#991 ハシャ・フォーラ@阿佐ヶ谷ジャズ・ストリート
reported by Takashi Tannaka 淡中隆史
photo by Tak Tokiwa, Chien Chien Lu
2017年10月28日
ヒロ・ホンシュク&ハシャ・フォーラ(Racha Fora)@新東京会館
ヒロ・ホンシュク Hiro Honshuku – flute/EWI
リカ・イケダ Rika Ikeda – violin
アンドレ・ヴァスコンセロス Andre Vasconcelos – guitar
セバスチャン・チリボガ Sebastian Chiriboga – cajon
Blues In The Closet
E.S.P.
True Pot
Nem Um Talvez
Someday My Prince Will Come
Nardis
Garota de Ipanema
Happy Fire
Aquarela do Brasil
ユニット創立期からのメンバーのヒロ・ホンシュク(fl./EWI)、リカ・イケダ(vn)に加えて前回2015年Tokyo Jazzで来日したアンドレ・ヴァスコンセロス(g)、新作アルバムにも参加のセバスチャン “Cバス” チリボガ(perc)の4人、つまりアメリカで活動する日本人2人とブラジル、エクアドルからの2人、地理的ルーツとしては日本と中・南米、活動はアメリカ東海岸という三極からできたユニークなユニットだ。
フルートが中心のホンシュクとバイオリンのイケダという繊細な弱音楽器のフロントラインにベースレス、ドラムレスで強力なギターと変則的なパーカッションとブラジルを中心とする固有なリズムはどのような音楽のカテゴリーからみても異形で斬新なものだ。
ホンシュクは自他と共に認める「マイルス信者」でレコーディングやライブのいわば「縦軸」はマイルス・デイヴィスの影響と継承発展に、「横軸」は彼の師ジョージ・ラッセルのリディアン・クロマティック概念に基づいている。この構造は論理的に形成されたアマルガム(混合物)のようで一般の「ジャズ」とは大いに異なったもの、そこにマイルスにちなむ作品が結合するスリル、この一見成立の難しい分母からどのような解決が展開されるのかがこのユニットを聴く楽しみだ。作曲としてはマイルス以外にビル・エヴァンス(実はマイルスの作品)やエルメート・パスコワールの作品までもが「縦軸」とリンクして登場してくるが、これはホンシュクにとって作品成立の絶対的要素のようだ。「エルメート」といえば、果たしてマイルスの音楽にどれほどブラジル音楽からの強い影響があったのかと考えてしまう。マイルスが『クワイエット・ナイト』(1962-63)でレコード会社コロムビアから当時世界的流行の「ボサノヴァ」を強要された事は論外としてもアイアート・モレイラが『ライヴ・イーヴル』(1970)へのエルメートの参加を促して見事な作品を創りだしたことだけでは「マイルス・ミーツ・ブラジル」のエポックとは考えがたい。エルメートの音楽は当時すでに「ブラジル音楽」の範疇を大きく超えたものだったのだから。
ではマイルスの音楽継承者のホンシュクがブラジル性を基盤のひとつとしたハシャ・フォーラをつくりだした意図はどこにあるのだろうか、それを見つけることがライヴの最大の楽しみになってくる。このような「楽しみ方」自体は残念ながらやや難しいもので雨の阿佐ヶ谷ジャズストリートに「ジャズ」を聴く楽しみを求めて足を運んだ人々にとってはホンシュクのMCで投げかけられるジョージ・ラッセルとその理論、エルメートやブラジルのリズムなどへの「解説」が未知の固有名詞の洪水であり、かえって音楽の理解を困難にさせていたかもしれない。ジャズに軸足を置きながらラテン・ジャズ、ブラジリアン・ジャズもちろんフュージョンやスムースジャズと誤認される要素は潔癖に斥けられる。他方ハードロックとの隣接性には全く頓着なしなところがとてもユニークだ。マラカトゥなどブラジル固有のリズムで奏でられていた音楽が突然ディストーション・ギターの響くハードロックに変容していく展開には目眩を覚え「マイルス、ラッセル、ブラジル」といった座標軸から一瞬にして異世界に連れて行かれるのだった。これはホンシュク自身とロックバンド出身でもある2人のメンバーのハードロックへの親近性に根ざしているからなのだろうか。
ホンシュク、イケダの素晴らしいプレイと共に前任のマウリシオ・アンドラージに変わるギタリストのアンドレ・ヴァスコンセロスはネイティブなブラジル出身のギタリストとして前述のマラカトゥの他カポエラ、バイヨンなど南北ブラジルのリズム・パターンを柔軟に駆使して色彩感を与えセバスチャン・チリボガもカホーンとパーカッションでドラムレス、ベースレスの構造を逆手に取った音響を見事に構築していて胸のすく思いだった。
ハシャ・フォーラの音楽はまだ多くのリスナーを獲得する余地を残していると思う。近年、日本でのエグベルト・ジスモンチやエルメート・パスコワールなどブラジル音楽から突出したカリスマ達のコンサートの盛況は20〜40代の新たなファンの参入にささえられている。同じ層と思われる人々をアントニオ・ロウレイロ(Antonio Loureiro)、アンドレ・メマーリ(André Mehmari)、アレシャンドロ・アンドレス(Alexandre Andrés)などブラジル20〜30才代の天才達にして「ポスト・ジスモンチ、エルメート世代」のライヴで見かけて驚く事が多くなったからだ。同じく彼等は少し以前「アルゼンチン音響派」のライヴで出会った人々、アート・リンゼイなどの「第二世代」に次ぐ「エルメートの第三世代」達でもあると言えるかもしれない。ハシャ・フォーラの音楽を彼等につなぎ、聴かせるためにはどうすればよいのか、ハシャ・フォーラの今後の変容が彼等との美しい出会いを呼ぶと良い、とも考えながら帰途についた。