#1107「雪墨」 藤本昭子地歌ライブ 第95回記念公演
ファイナルカウントダウンⅥ

閲覧回数 1,065 回

text by Masahiko Yuh 悠 雅彦

2019年10月27日(日曜日)14:00     紀尾井ホール

雪墨

藤本昭子(歌、三弦、箏)
佐藤允彦(編曲、ピアノ)

1.黒髪(湖出市十郎)
2.影法師(幾山検校)
3.乱輪舌(八橋検校)
4.雪(峰崎匂当)

現在、地歌ライヴの集大成としての100回公演に向けて、最後のカウントダウンに入って奮闘中の藤本昭子が、そのファイナル・カウントダウン全10公演の残りわずかとなった第95回公演に、ゲストとして何と日本のジャズ界の巨大な異才というべきピアニストで作編曲家の佐藤允彦を迎え、地歌箏曲の世界に新たな光をあてる注目すべき演奏会を催した。
そのためさまざまなアイディアが実地に盛り込まれた。その第一が会場をいつもの小ホール(5階)から1階の大ホールへと変えたことだ。250席の小ホールに対して、大ホールは何と800席もある。私のように佐藤允彦の音楽的歩みとほぼ時を同じくして半生を送ってきた者にとって、その彼が今や地歌界の第一人者に成長した藤本昭子と生の舞台で共演するとの話を小耳に挟んだとき、もしかするとこの共演は昭子さんのご主人がビクター音楽産業に在籍されていたころにアーティストとディレクターという関係でお付き合いがあったことから生まれた企画ではないかと、勝手に想像を巡らせたものだった。だが、実はそうではないことが当日のプログラム冊子を読んで分かった。実は谷垣内和子さんが書いた解説文にはこんな件(くだり)があったのだ。「30年ほど前、藤井久仁江(昭子さんの母堂。昭和59年芸術選奨文部大臣賞受賞者。平成18年9月12日死去)師の米国演奏ツアーに同道した昭子さんは、偶然にも1ヶ月にわたって佐藤允彦氏とご一緒する機会があったそうです。その演奏に触れる日々のなかで受けた感銘も遠因となっているようです。賛否両論はもとより覚悟の上。古典を古典として、いかに現代に息づくものにできるか。真剣に向き合う気構えから生まれたプランといえます』、と。谷垣内さんは『共演に際して、古典の基本はきっちり守りつつ、そこに佐藤氏がピアノで手付けしていくイメージを考えているそうです』と続けているが、なるほど実際のステージでの両者の息の合った演奏にその基本的姿勢が存分に窺えた。
そうか、そうだったのか。ふたりの間にはそんな古い思い出話があったのか。なるほどそう言われてみれば、両者の間にはいささかの垣根もないばかりか、わだかまりひとつない、はたから見ていると仲のいい兄と妹のようにも見えた。実際、両者のやりとりはもう長いことコンビを組む兄妹のようにスムースで、はたから見る限りでは長いことコンビを組んで活躍する鴛鴦2人組のようでもあった。

プログラムも本調子の端唄あり、八橋検校が編んだともいわれる筝の独創器楽曲あり、地歌の中の端唄ではよく知られているいわば定番曲の「黒髪」ありという、地歌愛好家なら誰もが知る名曲ぞろいの4曲に加えて、ジャズ界屈指のピアニストで作編曲家の佐藤允彦をゲストに招いた異色の構成。それが地歌ファン、特に藤井昭子時代から彼女を応援してきた昭子ファンの心をとらえたのだろう。古典音楽とは、昭子さんご本人がプログラム冒頭の挨拶で触れているように「聴いて楽しむ、魅力に満ちた音楽」であり、その昭子さんが何と何年間も温め続けてその実現を待望してきた佐藤允彦との共演が実現したこの日の異色の公演は、全体的にやや一本調子(失礼!)の感は拭えないものの、地歌ファンにとって何よりも顔合わせの面白さで魅了された思い出深いコンサートとなった。
標題の『雪墨』とは、雪に墨がにじむように、古典と現代、様式と自由、東洋と西洋が溶け合って、その中から本来の姿が浮かび上がることを藤本昭子自身が目論んだことを示す造語。
それはとりもなおさず、地歌の第一人者と日本のジャズの第一人者が協調しあって地歌の新しい世界を提示し、ジャンルの異なったアーティスト同士が協調しあって新しい可能性を切り拓く有意性を追い求める豊かな未来への一種の投資でもあるだろう。
私がこの日、最も注目した1曲は第3曲の「乱輪舌」。17世紀の八橋検校作とも倉橋検校作とも伝えられる箏の独奏器楽曲。まさに「六段の調べ」とともに箏曲の最も人気ある邦楽曲といってよい。昭子さんは13弦を用い、曲の中盤からリズムに乗ったスピード感の横溢する演奏を繰り広げて聴衆を魅了した。いわゆるカデンツァ風の演奏を最後にプラスして変化を発揮。演奏の開始前に琴をセットしながら、ゲストの佐藤允彦と琴の話をはずませたトークが実に面白く、さすがトークでも佐藤が一流の話し手であることを示した数分間でもあった。ことにジャズの音楽家から見た邦楽の譜面の奇っ怪さと面白さを語って聴衆をうなづかせた。
オープニングの「黒髪」。谷垣内さんは解説文で「初歩の段階で習得する」曲で、「地歌の端歌の中では最もよく知られている曲の一つ」とあり、黒髪と白雪を対比させた歌詞の面白さも特筆したい。
一方、「黒髪」に次いで演奏された「影法師」は幾山検校と北村文子が共作した端唄。時雨の降る夜、炬燵で暖をとりながら<私がかくも痩せたのは>と恋の愚痴を歌い、遠くから聞こえてくる鐘の音を背に、自分の影法師を相手に独白するという面白い趣向の作品。佐藤は生前の富樫雅彦、山本邦山とドイツでライヴ録音したのがこの「影法師」だったことを話したが、佐藤のピアノによる導入部に続いて、昭子さんが三味線なしで歌い始め、次いでピアノの音や響きが場内の空気を鎮める展開が実に興味深かった。
最後は「雪」。ここで昭子さんは祖母の阿部桂子が使っていたという三味線を演奏した。これを聴きながら、地歌の一つの伝統が阿部桂子~藤井久仁江~藤本昭子と流れ発展していることを改めて確認した。<聞くも淋しき独り寝の、>の1節で、昭子さんは高い声を多用し、とりわけ最後の<捨てた憂き世の山かづら>で結ぶ1章を実に深い余情をたたえて歌った彼女の歌唱力には胸打たれた。ステージ上に吊り下げられたカーテンに雪がちらつき、昭子さんと佐藤允彦のピアノ演奏に降り注ぐかのように舞い降りる中で幕となった。(2019年10月26日記)

悠雅彦

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。