#1077 ラ・フォル・ジュルネ・TOKYO:公演番号114 「ラフマニノフ ~アメリカでの挑戦」
タタルスタン国立交響楽団 アレクサンドル・スラドコフスキー指揮

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text by Masahiko Yuh 悠 雅彦
photos: courtesy of La Folle Journée au Japon

2019年5月3日 (金) 16:30 ~ 17:15
東京国際フォーラム/ホールA (コロンブス)


 

ピアノ協奏曲第3番ニ短調作品30(セルゲイ・ラフマニノフ)
タタルスタン国立交響楽団
アレクサンドル・スラドコフスキー指揮
ネルソン・ゲルナー(ピアノ)

偶然としか言いようがないが、この日(5月3日)はラフマニノフのピアノ・コンチェルトの3番を2度も聴いた。
周知のように、ラフマニノフのピアノ協奏曲といえば若いときに作曲した第2番(ハ短調)が実にさまざまな映画やポピュラー曲に引用されたことで有名になった。このことはどなたもご存知だろう。特に第3楽章の主題が「逢いびき」をはじめマリリン・モンローの「七年目の浮気」など様々な映画に用いられたり、第2楽章の抒情的な主題がジャック・エリオットとドン・マーコットの英詞およびアダプテーションでフランク・シナトラやジョー・スタッフォードら多くのポピュラー・シンガーが味わい深いポピュラー曲「 I Think of You 」として歌って流布したことなどは、これも大抵のポピュラー音楽ファンならよくご存知のはずだろう。これに対してラフマニノフが故国ロシアを出て米国で作曲した第3番は2番ほどのポピュラリティーこそないが、音楽的にはこれ以上は望めないほど充実した傑作として知られており、多くの音楽ファンの心をとらえ続けている。

冒頭の話に戻る。この日、最初に聴いたのはNHKのFM放送がウィークデイの午前中に放送しているクラシック番組で、今やわが国を代表するピアニストとなった反田恭平が、アレクサンドル・スラドコフスキー指揮のロシア・ナショナル管弦楽団と組んで、昨年末に録音した最新演奏の「第3番」だった。この曲が好きな人ならイの1番に勧めたいほどの優れた出来栄えで、とりわけ反田恭平の卓越した演奏を前にして、もはやこの演奏に太刀打ちできるピアニストはいないのではないかと思うほどの素晴らしい出来栄えだった。

ところが、それからおよそ5時間余り経った夕刻の4時半、5008席をほとんど埋めた聴衆はこの時点では一人のピアニストの演奏にかくも圧倒されるとは夢にも思っていなかったのではないか。このラフマニノフの3番のコンチェルトが演奏されはじめた瞬間、まるで魅入られたかのように人々の視線が熱くなり、徐々にピアニストの魔術の虜になっていくスリルが現出するのを目の当たりにして、私も歳甲斐もなく興奮した。そのピアニストがアルゼンチンはサン・ペドロ生まれのネルソン・ゲルナーだった。私も彼の演奏をじかに見聞きするのは初めて。1969年生まれというから今年ちょうど50歳だから、決して若いとは言えない。だが演奏は若々しい。86年にフランツ・リスト・コンクールで第1位に、4年後の90年にはジュネーヴ国際コンクールでも第1位に輝いたピアニスティックな演奏は依然若々しく、円熟味が加わった演奏は目の前で聴いた迫力もプラスして申し分なかった。演奏が終わった途端ブラボーの声とともに万雷の拍手を浴びたゲルナーは、しかし大して大げさな身振りで喜びを表すのでもなく、淡々とした表情で聴衆の拍手に応えた。それがかえって印象的であった。それにしても目の前で炸裂するゲルナーの正確な打鍵、目にも留まらぬ指の動き、一度に10度の間隔で手を広げる魔術師的奏法は、しばらくは目に焼き付いたまま私の脳裏からは消えないだろう。今度は是非、反田恭平の演奏をじかに目の前で聴く機会を持ちたい。それはともかく、久しぶりに聴いたラフマニノフの素晴らしい「3番」だった。
オーケストラはタタルスタン国立交響楽団。タタルスタンはロシア連邦西部の共和国。66年に結成されたばかりで、結成50年を祝して間もない新興のオーケストラ。だが、演奏は世界的オケにひけをとらない秀逸な合奏能力と出来栄えで、今後さらなる注目を要するオケといっても過言ではないだろう。2010年から芸術監督についているのがアレクサンドル・スラドコフスキー。この指揮者、何と先に紹介した反田恭平のCD演奏でタクトを振っていた人ではないか。スケール豊かな、しかも繊細味と正攻法でせまる迫力の2点を同時に発揮する、素晴らしい指揮者だ。このスラドコフスキーの今後の動向には注目しておく必要がある。このオーケストラとネルソン・ゲルナーの演奏を目の前で聴けたというだけでも、幸せとしか言いようのない演奏会であった。(2019年5月4日記)

悠雅彦

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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