#1035 オーケストラ・プロジェクト 2018
~新たな耳で世界を拓く~
text by Masahiko Yuh . 悠 雅彦
2018年9月5日 19:00 東京オペラシティ・コンサートホール
1.漆黒の網目(阿部亮太郎)~初演
2.ピアノ協奏曲第3番(小山和彦)~初演
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3.SPANDA~ヴィブラフォンとオーケストラのための(山内雅弘)~初演
4.交響曲(2018)(森垣桂一)~初演
管弦楽:東京交響楽団
指揮:大井剛史
ピアノ独奏:西村翔太郎(小山和彦作品)
ヴィブラフォン独奏:會田瑞樹(山内雅弘作品)
作曲家グループのオーケストラ・プロジェクト が1979年以来続けている、作曲家の新作に焦点を当てたコンサートがあった。これまでも何回か聴かせてもらったが、勝手がまったく分からないまま、ときにハッとさせられる面白さや、新鮮な切り口を持った作品と出会う稀有な機会となることがあり、招かれれば喜んで参加させてもらった。今回が第33回の公演で、通例のごとく東京交響楽団が今回は大井剛史のタクトを得て4作品を演奏した。プログラムのタイトル<新たな耳で世界を拓く>とは、没後100年を迎えたフランスの作曲家クロード・ドビュッシーにちなみ、彼の卓越した耳の力にあやかって命名したキャッチコピーだとか。今回は4曲が全て初演作品。では、1作品づつ順を追って見ていくことにしよう。
まず、阿部亮太郎の「漆黒の網目」。私にとってこの作曲家の作品は初めて。それだけに強い関心があった。全体的な印象を言葉で追えば、緻密で機知に富んだ書法に感心させられた作品だった。わずか8分ほどの作品だが、その倍以上のトンネルをくぐってきた印象が強い。
打楽器を伴った弦楽主体の前半から、弦とブラスが角逐しあう中盤を経て、まるでブラス・クワイヤー・バンドのブラスが炸裂する後半のクライマックスへ。東京交響楽団が現代音楽に特化した陣容を敷いた効果が発揮された。「網目」は分かりにくいが、まさにブラスの活躍で「漆黒の」リアリティーの波に翻弄される快感を味わった。
第2曲はピアノ協奏曲。これがまた、愛らしいといったら語弊があるかもしれないが、いわゆる前衛的な現代音楽作品ではないだけに、親近感を覚える人と反発、いや一顧だにしない人とに分かれるのではないか。第1番(2008年)、第2番(2013年)に続く作品だとか。単一楽章の、15分ほどの作品。前半の終わりごろにカデンツァがある。とびきり前衛的な作風ではないだけにとっつきやすい。音調とピアノの響きのバランスが柔和なせいだろうか。大向こうを唸らせる曲ではないだけに、逆に親近感を覚える協奏曲。西村翔太郎の奇をてらわない演奏も親しみを感じさせた。
この日、最も注目した作品が山内雅弘の「SPANDA」。何しろヴィブラフォンという楽器をこの男ほど自家薬籠中のものにしている例を私はほかに見たことがない。あたかもそれを裏付けるように、この夜一番拍手を浴びたのがこの男、會田瑞樹であった。「SPANDA」とはサンスクリット語で「脈動」とか「鼓動」の意と、作曲者がプログラムで注釈している。山内氏のノーツによれば「 SPANDA」には2つの作品があり、最初の1作が打楽器独奏のための作品だった。その後會田と知り合ってその高度な演奏技術に打たれた山内氏が作曲したのが今回初演される運びとなった「SPANDA」らしい。演奏は休憩後の第1曲だったが、會田は休憩時間をまるまる使って楽器(2台のヴィブラフォン)の調整に費やし、他の小道具や打楽器などのセッティングにも慎重に目配りした。それゆえだったかどうか。演奏を終えた瞬間この夜1番の聴衆の拍手を浴びたのが會田瑞樹だった。むろん演奏面でもテクニックのみならず、張り巡らした神経を使って、通常のヴァイブと半音の半分を下げた微分音で調整したヴァイブの2種で、會田は4本マレットを駆使し、ヴァイブレーションにも変化をつけた展開をあたかも演奏し慣れた曲のように何食わぬ表情で仕上げて見せたのだ。とりわけ違うタイプの4本マレットや、さらには2本マレットや箸状のスティックや自身の指まで使って演奏した終盤のカデンツァには私は舌を巻いた。通常の楽器とピッチを微分音下げた楽器を使い分ける技術がどれほど大変かは岡目八目の目でしか理解できないが、會田が作曲者の意図を汲み、会心の演奏で初演の難事を果たして見せたことを讃えたい。
最後は森垣桂一の「交響曲」。約20分と少々、オーケストラのさまざまな動態が静と動のダイナミックなコントラストの中で幾様にも変化していくさまが迫力を生んだ。金管、木管、打楽器の競い合いに圧倒されるほどの響の展示がエキサイティングだった。
次回のオーケストラ・プロジェクトに期待をつなぐことが可能な一夜であった。(2018年9月20日記)
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