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Concerts/Live ShowsNo. 271

#1152 佐々木久枝、岡川怜央、矢部優子「穢れ」

Text and photos by Akira Saito 齊藤聡

2020年10月18日(日) 東京都新宿区・綜合藝術茶房 喫茶茶会記

佐々木久枝(墨、花)
岡川怜央(electronics)
矢部優子(p)

矢部優子の演奏をはじめて目の当たりにしたときは新鮮な驚きがあった。そのときステージではまったく別の雰囲気を身にまとい、ピアノを足で蹴り、床にへたり込んで鍵盤を弾き続けた。即興演奏が方法論とその場での閃きとにより創出されるものだとして、矢部の場合には後者の比重が高く、その結果、体験したことのないパフォーマンスが展開される。そのおもしろさが発揮される場というものがあるに違いない。

佐々木久枝は、墨と生花とを組み合わせる表現を着想し、10年以上その世界を拡げてきた。静的な作品もあるが、故・齋藤徹(コントラバス)との出逢いを契機にして、音楽とのコラボレーションを模索している。2015年、齋藤主催のワークショップに参加した佐々木は、翌年、笠松環(朗読)、南ちほ(当時、鈴木ちほ)(バンドネオン)、行川さをり(ヴォイス)と組んで越境的なパフォーマンスライヴ『りら』を行った。2017年の第2回には、笠松、南、佐々木、そしてゲストとして齋藤を招いた。矢部とはまた異なったありようで、静かさと野蛮の両方を発散するものだった。

このふたりの表現のアウラはどちらかといえば意思に基づく清冽なものであり、それとは別に人為的でありながら匿名的な音、ときには濁りが求められているように思えた。岡川怜央のエレクトロニクスは自我をサウンドに乗せる間合いが独特であり、その極端に寄らないスタンスに音楽的な知性が感じられる。

以上が企画段階のアイデアであり、互いに初対面の三者が当日のパフォーマンスに向けてイメージをふくらませる段階からは何が起きるのか予測できないものとなる。それは簡単な展開のシナリオを矢部が書いて共有したあとも同じことである。これが即興のおもしろさだ。

ファーストセットはいわば世界の創出。暗闇の中で岡川が人為の音を響かせはじめる。明かりが灯された空間に、矢部がつかつかと入ってきてピアノの前に座った。当然だがピアノは弾けば鳴る楽器であり、蓄積された楽理に基づくクリシェなくして演奏は成り立ちにくい。一方でこれは即興である。ピアノを弾くという実践が矛盾のせめぎ合いであることによって、そのプロセスが新しい音空間をかたちづくってゆく。

佐々木も既に入っている。床にまき散らした紙を、壁に貼られた紙を、そして自身と岡川と矢部を墨で穢しはじめた。穢れとは共同体固有の不浄であり、ここに出来上がった共同体の成員と環境が穢されてゆくわけである。だが穢れは忌避されたところで、共同体の、あるいは表現の一部に他ならない。佐々木が散らし飾る花とともに、不浄もまた美的なものを構成した。

セカンドセットは、その世界で生き延びること。既に存在するものは美であろうと不浄であろうと滅びてゆく。佐々木は墨で穢され花で彩られた紙を破り続ける。誰もが驚いたと思うのだが、矢部は用意していた楽譜を破り棄て、ドビュッシーを弾いた。クリシェではなく引用であり、本人が意図したかどうかは別として、これも既存の世界が滅びてゆくことへの感傷ではなかったか。

ときにピアノが沈黙し、岡川の音が想定外のところから意識に入ってきて、みごとな間合いで世界の静かさを擾乱してみせる(岡川は絶えず全体を俯瞰していた)。あるいはその逆にピアノが再活性化する。そのような中で、佐々木は滅びゆくかけらとしての花びらを、矢部と岡川の上から散らした。その末に出来上がった残骸はまた別の世界となっていた。

このパフォーマンスは、2020年末をもって移転してしまう喫茶茶会記の独特な空間でこそ実現した。仮に続編があるとしたら、場というファクターは少なからずその内容に影響を与えることだろう。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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