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Jazz and Far Beyond

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Concerts/Live ShowsNo. 255

#1082 謝明諺×レオナ×松本ちはや

2019年6月20日(木) 渋谷・Bar subterraneans

Text by Akira Saito 齊藤聡
Photos by m.yoshihisa

MinYen “Terry” Hsieh 謝明諺 (ts, ss, penny whistle)
Reona レオナ (tap)
Chihaya Matsumoto 松本ちはや (perc, vibe, melodica, misc.)

台湾のサックス奏者・謝明諺(シェ・ミンイェン、通称テリー)はジャズの確かな方法論を持ちながら、しばしば、完全なインプロヴィゼーションのギグを行う。この幅広さは彼の卓越した演奏技術によってこそ可能になっている。音楽の幅広さは音色の幅広さに起因しているわけである。それを逆手に取るならば、コード楽器がなくても、激しい打楽器の音と渡り合って良いサウンドが創出されるのではないかと想像した。そして彼の実力を考えれば、ふたりのパーカッシヴな音にも負けないのではないか。これが、手のパーカッションとしての松本ちはや、足のパーカッションとしてのレオナとのトリオを組むことを打診した理由だ。テリーも好むピアノレスのサックストリオからさらに一歩先のトリオである。

タップダンスのレオナは、板橋文夫グループでの活動によって表現のダイレクトさを押し進めるとともに、変化への躊躇を棄てることによって、音の多彩さをダイナミックなものにしている。タップダンスは楽器演奏よりも視覚に訴える表現かもしれない。しかし、レオナ本人は敢えてDVD作品などを出すのではなく、音だけに絞って勝負したいと話している。おそらくそのことが音にさらなる力を加えている。

いちどでも松本ちはやのプレイを観たらわかることだが、細やかであると同時に、ふだんの温厚な佇まいから一転して驚くほど大きく鋭いパルスを次々に放つ。彼女はこの日、バンで多数のパーカッションを持ち込んだ。さまざまな太鼓の他に、カホンや小さいヴァイブや鍵盤ハーモニカなども用意している。

演奏直前に、テリーはマイク無しでの共演を決めた。サックスのマージナルな音の増幅による効果よりも、他の音との衝突や共存による効果を大きくする表現を選んだのだ。その結果は、単なる「サックス対ツインパーカッション」という図式にとどまらず、3人の相互の会話もまた表現として創出されるものとなった。

ファーストセットがおのおのの手探りから始まったのは当然かもしれない。だが次第に形成されてきた間合いは奇妙にアジア的なものを感じさせた。役割は一様ではなく、ソロやデュオにも変化する。テリーのソプラノはときに呪術的になり、テナーのマルチフォニック音は大きな振幅で色を変え、さらにマウスピース無し、マウスピースのみ、マウスピースとネックのみと、飽くことなく音の実験を試みた。観察すると、それは結果がどう転ぶか想定しないような思いつきのアクションではなく、彼の狙う音の手段であることが実感できる。

収束が視えかけても手と足のパーカッションの動きと変化は尽きない。レオナは金属板や木の板を駆使し、音にナマのマテリアル感を付加してゆく。また松本は叩きの手段を変えては緻密さと渾身のエネルギー放出とを両立させる。ふたりは観る者を1時間近く祝祭的に昂揚させ続けた。

約15分の休憩を経て、ついさっきまで膨大なエネルギーを放出していたはずの彼らは、涼しい顔でセカンドセットに入った。テリーは一転してフレージングに焦点を当てた。松本はカホンからヴァイブ、鐘へと移り、その高い共鳴のために響きが聴く者の内部へと侵入する(そのために静寂が訪れても響きが体内に残る)。レオナがしばらくソロで激しく踏んだあと、松本がヴァイブで星々を鮮やかに散らし、テリーがフラジオの高音で歌う。そのサウンドの遷移は見事だった。

テリー本人は、ソニー・ロリンズらジャズの伝統的なプレイヤーの他に、たとえば、ペーター・ブロッツマン、ジョン・ブッチャーら拡張的奏法を押し出すサックス奏者たちへの関心も口にする。しかし、彼はどちら側でもないし、どちら側でもある。そして隠しようもない個性として、アジアの音を見出すことができる。たとえば柳川芳命や川島誠のサックスがアジアの情を感じさせるものだとして、彼らともまた異なる場所に立っている。そういった違いの理由を、安易に出自や文化に見出すことは難しい。それが彼の魅力でもある。(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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