#1168 第17回イマジン七夕コンサート「巨星、ラフマニノフ」

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mp2021年7月7日(水)東京・サントリーホール大ホール
Reported by Kayo Fushiya 伏谷佳代

[オール・ラフマニノフ・プログラム]
第一部
パガニーニの主題による狂詩曲op.43イ短調(酒井有彩)
ピアノ協奏曲第2番op.18ハ短調(岡田将)
第二部
ピアノ協奏曲第3番op.30 ニ短調(アンリ・バルダ)

指揮:川本貢司
管弦楽:東京交響楽団


コンサートイマジンによる恒例の七夕コンサート、コロナ禍で開催された今年は「巨星、ラフマニノフ」と銘打ち、コンチェルト3曲という聴き応え満点のプログラム。傘寿で来日を果たしたアンリ・バルダをトリに(第3番)、酒井有彩(パガニーニの主題による狂詩曲)、岡田将(第2番)と、新進気鋭と日本が誇る実力派の二人を配した。一台のスタインウェイがここまで異なる響きを見せるのかと感嘆せずにはおれない、三者三様のピアニズムを堪能。オーケストラは川本貢司指揮、東京交響楽団。

幕開けは酒井有彩。七夕にちなんでか、天の川を髣髴とさせるブルーのドレスで登場。優れた身体能力の持ち主らしく、動きに無駄がない。その瞬発力はテンポの速いところで遺憾なく発揮され、美しい流線形を描くオーケストラの弦とも伸びやかな音楽性がうまく呼応する。ラフマニノフの場合、独奏型ではなくあくまで「ピアノとオーケストラのための作品」であるため、管弦楽の一部のようにピアノの響きが沈みこむことは想定内ではあるものの、もう少々このピアニストならではの細かなニュアンスを拾いたかったような気がする(金管楽器の響きのヴァラエティも欲しい)。ラフマニノフの音楽が内包する不穏な揺蕩い(たゆたい)、随所での振り切ったような放埓なロマンティシズムの発露を、筋が抜群のこの若きピアニストの今後に期待したい。

続いて岡田将による第2番。冒頭の和音ですでに岡田ならではの壮麗なパースペクティヴが屹立。観客が覚える盤石の安定感は、巨大なピアノが「御されている」というリアリティに拠る。オーケストラへの潜行から波打ち際のように頭角をあらわしてくるピアノのリリカルで硬質な輪郭線は、パリっと糊の効いた鮮やかさ。聴かせどころは1ミリも外さない。管弦楽の一翼となりつつも、その磁力はまぎれもなくピアノであるという求心力が自然に、且つじわじわじと押してくる。テンポは決して早くないものの、細部にいたるまでの濃密さと疾走感が同居。とりわけ第2楽章のアダージョでは、岡田の音色の魅力を存分に味わえた。単音ひとつでストーリーが生まれ、どの楽器の音質とも被らない。まさに「音は人なり」。沈黙のなかでの残響同士の融合も美しい。フィナーレでみせた凄まじいドライヴ感、そのアゴーギクと帳尻の合わせ方は、まさに生来のセンスと経験の血肉化が成せる技。圧倒的な快演であった。

休憩を挟んで、いよいよアンリ・バルダによる第3番。超絶技巧で名を馳せる大曲だが、バルダの手にかかるときわめて自然な息吹として楽曲のまだ見ぬ側面が切り拓かれる。螺鈿(らでん)のような音の乱舞は柔らかで自由、一切の力みがなく飄々(ひょうひょう)としている。カデンツァも含め、楽曲の内側に入り込んでは共振するように展開してゆく。観客は極めてパーソナルな距離感から語りかけられているような気分になるのだ。この日の全体を通し、オーケストラは非常にドラマティック。スラヴ的な鷹揚さの表出という点では長けていたものの、大きなうねりになると色彩感がやや単色に感じられる。バルダの音色の真骨頂がその華麗さの影にある濃厚な哀感であるがゆえに、ニュアンスがもっと活きるような管弦楽を期待してしまう。とはいえ、第2楽章のインテルメッツォでは、バレエ団のピアニストとして鳴らしたバルダの絶妙なタイム感覚が浮き彫りにされる(冒頭で冷や汗ものの瞬間もあるにはあったが)。アタッカで突入したフィナーレは、その抜きんでた平衡感覚が、強拍が前面に出る幾多の演奏とは別次元の浮遊感を生む。あらゆる音列が平らに慣らされ、シンプルな煌めく音の粒子へと解体されてゆく過程に立ち会う高揚。その瞬間的な体験は、儚いがゆえになお一層輝かしい。(*文中敬称略)


関連リンク;
http://www.concert.co.jp/artist/arisa_sakai/
http://www.concert.co.jp/artist/masaru_okada/
http://www.concert.co.jp/artist/koji_kawamoto/
http://www.concert.co.jp/artist/henri_barda/

http://www.concert.co.jp/

伏谷佳代

伏谷佳代 (Kayo Fushiya) 1975年仙台市出身。早稲田大学卒業。幼少時よりクラシック音楽に親しみ、欧州滞在時 (ポルトガル・ドイツ・イタリア) に各地の音楽シーンに通暁。欧州ジャズとクラシックを中心にジャンルを超えて新譜・コンサート/ライヴ評、演奏会プログラムの執筆、翻訳などを手がける。

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