は彼女の亡母に捧げられている。「途中で泣いちゃうかも」と言って始めたが、泣いたのは観客のほうだった。


本稿の趣旨には沿わないが、現在の彼女を語る上では外せないので、この日のライブで発売された新作にも触れておきたい。

 

トリオ深海ノ窓 / 目ヲ閉ジテ 見ル映画

Nonoya Records

吉田野乃子 (sax)
富樫範子 (p)
トタニハジメ (fretless bass)

1. 流転
2. Traffic Jam
3. 空ヲ知ル
4. Polka Dot & Paisley
5. さくら
6. Ring ~ Blue ~
7. Ring ~ Red ~
8. Water Drops
9. 碧の人魚
10. Non Rem Sleep

2017年9月録音

 

今年、彼女は「目を閉じて観る映画の音楽のような」ジャズを演奏するグループを組んだ(ただし残念ながら12月21日のライブで活動休止となる)。全10曲のうち8曲は、ふだんはバップピアニストという富樫の作曲で、残る2曲が吉田とトタニの曲。どの曲もどこかで耳にしたことがあるように懐かしく、表面上は抒情というか詩情あふれる「美メロ」が演奏されているけれど、吉田のアプローチは過激だ。憂愁的なメロディーからすぐさま切情的なブロウに切り替わるあたりは昂奮必至で、その昔ある日本のジャズに付けられた「過激なセンチメンタリズム」というキャッチコピーが思い浮かぶ。(トタニの、空間を蛍光ペンで彩るようなベースワークも特筆すべきであろう)

吉田のサックスでの歌い上げっぷりの端々には、彼女の渡米前の師匠である小樽市在住のサックス奏者奥野義典の影響も垣間見える。渡米前の彼女の生演奏を聴いたことは残念ながらなかったし、このトリオのことを彼女と話したこともないので全くの推測で言うしかないのだが、もし彼女が高校卒業後渡米せずに地元で活動していたとしたら(そんな仮定が無意味であることは重々承知しているが)、やりたかったことの一つはこういう音楽ではなかったのだろうか、と想像(妄想)する。しかし、米国でのノイズ・アヴァンギャルドの経験を経たことが音楽をより豊かにしている、のは間違いない。

吉田野乃子が2015年末に帰郷して2年になる。彼女は今、故郷の岩見沢市(生まれたのは違う場所らしいが)を拠点に、空知を巡るソロツアーを敢行し、映画音楽のようなジャズを演奏し、エレクトリックバンドをスタートさせ、ノイズサックス奏者として道内のみならず、全国を飛び回っている。渡米前、渡米後、帰国後、その全ての経験をフル動員し、その活動を多方面に花開かせようとしているのだ。まさに「而立」の時である。

なおアルバム購入希望者は、野乃屋レコーズ nonoko_yoshida@yahoo.co.jp

(文中敬称略)

定淳志

定 淳志 Atsushi Joe 1973年生。北海道在住。執筆協力に「聴いたら危険!ジャズ入門/田中啓文」(アスキー新書、2012年)。普段はすこぶるどうでもいい会社員。なお苗字は本来訓読みだが、ジャズ界隈では「音読み」になる。ブログ http://outwardbound. hatenablog.com/

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください