#1102 アブドゥーラ・イブラヒム @京都上賀茂神社

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2019年9月28-29日 ソロピアノコンサート @京都 上賀茂神社・庁屋
2019年9月30日 オープンクラス @錦鱗館

reported by Shuhei Hosokawa  細川周平

 

上賀茂神社の庁屋(ちょうのや)、高床式の細長い倉庫のような場所。当年84歳のアブドゥーラ・イブラヒムは、スタッフの懐中電灯に導かれてゆっくりとピアノに向かった。まるで参道を行き、祠の代わりに楽器が置かれているかのようだ。続いて当人と観客が神主よりお祓いを受けた。日本人だと習慣上、気持ちが改まる。ピアニストは楽器が置かれたカーペットのうえで靴をはく(土足厳禁の世界文化遺産なのだ)。そして姿勢を正すや、事もなげに弾き始めた。

静かな音でほとんど終始する。何かを聴かせようというより、本日の気持ちの流れを伝えるだけの謙虚な音で、角張ったところがない。いつもの曲をいつものように弾くだけ。ゆるいテンポが続くが、時々それが乱れると気持ちが前に乗る。曲の輪郭を大きく変えることはなく、新しい即興フレーズで曲の和音を展開していく通常のジャズのスタイルからはだいぶ離れている。「弾きまくる」の正反対だ。即興のフレーズ作りよりも響き作りのほうが本質的だと後で語っていた。フレーズ作りはピアニストの仕事だが、響き作りはピアニストと場所の共同作業だ、と。ピアニシモの限界に挑戦するかのような小さい音も、板壁と床と天井にうまく反響してか細さを保ったまま響いた。大体中音域に限られているが、たまに低音と高音に飛ぶと耳がはっとする。ベースが古くから聴き慣れたリズム・パターンで響いてくると「腹で聴く」状態になって心地よい。エリントン、モンク直系の分厚い和音とストライド・ピアノのリズムが基本で、録音をざっと見渡しても自作のほかはこの二人の曲しか取り上げない非常に個性的な演奏レパートリーを守ってきた。いわゆる「濃いゴスペル」風味、ジャズ好きなら思い出す「メモリーズ・オブ・ユー」「クライ・ミー・ア・リヴァー」「レフト・アローン」「ソリチュード」の節や和音が、現われるやまた消えていく。ゴスペルはケープタウンの黒人合唱の基本で、彼もまた幼い頃より教会で触れた。だから海を隔てた港町ニューオーリンズと案外近い。後日、ゴスペルの影響を訊ねると、それは外の視点から私に向けた質問で、自分から外に向けて語ることではないとはねつけられた。それだけ彼は自分の視点を確保して演奏し、また語る。

巨大なピアノと長身のピアニストは一体となり、もはや弾いている感じがしない。言葉の綾かもしれないが、鍵盤を叩くというより、その先にあるハンマーが弦を叩き、反響板にはね返って部屋中に広がるきっかけを作っているだけのように感じられた。クラシックのリサイタルでも、弾き手がピアノの性能のすべてを知り、最高の選択で鳴らしているのに感銘を受けることがあるが、つねに別の作曲者や作品という存在が、生まれてくる音との間に立ちはだかる。演奏者は楽譜を解釈し楽器、つまり道具として対したうえで、それを自分のものとしている。それにクラシックは学校で教則本を使って学ぶ。

上賀茂神社ではそれとは別のことが起きていた。アブドゥーラが自作曲を自分の流儀で弾いていたというだけではなく、自らの呼吸をそのまま指先から鍵盤を通して、音にして空間を充たしていたかのようなのだ。ピアニストと楽器と聴き手がひとつになったような気がした。こうした神秘化が胡散臭く読まれるのは承知しているが、寺社の祭礼で太鼓や笙やおみこしのかけ声を聴くときの一体感を、ピアニシモが引き出していると想像してもらうとよい。口元を見ると何かささやいている(曲には歌詞がついているそうだ)。思わず声になると、からだごと近づいてきたかのようだ。

彼が日本の古武道から学んだひとつが呼吸法で、平静を保ちあらゆる状況に身を準備させる基本が息にあるのだと、彼は二日間の演奏の翌日に開かれたオープンクラス(於錦鱗館)で教えてくれた。即興家もまたどんな音(間違った音でも)に対しても準備する稽古を積んでいる点で共通するという。95パーセントの稽古(トレーニング)と5パーセントの実演(パフォーマンス)。宮本武蔵が似たことを書いているそうで、60年代に始めた古武道は単に思想としてではなく、実践の手引きになっている。稽古したことをケンカに使おうがピアノに使おうが、「それはお前の勝手だ」と師匠に言われたそうだ。何も演奏に日本精神が宿るなどと言いたいのではない。たいていのジャズ奏者が晩年には昔の演奏を衰え気味で繰り返すのに対して、彼は「自分の音」を作るという別の原則を守ってきた。「いつものように」を守るために、稽古を重ねている。そして誰にも音律の中心(tonal center)があるといって、自分の中心音を鳴らしてみせた。それさえぶれなければ、自分の音は必ず演奏に現われる。年代順に録音を比べれば、音数も音域も順次限られてきたことがわかるが、それは少ない身振りと小声のセリフで他を圧倒する老いたる名優と同じく、何もマイナスではない。

庁屋の引き戸は開放され虫や鳥の声も雨音も平気で入ってくるが、演奏の邪魔とは誰も思わなかっただろうし、二日目は夕暮れに始まり、演奏に合わせて闇が近づいてきた(ちょうど夕立があり、また新月だった)。響きは時の流れも包みこんだ。蚊取り線香の香りが、響きを伝えるのと同じ媒体を通してあたりに漂った。外から隔離されたコンサート・ホールとはまったく違う。聖なる空間ということでは、教会がやや近いかもしれないが、そこは元より人を受け入れる空間で、今では相当世俗化している。ふだん閉じている庁屋の清らかさはない。

アブさん(と日本の友人は呼ぶ)は演奏前に楽譜帳をまず開く。五線譜はないので、何が書いてあるのか質問すると、それは秘密だ、いや電話番号だとまず笑わせてから、曲名が記されていると返ってきた。「道」(ミチと彼は呼んでいた)の脇の道標のようなものだが、どう歩いても外れてもよい。数分ごとに決まった曲にもどってくる。何度も聴くとその日のテーマソングのように耳に馴染んでくる。夢の一話が終わって少し気持ちが緩み、次に移るかけ橋のようだ。昔のソロ・アルバム(『先祖』)では、切れ目のない演奏が、忘我境(トランス)とダンスとお話し語り(ストーリーテリング)の三つどもえにたとえられている。ピアノによる夢語りを私たちは聴いているのだ。

最新ソロ・アルバムは『ドリーム・タイム』という。なぜと訊くと、夢のほうが真実を語ることを伝えたかったと答えた。たとえば今弾いたピアノには、会ったことのない職人の夢がこめられているし、人々は夢を介して出会って、一人一人の違う夢が宇宙を作っている。間違った音も半音ずらせばたいてい解決するので、本質的に間違った音はないとモンクは教えてくれた。そして悪夢のような現実も同じように、たいてい解決する道があるはずだから、夢を忘れてはならないのだ、とも。オーストラリア先住民の意識のありようにこの「夢の時間」があり、生身のからだが住む現実とは別の信仰と幻想と予言と哲学が交わる世界のことだと私が訳知り顔で返すと、同じことはアフリカの部族にもあるし、日本にもあるはずだという。確かに夢のお告げは7世紀に上賀茂神社の場所が祈祷の場に選ばれたころから存在している。

アブさんはすでに4回、そこに登場している。今回は彼のほうからいつも窓口となるジャズ喫茶ラッシュライフに、打診があったそうだ。2015年の来洛が最後と思っていたファンには、思わぬ贈り物だった。聴くたびに今日のが一番と思うのだが、当人に出来不出来はあるのかと尋ねるとこう答えた。「あなたの最高の録音はどれですかと訊かれたエリントンは言ったのさ、『次の盤が最高だ』とね」。数年後、また会えないかな。

 

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細川周平

細川周平 Shuhei Hosokawa 国際日本文化研究センター教授。専門は音楽、日系ブラジル文化。主著に『遠きにありてつくるもの』(みすず書房、2009年度読売文学賞受賞)。編著に『ニュー・ジャズ・スタディーズ-ジャズ研究の新たな領域へ』(アルテスパブリッシング)、『民謡からみた世界音楽 -うたの地脈を探る』( ミネルヴァ書房)など。

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