#1072 3/9~10 The Music of Anthony Braxton ~ アンソニー・ブラクストン勉強会&ライブ

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Reviewed by 定淳志 Atsushi Joe
Photos by 齊藤聡 Akira Saito

 

アンソニー・ブラクストン勉強会&ライブ
北村京子 (voice), 坪口昌恭 (piano, electronics), 吉田野乃子 (alto saxophone), 類家心平 (trumpet), 千葉広樹 (bass), 角銅真実 (percussion, voice)

 

この勉強会を企画したのは、ジャズと電子音楽の双方に精通し、東京ザヴィヌルバッハの主宰などで知られるキーボーディスト坪口昌恭(筆者にとっては20代前半だった90年代に「坪口昌恭Project」で颯爽と登場したイメージが非常に強い)と、アンソニー・ブラクストンの仕事と音楽的遺産を支えながら彼の追究をサポートする非営利団体 The Tri-Centric Foundation のエグゼクティブ・プロデューサーであり、ヴォーカリストの北村京子の2人。「どうやって知り合ったのかはお互い忘れてしまった」そうだが、北村の住むニューヨークで何度も会ううち、互いの音楽に興味を持ち合って「相思相愛」となり、この企画が生まれたという(坪口インタビュー参照)。吉田野乃子はニューヨーク時代、北村と共演歴があり、その際にブラクストン音楽も経験しており、何より「彼女の音が好きだ」という北村たっての希望で参加が実現した。類家心平、千葉広樹、角銅真実の3人は、坪口がブラクストンの音楽を一緒に演奏するなら真っ先に相応しいと思った人たちだとのこと。なおイベントは、2020年6月4日のアンソニー・ブラクストン生誕75周年に向けて行われている Tri-Centric Foundation「Braxton 75」イニシアチブの一環であり、アジア圏でブラクストン音楽が正式にレクチャーされるのは初だそうである。

 


 

2019年3月 9日(土)東池袋・Kakululu【勉強会(公開リハーサル)】

白壁に囲まれ、狭く、薄寒い、実験工房のような地下空間で、勉強会はスタートした。6人のメンバー(ブラクストンのアルバム記名法に従えば『SEXTET (TOKYO) 2019』とでも呼べるだろうか?)全員が顔をそろえたのは、この時が初だそうだ。北村はまず初歩として、『Alto Saxophone Improvisations 1979』(Arista Recordings)からブラクストン自身の筆になるライナーノートのコピーと、「LANGUAGE TYPES」(右図=Courtesy of Anthony Braxton and the Tri-Centric Foundation)というグラフィカル表記された12の音の扱い方のカタログを示し、説明を始めた。曰く、『For Alto』(Delmark)でサックスソロ演奏に新たな地平を築いたブラクストンの根底にあったのは「いずれネタが尽きてしまう」という危機感であった。そこで彼が着手したのはソロにおける音(音色)をパーツパーツに分解し、トリルやスタッカートなどを科学者のように分析することであり、それが12の「ランゲージタイプ」の分類につながった。これがブラクストン音楽のベースであり、奏者は指示や各種システムの制約の上で、これらを「レゴのように」組み合わせることにより、常套に陥らない音楽が可能になる、という。指揮者は指やホワイトボードでランゲージタイプを指示するほか、スピードやピッチの上げ下げ・固定・解除、あるいは即興の指示といった基本動作もある。実際にタイプ1「Long Sound」や、タイプ3「Trills」、タイプ4「Staccato Line Formings」を用いた演奏を、見学客も巻き込んで展開した。ビートは指揮者が指示するが、スピードやピッチは奏者に任される。したがって、さまざまな解釈が同居する。一つの命題を巡って、多様な回答が存在していいのだ。これは面白い。

 

続いて「曲」のリハーサルとなった。〈Composition No. 101〉は、図形楽譜と独特の記譜法を採用した楽曲。ここで北村は「間」とミスを恐れず、リスクを取るよう求めた。「ミスをしないのがミスである」と。また、自分の音、隣の音、全体の音に対して、耳を3つ持っている感覚だとも説いた。メンバーを信頼し、全体でどう聴こえるかを常に意識するようにと。元はチェンバーオーケストラ用の楽曲だという〈Composition No. 56〉は、この夜のみの披露となったが、各楽器が海上を漂うように動きはなく、何も起きないというコンセプトであった。〈Composition No. 136〉には多くの個所に五線譜がなく、メンバーはリズムを共有しつつ、音程を自ら考えながら譜面を追いかけることになる。さらに「5:1」「7:2」といった記法でまとめられた音群は、それぞれ「1拍5分割」「2拍7分割」の意。ただし、等しく割られていることは少なく、休符や細分化された音符も散見され、いかに凄腕のミュージシャンといえども初見ではグダグダになりかけてしまう。ここでも北村は「ミスを恐れず、リスクを取ること」を強調し、「ズレたら、音の大きい人に合わせればよい」とも。このような部分が頻繁に挿入されることにより、ブラクストンの楽曲に特有の、ギクシャクとした緩急というか脱臼が起こっていたのだ。

 

〈Composition No. 254〉は、ブラクストンが発明した数多のシステムのうち、ネイティブアメリカンの儀式音楽に関する研究から生まれた Ghost Trance Music (GTM) System(より正確にはそのサブセットである Syntactical Ghost Trance Music (SGTM) System)に属する。五線譜の頭に表記された「ダイヤモンド記号」は、書かれた音符をどのキーで演奏するかがメンバーに任されており、「○:○」音符、♯でも♭でもどちらでも構わない☆記号などによって、奇妙なアンサンブルが生まれた。そして指揮者やスコア上の指示によりソロに入ったり、個人の判断で別の曲や指定されたセカンダリー曲に行ったりもできる。突如の指示でメンバーが膨大な楽譜から目当てのページを見つけるのに苦労する場面も見受けられた。「予期しないことを演奏することで、自分に驚きを見出す。用意する暇がないときに出てくるものこそ面白い」という北村の言葉が印象に残る。全員が完璧に指揮とスコア通りに演奏したとしても(もっともそれは「ミス」であるのだけれど)、総体として出てくる音楽は極めて即興的であり、制約と同時に自由も課す、というブラクストン音楽の本質の一端に触れた気がした。

 

2019年3月10日(日)渋谷・公園通りクラシックス【勉強会】

翌日の夕、公園通りクラシックスに所を移して行われた勉強会は、楽器持参可と銘打たれたこともあって、纐纈雅代(アルトサックス)、国府弘子(鍵盤ハーモニカ)といった著名ミュージシャンも参加した。前夜に参加していなかった彼女らは、いきなりのGTMシステムによる楽曲たちを、当初は頭の上に「?」マークを浮かべつつ、しかし徐々に溶け込んでいった。メンバーが2グループに分けられ、片方の指揮を任された国府は戸惑いながらもやがて溌溂と動き回って指示を出し、「楽しい!」を連発した。

 

2019年3月10日(日)渋谷・公園通りクラシックス【トーク&ライブ】

1時間半後、最後の「トーク&ライブ」は、それまでの「勉強会」とは異なり、北村による方法論の紹介は簡潔・最低限にとどまった。まずはこのセットで初めてブラクストン音楽の方法論に触れる観客のため、ランゲージミュージックがどういうものかを体感してもらおうと、その役目を吉田野乃子の無伴奏ソロに求めた。吉田は、彼女の「師」であるジョン・ゾーンのアルトサックス演奏の出発点がブラクストンの『フォー・アルト』であることを語り、自分は「ブラクストンの孫弟子」であると名乗って、タイプ4「スタッカート」による演奏を出発させた。強弱、テンポ、ピッチを様々に変化させながら、後半は自身のソロ音楽に用いるルーパーも駆使し、重層的な「スタッカート」を聴かせた。さらに続いてタイプ3「トリル」では、循環呼吸で音程を乱高下させる。これらは言ってみれば、いつもの“彼女の世界”ではあるものの、シチュエーションのせいもあってか、なるほど彼女の音楽の中にブラクストンが見え隠れしていると感じた。これはジョン・ゾーンを経由した彼女のブラクストンへの“回答”であり、現在のノイズ・アヴァンギャルドにもブラクストン音楽が息づいているといえるだろう。

続いては6人そろって、ランゲージミュージックによる集団即興。北村はやはり細かく説明はしない。観て、感じてほしい、ということか。北村を除く5人の視線が、彼女の掲げる人差し指に集まると、その一本指がタイプ1「長い音」のスタートを促す。場が温まってきたところで、指は3本(トリル)になり、次に2本(Accented Long Sound)に、再び3本に、そして5本(Intervallic Formings)になって、集団全体に躍動性が生まれると、すかさず類家に即興演奏を指示した。他は「スタッカート」へと移行させ、テンポはキープするよう命じ、今度はメモリを回すような仕草でピッチを上げたり下げたり。そして角銅に、千葉に、坪口に、次々と即興を命じる。皆、それまでの時間の蓄積を踏まえての演奏であるから、いわゆるフリーインプロヴィゼーションやフリージャズとも違う、まさにブラクストンミュージックとしか言いようのない、玄妙な即興音楽空間となっている。そうこうしているうちに今度は類家・吉田・角銅をまとめてタイプ7(Short Attack)に誘う。そして指が1本に戻り、集団即興もやがて終結し、北村から笑みがこぼれた。

 

 

次は北村と坪口のデュオによる〈Composition No. 101〉。本来はサックス(マルチインストゥルメント)とピアノのデュオ曲であり、ヴォーカルによるサックスの代行は難しいのだそうだが、北村は鍵盤ハーモニカも用い、しっかり聴かせた。最後は再び全員がそろい、〈Composition No. 254〉を演奏した。というところで、本来ならば、これまで同様に展開を描写せねばならぬところだが、あらゆることがあまりにも重層的輻輳的多重的複合的多声的同時進行的に起こったため、それはわたしの手に余る(というより、当夜は必死にメモを取り続けたが、途中で放棄してしまった)。おそらく何を書いても、このときの感動を少しも再現できはしない。ただ、音楽が生まれる瞬間の驚きやら神秘やら新鮮さやら厳かさやら手軽さやら緊張感やらワクワク感やらゾクゾク感やら、あらゆる感興がいっぱい詰まっていた、とだけ書いておこう。また当夜起きたことの中で印象に残った一つとして、演奏中、会場に子供の大きな声が響いたが、それすらも音楽の一部となっていたことを挙げておく。

 


ついに日本で初めて開かれた「アンソニー・ブラクストン勉強会」。このイベントの開催準備が進行している、という情報を知ったのは半年ほど前だった。これは是が非でも直接観なければ、という使命感に駆られたのは、今までアンソニー・ブラクストンの音楽を曲がりなりにもある程度聴いてきて(ただしその多くは、彼の若い門下生たちの活動が活況を呈しているこの10数年であるものの)、ウェブ上や商業誌にも雑文を公表した経験があるにもかかわらず、混沌たる調和というか、明晰な悪夢とでもいうか、ジャズとも現代音楽とも違って聴こえるイビツな、しかし不思議な魅力にあふれるあの音楽たちが、一体どう作られているのかをほとんど知らなかった(あるいは、知ろうとしていなかった)からだと思う。音楽(あるいはジャズ)には、さまざまな理論や方法論がある。実践者でないわれわれは、ただ出来上がった音楽を受け取ればいいのだ、という考え方もあるだろう。しかしその一端にでも触れることが、鑑賞を豊かなものにしてくれることは十分ありうる。今回、ブラクストンの音楽が形成される過程を実際に目の当たりにし、耳にし、体感してみて、その思いを強くした。2日間3セットを通じ、ライブの最後の演奏も良かったが、個人的には公開リハーサルがとてもスリリングだった。ブラクストンの音楽を今までカオスを作り出そうとしているのだとばかり思っていたが、全てがシステマティックに構築されたコスモス(まさに、マクロコスモスとミクロコスモスの照応)だったのであり、その中ではスコアも即興もハプニングさえも等価であったのは素晴らしい発見だった。今後もこのシリーズが続き、日本の音楽シーンに実り多き種が播かれていくことを願う。

最後に。北村京子さんには、資料の使用をご許可いただくとともに、記事を書くにあたっての参考として、以下のURLをご教示いただいた(ただし、どこまで反映できたか甚だ怪しい)。この場を借りて深く感謝申し上げます。もし拙文でブラクストン音楽の魅力が伝わらなかったとしたら、それはひとえに筆者の責任でしかない。また、幸いにもこの音楽の方法論に興味を覚えた方がおられたら、是非こちらに直接あたっていただきたい。

https://tricentricfoundation.org/resources
http://soundamerican.org/sa_archive/sa16/sa16-ghost-trance-music.html
http://www.restructures.net/texts/Braxton-IntroCatalogWorks.htm

 

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定淳志

定 淳志 Atsushi Joe 1973年生。北海道在住。執筆協力に「聴いたら危険!ジャズ入門/田中啓文」(アスキー新書、2012年)。普段はすこぶるどうでもいい会社員。なお苗字は本来訓読みだが、ジャズ界隈では「音読み」になる。ブログ http://outwardbound. hatenablog.com/

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