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Concerts/Live ShowsNo. 251

#1063 大西順子トリオ

text by Masahiko Yuh 悠 雅彦
photos by Tsuneo Koga 古賀 恒雄

2019年2月18日 18時30分 at  ブルーノート東京

大西順子   piano
ロバート・ハースト   bass
カリーム・リギンズ drums

1.   Harpsichord Session
2.   Meditation for a Pair of Wire  Cutters
3.   GL/JM
4.   The Threepenny Opera
5.   Golden Boys
6.   Harpsichord Session
Encore: Us Three


今や遅しと待ち構えていた大西順子トリオ。まさに満を持して、期待に胸弾ませながら会場のブルーノート東京に向かった。といってもこの日は月曜日で、しかも公演の最終日だ。ところが、である。入りはまあまあだろうという予想を覆して空席はほとんどない。初日の16日や17日が大入りだったと聞いて、さすが今や日本を代表するピアニストの演奏会だと感心させられたが、この人気はしかし、決して大西順子ひとりへの期待に負うていると早合点してはいけないと演奏に身を委ねる中で思い知らされることになった。

最大の一つがベースのロバート・ハーストの、まさに非の打ちどころのないベース技法だ。かくいう私からして、もしベース奏者がハーストでなかったら、これほど期待に胸膨らませて駆けつけたかどうかは極めて疑わしい。そういって恥じないほど私はデビュー以来のウィントン・マルサリスのグループの中で80年代半ばに参加し活躍した、ベース奏者ロバート・ハースト、ドラマーのジェフ・テイン・ワッツのコンビを極めて高く買っていた。彼のベース技法の素晴らしさは92年に吹き込まれて評判になった『ロバート・ハースト・プレゼンツ/ロバート・ハースト』(マーカス・ベルグレイヴ、ブランフォード・マルサリス、ケニー・カークランド、ジェフ・テイン・ワッツ、ラルフ・マイルス・ジョーンズらとの共演)に明らかだが、ことにジェフ・ワッツとコンビを組んだロバート・ハーストのパンチの効いたリズムと機動性を巧みに駆使した推進力が、もしカリーム・リギンズと組んだ今回のブルーノート東京公演でも再現されることになれば、進境著しい大西順子の快演が期待できると思って胸を高鳴らせたのだ。

その期待はほぼ当たった。出だしの「ハープシコード・セッション」(大西順子曲)こそやや落ち着きのなさには首を捻ったものの、さすがにかって知ったる名手同士のコンビネーションゆえだろうがすぐに軌道に乗った。ハーストのソロで始まった故チャールス・ミンガスの「メディテーション・フォー・ア・ペア・オヴ・ワイアー・カッターズ」を経て、次の菊地成孔の「GL/JM」でトリオは完全に軌道に乗った。ミンガス作品でもパワフルなソロをとった大西が、テーマに続くソロで 力感に富む、しかも流麗なプレイで主導権を取り、ハーストとリギンズのエンジンがフル回転し始めたことを実感させる迫力を発揮して、次の「三文オペラ」(大西順子曲)とともにこのセットのクライマックスを導き出した。単にまとまったという感触より、汗が飛び散るかのような力感が爆発的にほとばしる大西のソロは聴きごたえ十分。それにも増してというべきか、やはりロバート・ハーストは素晴らしかった。ドラマーのカリーム・リギンズと普段どの程度コンビを組んでいるかは分からないが、同じデトロイト仲間同士だろうから意思の疎通が容易なのかもしれない。「 GL/JM」にしても、「三文オペラ」にしても大西の演奏や楽曲構成に込めた展開には一筋縄ではいかない至難さがあるのだが、そうとは分からないほど彼女のパワーが炸裂するかのような演奏といい、当夜一番の出来と聴いた後半の単独無伴奏ピアノ・ソロの、あたかも秘術を尽くして展開したかのような冴え冴えとした出来栄えには、当夜の最も感動的な演奏シーンを見た思いだった。

冒頭で何度も言及したように、ハーストのベースに魅惑されていた私にとって5曲めの「Golden Boys」における彼のベース・ソロは、当夜の1、2を争う素晴らしい出来ばえで、思わず聴き惚れた。それと同時に3者の一体感は格別で、大西が左手でブギのような弾き方を見せたり、かと思うと右手のめまぐるしいラインを展開するなどしたあと、ハーストとリギンズが大西に対抗するかのようなパワフルでクレヴァーなソロを繰り出すなどまさに丁々発止のやり取りで締めくくるなど、人によってはこの「ゴールデン・ボーイズ」こそが当夜一番の聴きものだったといっても言い過ぎとは思えない見事な一体感であり、出来栄えだった。それにしてもこの3者の一体感といい、パワフルな演奏美といい、大西がまるで向こうの国のピアニストみたいに感じられて愉快だった。私はハーストの素敵なベースが聴けて最高の一夜だった。ハーストこそ ”ベスト・オヴ・ザ・ベスト” と言った大西の本音がよく分かった一夜でもあったと言うべきか。80年代半ば過ぎにこのハーストを抜擢したウィントン・マルサリスの眼力を今更ながら思いつつ、この夜の大西順子にウィントンが重なって見える奇妙な感動を新たにした。

当夜、大西順子の国内ツアーに参加する面々が詰め掛けて熱心にトリオの演奏に聴き入っていたのも印象的だった。髙橋信之介もいる。久し振りにベースの井上陽介とも言葉を交わした。来たる7月6日にはこれら日本のミュージシャンで構成した大西順子グループの東京公演がある。これは是非とも聴きにいかなくてはなるまい。

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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