#1099 アルフィート・ガスト/パイプオルガン・リサイタル
Arvid Gast / Pipeorgan Recital

閲覧回数 558 回

text by Yoshiaki Onnyk Kinno 金野 Onnyk 吉晃

2019年9月7日 岩手県・盛岡市民文化ホール(小ホール)

アルフィート・ガスト(パイプオルガン)

D.ブクステフーデ:トッカータとフーガ ヘ長調 BuxWV156
F.メンデルスゾーン:オルガン・ソナタ ロ長調 Op.65/4
T.メデク:ゲブロッヘネ フリューゲル
J.S.バッハ:幻想曲とフーガ ト短調 BWV542   ほか

Arvid Gastは1962年ブレーメン生まれ、ドイツ、ハノーファー国立音大卒、フレンスブルクで教会専属オルガニスト、聖歌隊指揮者、ライプツィヒ音楽院でオルガン演奏の教授、リューベック国立音大の教会音楽監督、同地およびマクデブルクでの教会オルガニスト、アメリカでオーバリン音楽院教授を務めた。07年、ブクステフーデ国際オルガンコンクールを創設、その経歴に紛う事なき教会オルガン音楽の専門家である。
J. S. バッハが、其の演奏を聴く為に遠路遥々出向いたことで知られるディートリッヒ・ブクステフーデは、ガストにとっては最も親しんで来た音楽家であろう。
1998年に、盛岡市民文化ホール(地下小ホール)に設置されたパイプオルガンは、フランスのマルク・ガルニエによって製作された、北ドイツ様式のバロックオルガンであり、パイプ本数2800、音色を変える栓=ストップ数は34を数える3段鍵盤(足鍵盤を除く)の威風堂々たる楽器で、このホールはこの楽器の為にあると言っても良い程だ。実際、その環境が良好であるため、普通十年程でオーバーホールが必要なのだが、定期検査において現在までその必要がないと保証されている。
レビュー子は、盛岡在住ゆえにこのオルガンの素晴しい音色は何度か接しているし、初級オルガン講座で内部まで見学させてもらった。

しかし齢六十を過ぎて、未だ生でブクステフーデの曲を聴いた事が無いという悲しさから、この機会に聴いておこうと思った次第である。
プログラムは、ガスト得意のブクステフーデの三曲、トッカータ・へ長調、コラール(ルター派聖歌に基づく)、パッサカリア・ニ短調で始まった。しかしあろうことか私は、其の音色と旋律に包まれてこの世とあの世の間に漂ってしまったのである。
続くダンザークミューラーの現代曲もミニマル的な要素が強く、一旦この世に戻った私を追い返そうとする。第一部最後はメンデルスゾーンのオルガン・ソナタ・変ロ長調もまた古典的様式の曲であるという。メンデルスゾーンが、歴史に埋もれかけていたバッハの業績を再興したのは有名であるが、ブクステフーデもバッハも、またメンデルスゾーンも北ドイツ様式の音楽を残し、その様式を踏襲した盛岡のパイプオルガンでそれを演奏してくれたガスト先生には大変申し訳ないことをしました。
しかし、誰しもが言うことだが、優れた音楽は眠りを誘うのである。
さて、すっかり覚醒した私は第二部に期待をかけた。というのは一曲目にパウル・ヒンデミットが選ばれていたからだ。この作曲家はあまりコンサートにかかることはない20世紀前半の人だ。しかしその音楽の響きは調性を保ちつつ、叙情に流れない乾いた感性を持ち、どこか英国のジャズを思わせるというのがレコードでの印象だった。
さて、ステージには通常譜面をめくる係がオルガニストの右一人居るだけだが、さらに左手にも立った。
オルガン演奏では先立ってオルガニストがストップを選択して開閉して始まる。この選択こそがまさにオルガニストのセンスを問われるのである。だから曲に依っては楽章ごとにストップの選択を変える場合もある。
しかしこのオルガン・ソナタ第二番では、演奏中にめまぐるしく左右の係と、オルガニスト自身もストップを次々に変えて行く。そのために音色は華麗に変容し、無機的な明るさが現代建築を思わせ、キース・エマーソンとデイヴ・スチュワート(キーボード奏者の方です)のないまぜのような印象を持った。これは私のテイストだ!とばかりに大拍手。
ところが次の曲では、歓喜を越えて驚愕したのである。
惜しくも2006年に死去したティロ・メデクという全く馴染みのない作曲家の<Gebrochene Flugel> (折れた翼)という曲もまた、三人がめまぐるしくストップを操作するのだが、冒頭、天翔るごとき素早いパッセージが続いたかと思うと、フリージャズではおなじみの肘撃ち奏法、クラシックではトーンクラスターがお目見えする。
しかし半分だけ栓を開けられたストップのせいで、全体の音量は穏やかである。と、安心しているうちに音量が増大して来た。所々に冒頭のようなパッセージが現れ、天空は嵐の様相。そして聴衆が圧倒されているうちに一人の助手が姿を消し、しばらくしてオルガン全体の轟音のピッチが下がってきたのが分かる。音量も減衰して来た。そして3分程のうちにオルガンは沈黙する。そう、オルガンへの送風を止めてしまったのだ!
演奏は終わった。しばしの沈黙、そして会場は大喝采。こんなオルガンの響きを誰も聴いた事が無かった。この馬鹿でかい(失礼)楽器、もはや建造物と一体となった楽器にどれだけの自在さがあるのか、単に自治体や団体のステイタスシンボルでしかないと思うこともできよう。

しかしこのガストのようなオルガニスト、伝統と前衛を兼ね備え、またそれを楽曲として残したメデクという作曲家、またこのような演奏を許可した(おそらく拒否する所もあるだろう)盛岡市民ホール、そして老若男女全て大喝采を送った盛岡の聴衆に、私は大いなる喜びを感じた。
最後はJ. S. バッハの2曲が用意されていた。残念ながら私は自分のライブの準備のため席を立たなければならず、悔しい思いをしたのである。
思えば、ジェルジ・リゲティの「ヴォリューミナ」パイプオルガンの全鍵盤を鳴らすというとんでもないクラスターを要求するが、最後に送風を止めるというのは同じ。

また、ドイツSAJレーベルから、フレット・ファン・ホーフェのパイプオルガン独奏による即興演奏(『CHURCHORGAN』SAJ-25, 1981) が出ているが、今回のコンサート程の感興を味わうことはなかった。むしろ彼のオルガンなら、ICP連中が参加した『Requiem for Che Guevara』が素晴しい。特に後半のハン・ベニンクとのバトルはジャズ史に残ると言ってよい。

とまれ、マイスター・ガストの今後の活躍に期待したい。

アバター

金野 "onnyk" 吉晃

Yoshiaki "onnyk" Kinno 1957年、盛岡生まれ、現在も同地に居住。即興演奏家、自主レーベルAllelopathy 主宰。盛岡でのライブ録音をCD化して発表。 1976年頃から、演奏を開始。第五列の名称で国内外に散在するアマチュア演奏家たちと郵便を通じてネットワークを形成する。 1982年、エヴァン・パーカーとの共演を皮切りに国内外の多数の演奏家と、盛岡でライブ企画を続ける。Allelopathyの他、Bishop records(東京)、Public Eyesore (USA) 等、英国、欧州の自主レーベルからもアルバム(vinyl, CD, CDR, cassetteで)をリリース。 共演者に、エヴァン・パーカー、バリー・ガイ、竹田賢一、ジョン・ゾーン、フレッド・フリス、豊住芳三郎他。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

↓ ロボットでないかお知らせください。 * Time limit is exhausted. Please reload CAPTCHA.

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。