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Concerts/Live Shows特集『配信演奏とポスト・コロナ』No. 266

#1129 神田綾子+森順治

2020年5月16日(土) 横濱エアジン

Text and photos by 齊藤聡 Akira Saito

Ayako Kanda 神田綾子 (voice)
Junji Mori 森順治 (bcl, as, fl)

1. Improvisation
2. Improvisation
3. Improvisation

コロナ禍により、周知のとおり、この4月と5月にはほとんどライヴが行われなかった。その厳しい状況のもとで、いくつものヴェニューが無観客での動画配信を模索した(政府が実態を知りもせず一律に使う「ライヴハウス」とは当面は呼びたくない)。動画のクオリティはまちまちであり、媒体もさまざまである。無償でSNSやYouTubeに乗せる場合もあれば、有償で集客ライヴに替わる形を試す場合もある。

横濱エアジンも、動画配信に本腰を入れた。リアルタイムのライヴストリーミングに加え、一定期間はライヴ後でも鑑賞できる仕組みである。開店から50年を超えた老舗にしてこの精神、さすがである。とは言え、最初はiPadで撮ってみたりして今ひとつの出来であったらしい。クオリティが向上してきたのは、篤志で機材を持ち込み、収録に参加する人たちの力によるところが大きいようだ。これもまた人を集める老舗の力かもしれない。

この日は、ヴォイス・パフォーマーの神田綾子とヴェテランのリード奏者森順治との即興演奏の収録が行われた。ずいぶん前にコントラバスの池上秀夫が加わったトリオで演って以来だというが、ふたりの即興に対する姿勢もあってか、壁を突き崩すプロセスなくコラボレーションに入る。まずは神田が外から吹いてくる風のように音を持ち込み、ほどなくして森がアルトの音圧を場に与えた。

ここからはデュオならではの互いの呼応がみられた。千切られたヴォイスに呼応し、きつめのアンブシュアとタンギング。アルトの音域の広さに呼応し、高音に伸ばすヴォイス。ベンドの効果で諄々と話すようなアルトに呼応し、相槌を打ち話の流れを変えるヴォイス。囁きグラデーションを提示するヴォイスに呼応し、突き刺すようなアルトのロングトーン。

森がバスクラに持ち替え、コミュニケーションのありようが変わる。バスクラは音のクラスターの間が大きく、ヴォイスはその懐に入る。全方位にハイスピードで拡散するアルトと違い、バスクラは縦方向の積み上げのように感じられることもある。そういったことが、じっくりとした物語の創出に貢献している。

アルトに戻ると、音圧の強さがまた迫る。神田のヴォイスは森の懐から離れ、アルトの音の伸びとともに天に向かっている。ふたりの音は分散化し、ひとつひとつのフラグメンツにそのぶん強いエネルギーが注ぎ込まれる。

そして神田は口を鳴らし、森はタンギングに移行した。ふたりの撥音が小さくなってゆき、この日の即興演奏も収束した。

相互の呼応の多様性、潮目を敢えて変えようとする策動と潮目が意図せず変わってしまう偶然、ひとりひとりの作業とふたりの協力、そのようなものが現象となり演奏者と観客とに共有されるおもしろさが、即興のライヴにはある。動画配信の場合には両者の距離感や関係がまた違ったものになるだろう。この日のパフォーマンスにそれが見えたかといえば、まだわからない。即興演奏のライヴの観客はいつも少ないものなのだ。

動画配信が単にネットと画面を通じたものだということになれば、「音楽はナマがいちばんだ」という言説を超えるものとはなりえず、それは<ナマ>の代替手段としてのみみなされてしまう(本稿も<ナマ>で立ち会った結果として書かれている)。だが、<ナマ>と動画配信との違いは演奏者の表現にもフィードバックされるものに違いない。それが今後見出されてゆくべきものである。

(文中敬称略)

【追記】本記事の公開を機に、同日セカンドセットの動画が無料公開された。

>> 無料公開。神田綾子&森順治 2nd。

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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