#1098 プラチナ・シリーズ 第1回
「パスカル・ロジェ ~フレンチ・ピアニズムの名匠~」

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text by Masahiko Yuh 悠 雅彦

2019年9月26日(木曜日)19:00  東京文化会館小ホール

パスカル・ロジェ (pf)

1.ジムノペディ第1番(エリック・サティ)
2.グノシエンヌ第3番(エリック・サティ)
3.ソナチネ(モーリス・ラヴェル)
4.ナゼールの夜会(フランシス・プーランク)
………………………………………………(休憩)……………………………………………………
5.前奏曲集より(クロード・ドビュッシー)
ヴェール(帆)/ 亜麻色の髪の乙女 / ヴィーノの門 / 野を渡る風 / 夕べの大気に漂う音と香り /
奇人ラヴィーヌ将軍 / 月の光が降りそそぐテラス / とだえたセレナード /  沈める寺 / 西風の見たも
の / ヒースの荒野 / ミンストレル

現代フランスを代表するピアニストといって過言でないパスカル・ロジェのリサイタルを、みずから希望して聴かせてもらった。ここの小ホールは定員が649人だが、6時半を回った頃には早くも空席がみるみる消えていくのを目の当たりにして、パスカル・ロジェへのファンの関心の高さを改めて思い知った。
初めて目にするロジェは、確かに頭髪はグレイはグレイでも白に近いグレイ。当方が実際のステージとは関係のないラジオから流れてくるパスカル・ロジェをいかに長いこと聴いていたかを思いやって、むしろ愕然とさえした。彼は1951年(4月6日)生まれだから、半年ほど前に68歳を数えたことになる。個人的にはもう一回りほど若いと思っていた彼が、70を目前にしていると分かって、おそらくはラジオから流れる彼の演奏を時折り聴いていた私も彼同様に齢を重ねたことを思い知って、この夜は感無量だった。ラジオから流れてくるロジェを、たった一夜だけでも実際のステージで目撃したいと、不意に思ったのには格別な理由があったわけではない。ラジオで聴いていたロジェへの親近感が宣伝パンフレットが目に入った瞬間、急に湧き上がってきたのだ。東京文化会館の担当者に連絡してみるとお出で下さいとの嬉しい返事。ワクワク胸躍らせながら会場へ向かったというわけだ。
よく知られたサティの二つの作品で幕を開けたこの夜のコンサート。私のお目当ては前半のラヴェルの「ソナチネ」とプーランクの「ナゼールの夜会」。冒頭の日本でもよく知られたエリック・サティの「ジムノペディ」と「グノシエンヌ」はオープニング曲ということもあり、百戦錬磨のロジェでもやはり緊張するものなのだろう。過去に明るい調子で演奏されたサティを聴き慣れてしまったせいかもしれないが、ロジェのどことなく沈んだ、あるいは憂いを帯びたサティは、それはそれで頷けるものがあったとはいえ私の期待に応えるものとは言い難かった。いささか出足をくじかれた感じで迎えた次のラヴェルの「ソナチネ」は、いわゆる古典派のピアノ・ソナタではあるものの、いかにもラヴェルらしい簡潔な書法とバランス感覚で統一されていて、これをロジェがどう組み立てて3楽章の古典的ソナタに成果させるかに焦点を当てて聴いた。古典的な様式性に着眼して爽やかな風を送り込むような演奏をするかと思いきや、ロジェはむしろ情熱的に、かつ畳みかけるように、例えば第3楽章のトッカータを思わせる躍動的な音の連なりをまさに全身を駆使するピアノ運動として演奏した勢いの良さが印象深かった。パスカル・ロジェというピアニストは、後半のドビュッシーの前奏曲集(第1巻と第2巻より12曲)で聴衆を魅了したように、フランスのピアノ演奏の粋を活き活きと表現するのに長けた人だが、初めて生演奏に接して体感した印象は、たとえばピアノの詩人という言い方より、むしろピアノの小説家という表現の方に軍配をあげたい気分だった。
そのドビュッシーの「前奏曲集より」は第1巻から8曲、第2巻から4曲のつごう12曲が演奏された。パスカル・ロジェというピアニストの美的感覚と演奏手法で言えば、ドビュッシーの前奏曲集や「版画」は彼の最も得意とするピアノ曲集といって間違いないだろう。「亜麻色の髪の乙女」、「野を渡る風」、「とだえたセレナード」、「沈める寺」、「ミンストレル」など12曲が、まるで12曲で1曲の作品を演奏したかのような物語の迫真力を体験する、実に得難い機会となった。演奏前にアナウンスで放送された、曲間での拍手は控えてほしいというロジェの願いどおり、曲を1つの作品として味わうことができる格別なドビュッシーを体験することができた。私にとっても得がたい経験ではあった。
そのドビュッシーは別として、この夜、私が最も興味深く聴いたのはプーランクの「ナゼールの夜会」だった。長いことジャズを聴き、ジャズの仕事をしてきた人間には、その作曲家がジャズに関心を示しているか、あるいはジャズの手法を用いて音を組み立てているかなどは、聴けばすぐに分かる。この曲はフランスの有名な6人組の中心だったジャズにも明るいフランシス・プーランクが、フランスの1地方であるナゼールに住む叔母の邸宅でしばしば開かれていた集まりを題材として作曲した。その夜会の集まりの模様や会話を、前奏曲とそこで使われたテーマに基づく6つの変奏を通して表現し、最後はカデンツァとフィナーレで結ぶ。先にプーランクとジャズについて触れたが、この彼の音楽にジャズの影響がダイレクトに現れているというわけではない。だが、随所にジャズのリズムを援用したフレーズが出てくるし、それを弾きこなしたロジェの奏法とセンスには感心させられる。もっともプーランクの他の作品にはジャズのアイディアを盛り込んだ曲は少なくないので、いずれ機会を見て取り上げてみたいと考えている。少なくとも演奏したパスカル・ロジェはピアニストとしても傑出していたプーランクの書法に忠実にのっとりながら、しかし大胆なタッチで,ユーモアを忘れず、夜会の風景を生きいきと描き出した。私個人にとってはこの夜一番の聴きものだった。
アンコールはドビュッシーの『版画』からの「雨の庭」と、「月の光」。いま円熟期にあるパスカル・ロジェの優れた演奏を満喫した。(2019年9月29日記)

悠雅彦

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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