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Concerts/Live ShowsNo. 290

#1216 田崎悦子Joy of Schubert+/遺作ピアノソナタへのいざない/Piano Trio の夕べ

2022年5月3日(火)東京・ルーテル市ヶ谷センター音楽ホール

Reported by Kayo Fushiya 伏谷佳代

〈プログラム〉
シューベルト:ピアノ三重奏曲第1番変ロ長調作品99 D.898
ピアノ三重奏曲第2番変ホ長調作品 100 D.929

〈出演〉
田崎悦子 Etsuko Tazaki(ピアノ)
城所素雅 Soga Kidokoro (ヴァイオリン)
西條貴登 Takato Nishijo(チェロ)


田崎悦子が若い音楽家たちと真の音楽の歓びを分かち合うために立ち上げたピアノ合宿「Joy of Music」は今年20周年を迎えた。また、毎回ひとりの作曲家を採り上げる同名のリサイタルシリーズのうち、6月5日に予定されている「Joy of Schubert」では、遺作の3大ソナタが奏される。その前哨戦ともいえる当夜は、晩年へと至るピアノトリオ2曲による田崎の「シュベルティアーデ」。共演は若き弦楽器奏者、城所素雅と西條貴登。

遺作ソナタと同様、このトリオ2曲も演奏時間は殊のほか長い。
春の風のような柔らかさを纏いながら、いつ昏睡状態へと反転するかもしれぬ危うさを孕んだこの長丁場は、「瞬間の歓び」という小さなモジュールの連なりと堆積による実に緻密な構築物である。その表層の浮遊感から得られる手触りのよさとはうらはらに、強烈な作曲家の意志が貫かれているのだ。いたるところで勃興する自然の息吹に、繊細な薄氷をまぶしたような田崎の一貫したテンションの持続。それらが二重の牽引力となって聴き手を非日常へと連れ去る。

田崎の音は速い。電光石火、いかなるテンポにあっても瞬時に音の個性が決まる。海抜ゼロから可聴域にしのびこむ。光が空中分解するかのような無重力の消失まで、自在なタッチで魅了する。D.929のアレグロやアンダンテで見せた、低音域でのピアニシモの蠱惑。大地の鼓動のようなパーカッシヴな轟(とどろ)きで、共演者たちのみずみずしい歌心を底支えする。

絶え間ない転調によるテーマの持続は、いつしか奏者たちの耐久戦のような様相を帯び、あらゆる構えが取り払われて剥き出しの個性を露わにしてゆく。脱皮に立ち会うかのような清々しさ。これぞ「シュベルティアーデ」が目指す究極なのではないか。(*文中敬称略)


関連リンク:
https://www.etsko.jp/
https://www.pmf.or.jp/jp/artist/connects_live/chikaho1/L22.html
https://mobile.twitter.com/termaetakato
https://joyofmusic.jp/
http://www.camerata.co.jp/artist/detail.php?id=366

伏谷佳代

伏谷佳代 (Kayo Fushiya) 1975年仙台市出身。早稲田大学卒業。欧州に長期居住し(ポルトガル・ドイツ・イタリア)各地の音楽シーンに通暁。欧州ジャズとクラシックを中心にジャンルを超えて新譜・コンサート/ライヴ評(月刊誌/Web媒体)、演奏会プログラムやライナーノーツの執筆・翻訳など多数。

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