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Concerts/Live Shows特集『JAZZ ART せんがわ』No. 246

#1030 JAZZ ART せんがわ 2018

2018年9月15日(土)・16日(日)調布せんがわ劇場、仙川駅前公園他

Reported by 剛田武  Takeshi Goda

Photos by Masaaki Ikeda

 

第11回 JAZZ ART せんがわ2018

夏が終わると初秋の風物詩『Jazz Artせんがわ』の季節。ニューヨーク即興シーンから昨年は若手サックス奏者クリス・ピッツィオコスが来日したが、今年はベテラン・トランぺッター、ピーター・エヴァンスが初来日。他にも国内外からユニークな音楽家が多数参加。筆者にとって参戦6年目となる今年は土日各2公演に参戦、その模様をレポートする。

9月15日(土)16:30-18:00
坂本弘道ディレクション
ピーター・エヴァンス×石川高×今西紅雪/千野秀一/坂本弘道

2013年にJazz Artせんがわに初参戦し、そこで当時JazzTokyo副編集長だった多田雅範と交わした会話をきっかけにNY即興シーンに目覚めた筆者にとって、ピーター・エヴァンスは最初に知った現代NYインプロヴァイザーのひとりだった。筆者の主な興味はクリス・ピッツィオコスをはじめとするサックス奏者に向けられたが、エヴァンスやネイト・ウーリーなどのトランペット奏者も気になる存在だった。それから5年、ついに日本で観られるチャンスが到来。小雨降る肌寒い秋の日、1年ぶりの仙川駅に降り立った。

ピーター・エヴァンス Peter Evans(トランペット)、石川高(笙)、今西紅雪(箏)、千野秀一(ピアノ/Urklavier)、坂本弘道(チェロ)

 

●ピーター・エヴァンス×石川高×今西紅雪

エヴァンスが強く希望した笙と箏の和楽器とのセッション。石川が分析不能なほど多様な周波数を含有した笙の音色で基調を作り、今西は箏の弦にオブジェを挟んだり、スティックや弓で弾いたりと伝統に拘らない実験的演奏を展開する。エヴァンスは循環呼吸のロングトーンを絶え間なく変化させつつ、ブレス/リップノイズ/キーのタップ音/ボディの摩擦音といった和楽器で「さわり」と呼ばれる非楽音を交える。各自の音の精神史を探る修練場だった。この後数カ所で共演が予定されるこのトリオの深化に期待したい。

 

●千野秀一

Jazz Artせんがわ初登場。硬派なプレイで知られる千野のソロピアノは、古典的なフリー・インプロヴィゼーションではなく、音の鳴るままに任せて自らの両手の届く範囲を超越せんと挑む威嚇行為であった。

 

●千野秀一×坂本弘道×ピーター・エヴァンス

チェロを鉛筆やグラインダーで脅す坂本、半自作楽器Urklavierをバイブレーターや金属片で辱める千野。“キレキャラ”として知られるふたりの傍若無人な演奏に、顔色ひとつ変えないで一心不乱に吹き続けるエヴァンス。ストイックな和楽器トリオから一転して、レベルオーヴァーの音量で複雑な旋律が荒れ狂う三つ巴のバトルの内面には、ナイフのように冷たく醒めた美意識が宿っている。


9月15日(土)19:30-21:00
巻上公一ディレクション
ヒカシュー×SAICOBAB

今年結成40周年を迎えたヒカシューは、Jazz Art せんがわに毎年出演している。「素晴らしいプロデューサーのお陰です」と巻上が笑わせるが、「JAZZ」と銘打った音楽祭にロックバンドであるヒカシューが最初から出演していることこそ、Jazz Art せんがわのユニークさを決定づけたと言えよう。そんな「JAZZ」の固定概念に限定されないフレキシブルなランナップを象徴するのがSAICOBABである。既成のジャンルに収まらない唯一無二の音楽性は、開かれた耳を持つせんがわの聴衆にこそ相応しい。

ヒカシュー:巻上公一(ヴォーカル、コルネット、テルミン、尺八)、三田超人(ギター)、坂出雅海(ベース)、清水一登(ピアノ、シンセサイザー、バスクラリネット)、佐藤正治(ドラムス)

SAICOBAB:YOSHIMIO(ボーカル)、ヨシダダイキチ(シタール)、秋田ゴールドマン(ベース)、濱元智行(レク/フレームドラム)

 

●SAICOBAB

シタール奏者ヨシダダイキチ率いるエスニック・ユニット。瞑想的なダンスグルーヴを予想していたが、真逆のスポンテニアスな即興精神に満ちたパフォーマンスに一気に覚醒した。関西アンダーグラウンドの元祖ボアダムズやOOIOOの活動で知られるYOSHIMIOの巫女か祈祷師のようなヴォーカリゼーションが、ヨシダのシタールのラーガと時にユニゾン、時にコール&レスポンスし、挑発的なアクションと相俟って、ステージを天岩戸にワープさせるスピリチュアルなエネルギーを放った。

 

●ヒカシュー

玩具のようなオブジェを手にした不定形な集団即興から、最新作『あんぐり』収録の「至高の妄想」に雪崩れ込む。もはやアレンジを超越し解体としか呼び様のないデフォルメされた演奏は、アメーバのように不定形なこのバンドの理念の真骨頂である。以前巻上が「せんがわのヒカシューは実験的」と語っていた通り、三田超人の激しいギターソロ、終始逸脱気味の佐藤正治のドラミングなど、メンバーの暴走ぶりが印象的だった。

 

●ヒカシュー×SAICOBAB

アンコールはコラボ演奏。YOSHIMIOがテルミンを奏でる場面もあり、メンバーの笑顔が炸裂する楽しいセッションが、Jazz Art せんがわの素晴らしさを象徴していた。


9月16日(日)16:30-18:00
Quebec/Japanプログラム
ルネ・リュシエクインテット/原田節×巻上公一 Alive Painting:中山晃子

今年からスタートしたカナダ・ケベック州のヴィクトリアヴィル・フェスティバルとの交流プログラム。第一弾としてカナダ・ケベック出身のギタリスト、ルネ・リュシエのクインテットが来日。さらにオンド・マルトノの原田節とテルミンの巻上公一が共演、ライティングはAlive Paintingの中山晃子というせんがわらしい布陣。

ルネ・リュシエクインテット RENÉ LUSSIER – Quintette:ルネ・リュシエ(ギター、ダクソフォン)、ルジオ・アルトベッリ(アコーディオン)、ジュリー・ウル(チューバ、ユーフォニウム)、マートン・マデルスパック(パーカッション)、ロビー・キュスター(パーカッション)

原田節(オンド・マルトノ)、巻上公一(テルミン)、中山晃子(映像)

 

●原田節×巻上公一

メシアンの『トゥランガリーラ交響曲』などで聴いたことがあるが、オンドマルトノの現物を間近で見るのは初めて。せんがわ劇場のステージ下手に鎮座する格調ある外観は礼拝堂の祭壇のよう。古風な割に出てくる音は予想外のエフェクト効果が施された不思議なサウンドで、同じく初期電子楽器の代表格のテルミンの奇怪なビープ音と、中山が客席後方から放つモノクロームの映像照明と相俟って、昔のSF映画を思わせるノスタルジックかつ新感覚なイメージを喚起した。

 

●ルネ・リュシエクインテット

何の予備知識なしに観たので、リュシエがフェンダー・ジャズマスターを持ってステージに登場したのに驚いた。シューゲイザーと呼ばれる耽美派ロックや、ソニック・ユース等ノイズロックが愛用するこのギターの印象に違わず、彼のクインテットは、ジャズというよりアヴァン・ロック色の強い演奏を繰り広げた。ツイン・ドラム、アコーディオン、チューバというユニークな編成を活かして、シャンソン/タンゴ/ニューオリンズ/ブルース/現代音楽/フリージャズ等多様なスタイルのアマルガムを提示した。カナダ地下音楽シーンの奥深さを想像させるステージだった。最後は原田と巻上も参加し、変態ロック+変態エレクトロの饗宴となった。


9月16日(日)19:30-21:00
藤原清登ディレクション
坂田明×ピーター・エヴァンス×藤原清登×レジー・ニコルソン×藤山裕子

Jazz Artせんがわ2018の最後を飾るプログラムは、日米の精鋭が集合する「ジャズ」色の強いラインナップ。ピーター・エヴァンスに加え、二人のニューヨーク在住のミュージシャンが参加し、進化するジャズの現在形を見せてくれた。

坂田明(サックス)、ピーター・エヴァンス Peter Evans(トランペット)、藤原清登(ベース)、レジー・ニコルソン Reggie Nicholson(ドラム)、藤山裕子(ピアノ)

 

●ピーター・エヴァンス

20分の完全ソロ演奏。アルバムで聴くと異形の音の奔流に圧倒されて頭が混乱することもあるが、ライヴで観ると風通しが良くて分かり易い。どんな音をどうやって出しているのか、演奏法の秘密が分かっても、やっぱり謎に満ちたエヴァンスの異形の音楽ワールドに益々興味が湧いてくる。

 

●レジー・ニコルソン×藤山裕子

NYをベースに活動する藤山のことは今回初めて知った。遠目に観る風貌は小学校の担任教師を思わせる。輪郭のハッキリした力強いピアニズムに惹き付けられる。フリージャズのドシャメシャな要素はあるが、クラシック/現代音楽的アプローチの明晰さと、谷川俊太郎の詩「くりかえす」を朗読する凛とした声は、やはり教師のイメージに合致する。ニコルソンの70年代ロフトジャズを彷彿させる有機的なドラミングとの相性も良く、生命感に満ちたコラボレーションを堪能した。

 

●坂田明×ピーター・エヴァンス×藤原清登×レジー・ニコルソン×藤山裕子

坂田+エヴァンス+藤原のトリオ演奏でスタート。のっけからフルスロットルで吹き捲くる坂田とエヴァンスのインタープレイに、ベースに覆い被さって弦を弾く藤原。藤山とニコルソンが加わり、ジャズの熱量を絵に描いたような激しい演奏が繰り広げられる。古典的フリージャズの在るべき姿とも言えるが、分かっていても昂奮せずにはいられない。目新しいもの、今までになかったものを追求することは必要だが、今まであったものをとことん楽しみ尽くすことも必要不可欠な挑戦である。「フリージャズは死んだ」などとしたり顔で現実逃避するよりも、「フリージャズで何処まで行けるか」という命題に挑むことこそ正しい道ではなかろうか。


せんがわ劇場が指定管理者制度になり、11年間続いたJazz Artせんがわが中断される可能性があるという。現在調布市議会で審議中とのことだが、世界でも希有なファスティバルを存続させることは「Tokyo 2x2x」なんかより、ずっと意義があることではないだろうか。(2018年10月1日記 剛田武)

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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