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Concerts/Live ShowsNo. 284

#1189 クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]

目と耳を行き来する

text by Shuhei Hosokawa 細川周平
写真提供:東京都現代美術館

 

1.《レコード・ウィズアウト・ア・カバー》

クリスチャン・マークレー(1955-  )を知ったのは1985年ニューヨーク、ジョン・ゾーンの集団即興、コブラで複数のターンテーブルを使って各種楽曲の断片をランダムに音響化していた。ノーウェイブ的な音の渦のなかの一成分で、同じ町の黒人DJが発明したばかりのスクラッチの別の解釈と思った。だが彼はミュージシャンとは呼べない。2011年横浜では、無数の映画から時計の場面をリアルタイムで順に並べた途方もない24時間ビデオ・インスタレーション『The Clock』を8時間だけ経験した。ヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞を得たが、それでも映像作家とは呼べない。それでは誰なのか。

日本で最初のマークレー回顧展は「翻訳する」と題されている。これは彼のアプローチ全体を要約する最適の一語と思う。音を見る、絵柄を奏でる、文字を聴く、身振りを聴く―こういう一連の視聴覚間の置き換え=翻訳を、安物の映画やコミック、看板やレコードで表現してきたからで、デュシャンからウォーホールへ、ポップ・アートへ、発見物の再利用へ、コラージュ・サンプリングへという進化だか退化するアートの系譜(たとえば大竹伸朗)に、音の次元を絡ませたところが独創的だ。ただし耳からは聞こえない音(目に翻訳された音)が重要で、サウンド・アーティストではない。

中古レコードは彼のお好みの品で、黒い円盤+溝に刻まれた音楽+ジャケットという商品としての三位一体を解体して、物質、音響、グラフィックそれぞれに手を加える。元々の性格をうっすら残しながら、変形した存在に作り直す。たとえばむき出しの傷だらけの盤『ジャケのないレコード』や、盤を食べる自身の姿を撮ったビデオ作品『腹ぺこ音楽』は80年代の代表作だ。ほかに複数の盤を一枚に切り貼りして、どんな音を針が拾うか予測不可能にした連作がある。音溝を印画紙に直接撮影・拡大したモホリ=ナギ風のフォトグラム映像は、「音を見る」作品の極端な例だろう。観察に対して聴察の語を造ってもよい(造らなくてよい)。50-60年代の量販レーベルが好んだマッチョ男性の上半身とピンナップ女性の美脚写真を組み合わせた架空の両性具有アルバムは、性差のステレオタイプをユーモラスに意識させる。

2. 《アブストラクト・ミュージック》

『抽象音楽』はジャケの下地をほとんど識別できないまで塗り重ねている。オーネット・コールマンの『フリー・ジャズ』のポロックのジャケを、「前衛」的演奏内容を翻訳したアート・デザインと解釈したことに始まる作品で、そのハイアート志向を安っぽい盤で再製=再生した。タイトルは美術史用語の「抽象絵画」を無理に翻訳している(音楽は本質的に抽象的だから普通「抽象音楽」とは呼ばない)。このアルバムに衝撃を受けたジャズマンは多いが、グラフィックに読み替えたのはマークレーだけだろう。他でもムンクやヒッチコックらの傑作を引用しながら、意図的に誤訳している。名作もゴミも同じ高さに並べて、歴史的な規範を批判する姿勢はマークレーの基本にある。

映像の再利用ではストップ・モーションをよく使い、つまづいたような流れを作る。だがそれは単なる時間停止の効果を超えて、観客を死の想念に一瞬近づけては解放するかのようだ。有名無名の映画の音楽・効果音の場面をコラージュした四面スクリーン作品『ビデオ・カルテット』は、映画黄金期に対する鎮魂歌のように見えてならない。レコード作品もまた再利用しながら、過去のメディアとしてノスタルジー抜きで葬送しているように感じる。私は彼がCDへの移行期に、アナログ盤を発見したことを重く考えている。DJでもコレクターでもない。では誰なのか。

展覧会の最後の展示室には、日本人女性の手話のサイレント・ビデオが流れている。入口の部屋で観客が見た電光ニュースのように長い文字列の翻訳だという。元の文章は新聞雑誌上の音楽批評のランダム・サンプリングで、いわば「世界の音楽」を文章に翻訳している。今回はカタロニア語から日本語への翻訳を採用している。手話は第三段階の翻訳といえる。音楽は文章になり身振りになる。マークレーはこの身体言語を「音楽を見る」と評している。ろう者の「聴く」を描いた牧原依里のドキュメンタリー映画『Listen』を見たのかもしれない。こうして展覧会はループして冒頭にもどる。その最初の部屋では、電化製品の廃棄物処理(つまり粉砕)工場映像のリズミカルなコラージュを上映していた。ゴミをアートにしてご覧にいれますよという前口上である。制作プロセスには偶発性が介入するが、全体の構成(作曲)は緻密に考え抜かれており、多様に拡がるが、根底で一貫した彼の世界観+知性に圧倒された。

*写真
クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]展示風景(東京都現代美術館、2021年)Photo:Kenji Morita

1. 上《レコード・ウィズアウト・ア・カバー(再発盤)》1999
レコード φ30.5cm
個人蔵
下《レコード・ウィズアウト・ア・カバー》1985
レコード φ30.5cm
大友良英蔵

2.《アブストラクト・ミュージック》1989-1990
アクリル/レコードジャケット
©Christian Marclay. Courtesy Paula Cooper Gallery, New York

3.《ビデオ・カルテット》2002
4チャンネル・ビデオ(同期、カラー、サウンド)14’ 30”
サンフランシスコ近代美術館蔵 ©Christian Marclay

4.《ミクスト・レビューズ(ジャパニーズ)》2021
シングルチャンネル・ビデオ(カラー、サイレント)26’ 30”
Commissioned by Museum of Contemporary Art Tokyo. Courtesy of the artist


クリスチャン・マークレー  トランスレーティング[翻訳する]
2021年11月20日(土)- 2022年2月23日(水・祝)
東京都現代美術館
MUSEUM OF CONTEMPORARY ART TOKYO (mot-art-museum.jp)

音楽家がクリスチャン・マークレー作品の「グラフィック・スコア(図案楽譜)」を即興的に翻訳する関連イベントも予定されている。

2022年1月15日(土)
(1)「NO!」コムアイ
(2)「エフェメラ: ある音楽譜」大友良英
https://www.mot-art-museum.jp/events/2021/11/20211027160844/

2022年1月16日(日)
(1)「NO!」山川冬樹
(2)「マンガ・スクロール」巻上公一
https://www.mot-art-museum.jp/events/2021/11/20211027180351/

細川周平

細川周平 Shuhei Hosokawa 京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター所長、国際日本文化研究センター名誉教授。専門は音楽、日系ブラジル文化。主著に『遠きにありてつくるもの』(みすず書房、2009年度読売文学賞受賞)、『近代日本の音楽百年』全4巻(岩波書店、第33回ミュージック・ペンクラブ音楽賞受賞)。編著に『ニュー・ジャズ・スタディーズ-ジャズ研究の新たな領域へ』(アルテスパブリッシング)、『民謡からみた世界音楽 -うたの地脈を探る』( ミネルヴァ書房)、『音と耳から考える 歴史・身体・テクノロジー』(アルテスパブリッシング)など。令和2年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

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