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Concerts/Live ShowsNo. 283

#1185 アートオブリスト2021「鈴木昭男 | 音のみちくさ「点 音」in 大府」

text & photo by Shuhei Hosokawa 細川周平

アートオブリスト2021
鈴木昭男 |音のみちくさ「点 音」in 大府
2021年10月9日〜11月7日
大府東口周辺各所

サウンドパフォーマンス&アーティストトーク「め ぐ る」
2021年10月9日(土) 16:00–17:30
大府市役所1階市民健康ロビー
鈴木昭男(サウンド・アーティスト)+ 宮北裕美(ダンサー)


鈴木昭男の音と耳

サウンド・アーティスト鈴木昭男のパフォーマンスはよく「場所に特定された」性格を持つといわれる。あらかじめやることを用意してその場に臨むのではなく、会場の空間を活かすようなアイデアを、そのたびごとに盛り込んで見せる/聴かせるからだ。場所の特徴が物理的にも、比喩的にも共鳴するようなポイントで、自作の音具を奏でる。だから演奏を聴くというより、その場所が響いているような感覚を覚える。彼の鳴らしように違いがあるわけではない。自作音具は原始的で、技術の上達は考えにくい。しかしその場にいれば、目も耳もその向こう側に連れていかれる。

愛知県大府市のアート・オブリスト・プロジェクトは今年、昭男さんを招待し、その仕上げに市役所の吹き抜けガラス張りのロビーでパフォーマンスを企画した(10月9日)。カーブを描いた大きな筒のような明るい空間で、お役所から想像される堅苦しさはない。最初の音は上から聞こえてきた。白い衣装のダンサー宮北裕美が、ガラス張りの中央エレベータをめぐるらせん階段の四階から、指にはさんだ石をカチカチ鳴らして降りてきたのだ。早く気づいた人の視線の先を他の観客が追うかたちで、彼女に注目が集まった。音が「降ってくる」演出は、この場所でしかまずありえない。地上には流木、石ころ、竹の筒と貝殻それぞれが白い布をかぶせた三つの台に置いてあり、奏者は一つずつ吹いたりたたいたりこすっては、左回りに別の台に置き直して移動した。ダンサーは彼と距離を変えつつ、音と身振りで空気を撫でるように寄り添った。

もともと石や木片にはたらきかけて作り出す小さな音は、「魂しずめ」といって鎮静的な効果を持つとされ、神事の一部を成してきた。使った音具は二人が住んでいる丹後の海辺で、砂や波や潮の満ち引きが長い年月をかけて作ってきたものと説明していた。彼の作る静寂にはよく自然神の気配を感じるが、今回は儀式性が加わり、いつもよりその感を深めた。アフタートークでは大府の空気に捧げる三宝を想定したと話していた。また「脳の大昔の部分で考える」という発言がとても印象に残った。ただし今でいうスピリチュアルには向かわず、いつでもどこでもあたりの音を意識すれば、そこで文明化以前のヒトの記憶が想像上、ひょっとすると実際上、目を覚ますと信じている。またナチュラルな音を作り出そうという一派とは反対に、作為をなるべく排除し、その場の潮に任せようとしている。

ダンサーが数分、外に出て笑顔満面で踊りまわる場面があった。中とは切り離されながら、半身だけ参加しているような位置だ。演技を中断して、ガラス越しにこちらをはやし立てているようで、観客なのに見られているような妙な気にさせられた。オーディオをオフにしても共有できる息遣いを感じた。これも通常の舞台空間ではありえない。

外の彼女を見ていると、交通の騒音や鳥の声も同時に聞こえてきた。耳の向きが変わったようだ。日常では目と耳は連動し、視野の外の音は音量を下げるか消されている。その習癖をいったん外し、耳のスイッチを全開させてみようというのが「点音(おとだて)」プロジェクトで、昭男さんが道端に描いた耳のしるしの上に立って、周りの音をじっと聴いてみようという参加型の単純な仕掛けである。エコーがよくきいた場所もあれば、風景の面白さにおやと思う場所もある。そのしるしがなければ立ち止まることはない。市役所周辺にも十数ヵ所設置され、近所の老人数名が地図を頼りに回っているのと遭遇した。「音のみちくさ」とプロジェクト全体が呼ばれているが、用もなくぶらつくことは今では贅沢になっている。その道草の一行は何が聴こえるか、次のしるしはどこか、おしゃべりすること自体を楽しんでいた。ふだん聴こえていなかったものが聴こえるので、一種の耳掃除をしているようなものだ。

屋内のパフォーマンスと屋外の点音とは連続している。どちらも聴こえる音に耳を傾け、そのずっと先にある世界に自分を投げ出してみたら、音に身をゆだねてみたら、と呼びかけている。それだけのごく素朴な辻説法を鈴木昭男は半世紀以上、世界各地で行ってきた。そしてある時、大府にやってきた。人に脱力の機会を与えた。それ以上でも以下でもない。

細川周平

細川周平 Shuhei Hosokawa 京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター所長、国際日本文化研究センター名誉教授。専門は音楽、日系ブラジル文化。主著に『遠きにありてつくるもの』(みすず書房、2009年度読売文学賞受賞)、『近代日本の音楽百年』全4巻(岩波書店、第33回ミュージック・ペンクラブ音楽賞受賞)。編著に『ニュー・ジャズ・スタディーズ-ジャズ研究の新たな領域へ』(アルテスパブリッシング)、『民謡からみた世界音楽 -うたの地脈を探る』( ミネルヴァ書房)、『音と耳から考える 歴史・身体・テクノロジー』(アルテスパブリッシング)など。令和2年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

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