#850 カニサレス&新日本フィル カニサレス・フラメンコ・カルテット

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text by Akira Sekine 関根彰良

2015年9月26日 すみだトリフォニーホール
Photo by (c)三浦興一/提供:すみだトリフォニーホール

出演:
カニサレス・フラメンコ・カルテット
ファン・マヌエル・カニサレス(ギター)
ファン・カルロス・ゴメス(セカンド・ギター)
チャロ・エスピーノ(バイレ・カスタネット・パルマ)
アンへル・ムニョス(バイレ・カホン・パルマ)
松尾葉子(指揮)
新日本フィルハーモニー交響楽団(管弦楽)

曲目:
ロドリーゴ/アランフェス協奏曲
(演奏:カニサレス&新日本フィル)

ファリャ作品集
「粉屋の踊り」「火祭りの踊り」ほか
カニサレス作品集
「魂のストリング」「深淵」「悠久」「真珠の首飾り」ほか
(演奏:カニサレス・フラメンコ・カルテット)


クラシックとフラメンコ、そしてそれを越えたさらなる地平を見据えたカニサレス

初秋の土曜日、時計はまだ夕刻を指しているが空にはもう夜の帳が下り始めている。
JR錦糸町駅北口を出て右に折れると人の流れが自然にできていて、およそ10年前に一度来たことがあるだけの曖昧な記憶しか持たない私をするすると会場へと誘ってくれた。
現代フラメンコシーンを牽引するギタリスト、フアン・マヌエル・カニサレスの来日公演ツアー。その中でもこの日の公演でしか聴けないのが、新日本フィルハーモニー交響楽団との共演「アランフェス協奏曲」だ。フラメンコファンのみならずクラシックファンと思しき人々の姿も多い。
会場に入ると、ステージ上のモニターの位置が目を引いた。通常は床置きして演奏者の正面から音を返すことが多いが、この日は演奏者の背面に、箱馬を使ってかなり高い位置に上げてセッティングしている。

ほぼ定刻通りのスタート。第一部前半はフラメンコ・カルテットによるファリヤ作品の演奏が続く。
クラシックギターのレパートリーとしてもお馴染みの「粉屋の踊り」に、アンヘル・ムニョスの踊りが絡む。切れの良いサパテアード(靴音)がメロディーとシンクロし曲に新たな息吹をもたらす。大きな拍手の中舞台が暗転すると、闇の中に白い衣装を身に纏った女性のシルエットが浮かび上がる。もう一人の踊り手、チャロ・エスピーノをフィーチャーした「スペイン舞曲第1番」。優美な曲線を描くブラソ(腕)に観客はみな釘づけ。正確無比なパリージョ(カスタネット)も冴えわたる。バレエ音楽「恋は魔術師」からは3曲。「情景~きつね火の歌」はギター2人のみ。セカンド・ギターのフアン・カルロス・ゴメスがカニサレスをがっちりとサポートする。「パントマイム」では踊り手二人が再び舞台へ。男性が女性をリフトしたり、抱きかかえたり、まるでバレエやアイスダンスのような振りが斬新だ(フラメンコではあまり見られない)。「火祭りの踊り」ではムニョスのカホンとエスピーノのパリージョがエキゾチックな曲調を盛り上げる。
フラメンコに大きな影響を受けた作曲家ファリヤ。その音楽をクラシックから逆輸入し、フラメンコ的アプローチで再構築して総合芸術にまで高めている。カニサレスのプロデュース力をいきなり見せつけられた印象だ。

続いて後半は今回のライブの目玉、「アランフェス協奏曲」。
軽快な第一楽章。カニサレスの足はブレリア(フラメンコの曲種の1つ)を弾く時のように3拍子を刻む。「なんでもフラメンコで演奏できるよ」と言って、カーラジオから聞こえてくるポピュラーソングをブレリアのコンパス(拍子)で数えていたスペイン人ギタリストがいた。ちょっと強引に感じたが、そのような捉え方のほうが自然だし「らしさ」が生まれるのだと思う。オーケストラの中にただ1人入ることでカニサレス自身のフラメンコ性がより強調されて映った。
そしてお待ちかね、第二楽章へ。波を打ったように静まり返った観客席。イングリッシュホルンが奏でた主旋律をカニサレスが引き継ぐ。ダイナミクスや装飾音のつけ方がいかにもフラメンコギタリストらしい、というかカニサレスらしい。クラシックギタリストにはないアプローチに思わずニヤニヤしてしまう。カデンツァも彼ならでは。ラスゲアード(ギターをかき鳴らす奏法)はやはりこうでないと、といった趣でギターを大いに歌わせている。しかしそれでいて粗野にならず、洗練されているのがカニサレスの音色だ。小編成ながら力強い音を奏でる新日本フィルの演奏も印象に残った。第三楽章を終え場内は拍手喝采。稀代のギタリストと日本の名オーケストラとの共演に惜しみない声援が送られた。

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休憩をはさんだ第二部は、カニサレス・フラメンコ・カルテットによる演奏。カニサレスのオリジナル曲が次々と演奏された。
世界最高レベルといって良い、非の打ちどころがない演奏。私を含め観客はどんどん音楽に引きずりこまれ、と行きたいところだったが…パルマ(手拍子)の音がやたら大きい(ホール内で反響しすぎているのか)。それにギターの輪郭がはっきりせず埋もれている。おそらく第一部と同じEQのセッティングなのだろう。低音がだぶついて肝心のメロディーが聞き取れない。さらには2曲目の途中である帯域だけハウリングを起こし始めてしまった。先ほど書いたモニターのセッティングが裏目に出てしまったか(モニターからの音を拾いやすい位置にマイクがあるので当然ハウリングしやすい)。客席奥のPAの方に目をやり、両手を耳の横に上げるしぐさで音環境の悪さをアピールするカニサレス。本番とリハーサルで音量や音環境が異なりこのようになることはしばしばある。
そもそも生音が前提でPAを入れることを考えていないホールなので、PAは難しい。しかし、だからこそPA側の技術が求められる。ホール企画でPAを必要とするアーティストを招聘しているのだから、そこには注意と労力が注がれなければならない。
PAエンジニアはミュージシャンと同じくらい、いやそれ以上に音楽を知っていなければならない。生音をいかにきれいに増幅できるかどうかはPAエンジニアが生音を、またその音楽を知っているかどうかにかかっている。
フラメンコギターは単音からラスゲアード、ピアニシモからフォルテシモまでダイナミクスの幅が広い。パルマやサパテアードとの音量バランスも考えなければならない。EQもオーケストラとブレンドする音色とはだいぶ違った音作りにしないと「らしさ」は出ない。フラメンコに精通したPA会社と協力するなど、音環境にもこだわって初めて本当の意味で他ジャンルとの交流となるだろう。
しかしそんな悪条件をものともせず、カニサレスの凄まじいピカード(単音による高速フレーズ)が時空を切り裂く。エスピーノの美しい衣装と明るい笑顔も場の雰囲気をやわらかく変えてくれた。ギター2本だけで演奏された”Lejana”ではジャズ的なアドリブ・アプローチをみせたカニサレス。パコ・デ・ルシアがモーダル(スケール的)なメロディーラインしか弾かなかったのに対してカニサレスは和声進行を意識したコーダル(ハーモニー的)な音使いをする。この辺りは「パコの後継者」と呼ばれるカニサレスが持つ、パコにはない側面だ。
このカニサレスに、パコの持つきわどさ、危険な香りまで求めるのは度が過ぎるかもしれない。「後継者」という呼ばれ方がされて久しいが、カニサレスの魅力はパコとは異なると私は感じている。パコが閃きと直観に導かれた天才だとするならば、カニサレスは構築とプロデュースに長けた超一流の職人である。とりわけファリヤの曲で見られたような世界観は彼ならではのものだろう。
アンコールを含めた全プログラムが終了し、場内は割れんばかりの拍手に包まれた。CD販売とサイン会には長蛇の列、著名な日本人ジャズギタリストの姿も見られた。直後、ツイッターではコンサートを絶賛する声が多数。
クラシックとフラメンコ、そしてそれを越えた更なる地平を見据えたカニサレスの今後に目が離せない。と同時に、日本におけるフラメンコの更なる浸透と発展を祈念したい。

*初出:JazzTokyo #212     (2015.10.12)


関根彰良(せきねあきら) ギタリスト

千葉県出身。幼少の頃よりクラシックピアノを始める。12歳でロックに興味を持ちギターを手にする。
東京大学入学後ジャズに出会い、同大のジャズ研究会に所属しながらプロとしての演奏活動を開始する。文学部美学芸術学専攻卒業。
2009年夏、Anat Cohen(cl, sax)の日本ツアーに参加。
クラシックギターを井上學、フラメンコギターを山崎まさし各氏に師事。
2011年、1stアルバム『FUZZ JAZZ』をリリース。発売記念全国ツアーを行う。
2012年スペインに滞在。フラメンコギターをChano Carrasco, Manuel Parrilla, Ramón Amador各氏に師事。
2013年、アコースティックソロギターによる2ndアルバム『SOLITARY PHASE』をリリース。
2015年8月、3rdアルバム『WET & DRY』をリリース。

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