#1080 ラ・フォル・ジュルネ 東京2019(東京国際音楽祭)

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text by Masahiko Yuh  悠 雅彦
photos: courtesy of LFJT 2019

2019年5月5日 東京国際フォーラム

◯ ホールA(5008席)

コスモポリタン・リストによる2大協奏曲(公演番号 313)
マリー・アンジュ・グッチ(ピアノ)
金子三勇士(ピアノ)
シンフォニア・ヴァルソヴィア  w.ファド・イブラヒモフ(指揮)

◯ ホールC  (1492席)

パリとニューヨークのエトランゼ(公演番号  345)
タタルスタン国立交響楽団  w.アレクサンドル・スラドコフスキー(指揮)

◯ ホールA

アメリカ ~JAZZ meetsクラシック(公演番号315)

小曽根真(ピアノ)
フランク・ブラレイ(ピアノ)
シンフォニア・ヴァルソヴィア  w.ミハイル・ゲルツ(指揮)

今年の東京国際音楽祭、ラ・フォル・ジュルネは例年にも増して大盛況だった。6つのホールが並ぶ会場近辺の歩道は、会場へ向かう人や会場を退出した人でごった返し、周囲の屋台や出店の大賑わいも重なって会場周辺は空前の混雑ぶりを呈した。新元号・令和の発布に伴って5月1日が祝日となり、過去に例を見ない10連休が誕生したことが背景にあることは言うを待たない。24年前の1995年にフランスのナントで始まったクラシック音楽祭が、今やポルトガル、スペイン、ワルシャワでも行われるようになり、日本でも2005年に東京で始まって以来、金沢、新潟、琵琶湖、鳥栖など規模は別にして各地に広がりつつある。おそらく一つの公演が約45分の設定で、通常のコンサートより格段に安価なチケット代金(1500円から)で世界一流の演奏家たちのステージを楽しむことができるという新発想のアイディアを実施に移し、この形を根気よく軌道に乗せたナント方式がここ日本でも人々に受け入れられるにいたったといってよい。私自身も通常のコンサートと比較してまったく疲れを感じないことに加え、毛色の違った演奏をはしごして楽しめる喜びも加わって、常以上に取材を越えた音楽を聴く生の快感を実感することできた。オフィシャル・ガイド誌に踊る<フランス発!世界最大級のクラシック音楽祭第15回>の見出しに続く、「世界中から約2000人のアーティストが東京に集結」、「朝から晩まで、3日間約320公演」は決して誇張ではないし、加えて無料イヴェントも少なくない。ちなみに昨年は324公演(有料公演は124)で、約42万人の観客を動員したとあった。今年は昨年を上回るだろう。

先月は本JAZZ TOKYO 誌の公開日が月初めの5日とやや早かったため、ネルソン・ゲルナーをソリストに迎え、アレクサンドル・スラドコフスキー指揮のタタルスタン国立交響楽団がバックを務めたラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番ニ短調作品30」の秀演を他に先んじて紹介させていただいた。今年はウラル・フィルハーモニア、シンフォニア・ヴァルソヴィア、そしてタタルスタン国立響らが大役を務め、我が国から新日本フィルハーモニー交響楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団が応援する体制ですべてを賄った。残念ながらウラル・フィルハーモニアは聴く機会を逃したが、タタルスタン響を何度か聴けたのは幸いだった。このオーケストラが東京を始めとするアジアの国にお目見えしたのは恐らく今回が初めてではないかと思う。しかし、ソ連や西欧の有名オーケストラに引けを取らない実力と洗練された合奏術をすでに誇っており、今後様々な吹込機会を得て知名度が高くなるにつれ、西側での評価も高まることは間違いない。そう太鼓判を押したいオーケストラだった。

最終日の5日。上記の二つのオーケストラがバックを務めて活躍した3つのコンサート。どれも聴きごたえのある興味尽きない演奏だった。

まず「コスモポリタン・リストによる2大協奏曲」と銘打ったコンサート。5008席からなるこの大ホール(ホールA)にざっと見て8割もの観客が入ったのは、単にコンサート料金が安いからだけではあるまい。一つには、金子三勇士とフランス出身の注目すべき女流ソロイスト、マリー=アンジュ・グッチという期待の新鋭ピアニストがリスト作品で競い合うというプログラム構成が、ファンの関心を呼んだからであろう。とりわけ日本人の父とハンガリー出身の母との間に生まれた金子三勇士は、新年度から番組名を「リサイタル・ノヴァ」から「リサイタル・パッシオ」と変えた若いアーティストの紹介番組(NHK・FM)の司会者として評判を呼んでいるピアニストなのだ。私も毎週金曜日の午前9時20分に始まる再放送で、将来の日本の音楽界での活躍が期待される新鋭の演奏家から興味深い話を聞き出す金子の、均整のとれた美しい日本語と優しい人柄を彷彿させる的を得た話しぶりに魅惑されて、毎週欠かさず聴いている。一方のマリー=アンジュ・グッチは現在19歳のフランス期待の新星。2015年にマッケンジー国際ピアノ・コンクールで優勝し、16歳でパリ国立音楽院からピアノの修士号を授与された逸材だ。彼女がリストの「ピアノ協奏曲第1番変ホ長調」を、短い休憩(ピアノ機器スタインウェイの入れ替え)を挟んで金子が「第2番イ長調」を演奏した。オーケストラは1984年に大ヴァイオリニストのユーディ・メニューインによって設立されたポーランド室内管弦楽団のメンバーが中心で、現芸術監督はクシュトフ・ペンデレツキ。本拠地はワルシャワ。この音楽祭には毎年のように参加している馴染みのオーケストラだ。
リストのピアノ協奏曲といえば何といっても変ホ長調の「第1番」。独奏者グッチは正確に、まるであたりを払うかのような堂々たるスケールの演奏で、尻上がりに迫力ある奏法で観客を惹きつけて離さないリストを演じてみせた。
一方、金子はふだん「第1番」ほどのポピュラリティーに恵まれない「第2番」で、楽章を追うごとにまるで火を噴くような、ピアニスティックな技巧と情熱を爆発させる演奏で観客を金子の世界に引っ張り込んだ。10年近く前に発表して専門誌の特薦盤の評価を得たデビュー作『プレイズ・リスト』の感動を再現するかのようなこの日の彼の演奏は、ハンガリーの国立リスト音楽院で積んだ研鑽の日々をあたかもなぞるかのように随所で激情が爆発した。

2時間後、ホールC(マルコ・ポーロ)、<パリとニューヨークのエトランゼ>で、アレクサンドル・スラドコフスキーが指揮するタタルスタン国立交響楽団の演奏を聴く。お目当てはジョージ・ガーシュウィンの「パリのアメリカ人」。シンフォニック・ジャズとも言われるこの交響詩的作品は、彼の創作意欲が最も盛んだった20年代の終わり近く、パリの創造的な喧騒に刺激されて作曲したかのようなガーシュウィンならではのユーモアや遊びの精神が随所で味わえる。ヘ長のピアノ協奏曲と並ぶ、その9年後に亡くなった彼の最良のクラシカルな作品。本誌の前号で紹介したラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3」で、申し分ないタクトを振ってみせたスラドコフスキーが、この日の演奏でもタタルスタン響を力強く牽引した。この演奏会のタイトルは<パリとニューヨークのエトランゼ>。2曲めのダリウス・ミヨーの「ニューヨークのフランス人」は初めて聴いた。ガーシュウィン作品でのサックス・セクション3人がオケの一角から退場した瞬間、ニューヨークのミヨーは確かにエトランゼだと実感した。曲は6つのパートからなる25~6分の交響詩的作品であるが、ミヨーの意図が奈辺にあるのかがよく分からないうちに終わってしまった。残念といえばいいのか、心残りではあった。次の機会を待ちたい。

最後は<アメリカ~JAZZ meets クラシック>と銘打ったコンサートで、ジャズとクラシックの境界線というテーマで語れる二人の作曲家、前出のジョージ・ガーシュウィンとモーリス・ラヴェルの人気高い作品がプログラムを飾った。前者を演奏するソロイストが小曽根真。後者がフランスの名手フランク・ブラレイ。小曽根とブラレイが競い合うプログラムが人気を呼んでか、私の目に入る1階の客席はほぼ満席。2階その他の席も恐らく満席に近い入りだったのではないか。定刻前から場内に熱気が走り、小曽根が颯爽とステージに現れるや熱い拍手が館内を包み込んだ。オーケストラはナイジェル・ケネディーが芸術監督を務めるポーランドの室内管が中心の構成だが、オケよりも指揮者のミハイル・ゲルツの仔細をよくわきまえた的確なタクトで安心して聴くことができた。それというのも、小曽根真の演奏はオケと一体になったところではほぼ原曲通りに再現するものの、ひとたびピアノの単独ソロへ入るや否やアイディアを自在に膨らませ、即興演奏家としての、あるいはジャズ・ピアニストとしての創意横溢する小曽根調を謳歌したからだ。その結果、時間計測をしたわけではないが、通常の倍近い時間を費やして「ラプソディー・イン・ブルー」を演奏したということになる。こうした演奏法に首をひねる向きもあるかもしれないし、異を唱える人もいるかもしれない。もしそうした人々と、小曽根真のアイディアをよしとする人々とが闊達に意見や主張のやりとりを交わすことができたら、それはそれで音楽の健全な楽しみ方への示唆を提供するのではないかと、私はむしろ期待する。かつてウィントン・マルサリスのもとで演奏して一躍脚光を浴びた目の不自由なピアニスト、マーカス・ロバーツが小澤征爾の指揮するサイトー・キネン・オーケストラと共演してガーシュウィンのヘ長のピアノ協奏曲を演奏したときも、ロバーツは一切合切を譜面通りに弾いたわけではない。小曽根ほどではないが、時折りアクセントを変化させたりしてジャズ・ピアニストとしての見識を垣間見せながら、ガーシュウィンならではの自由な発想を反故にすることなくユニークなピアノと管弦楽の丁々発止を演じたマーカス・ロバーツに目を見張ったことを、私は忘れたことはない。

割れるような拍手の中で小曽根が退場した後、新しいスタインウェイがセットされた。代わって登場したピアニストがフランスのフランク・ブラレイ。23歳の時だったか初来日したときから20数年を経て髪にも白いものが見えるようになった。この LFJ東京にも何度か出演しているが、私個人は初めて。ステージに登場したブラレイはスーツを纏ってはいるものの、恐ろしくラフな感じでネクタイもしていない。とはいえ、演奏曲がラヴェルの「ピアノ協奏曲ト長調」といえば、自分の国の作品だし、ブラレイ(51歳)自身も何度となく演奏している曲だろう。見かけはぶっきらぼうだが、演奏自体にはこれといったアラがあるわけでも、聴衆に媚びを売るわけでもない彼のラヴェルは、目を閉じたまま聴いていると妙趣に富み、ジャズ的なフレーズでもことさらジャズ風を装うこともなく、ごく自然なブラレイ奏法に徹した演奏で考えさせられた。愛想がいい演奏に騙されてはいけないということをブラレイから教えられた。

来たる2020年のラ・フォル・ジュルネTOKYOへの期待がいっそう高まる。(2019年5月11日記)

悠雅彦

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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