#1219 酒井俊+瀬尾高志+須川崇志+市野元彦

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Text and photos by Akira Saito 齊藤聡

2022年5月15日(日) 千葉市・Jazz Spot Candy

Shun Sakai 酒井俊 (vo)
Takashi Seo 瀬尾高志 (b)
Takashi Sugawa 須川崇志 (cello)
Motohiko Ichino 市野元彦 (g)

1st set
1. Both Sides Now(Joni Mitchell)
2. On a Slow Boat to China(Frank Loesser)
3. かくれんぼの空(Víctor Jara, 酒井俊)
4. Something Cool(Billy Barnes)
5. 香水(瑛人)
6. ナーダム(酒井俊/林栄一)
2nd set
1. Angel Eyes(Earl Brent / Matt Dennis)
2. 回想(酒井俊 / 林栄一)
3. My Way(Gilles Thibaut and Claude François / Jacques Revaux)
4. 思ひで(鈴木常吉 / アイルランド民謡)
5. 夜へ急ぐ人(友川かずき)
6. A Song for You(Leon Russell)
7. とんかつの唄(佐藤一郎 / 松井八郎)

酒井俊が久しぶりの国内ツアーを行っている。ベトナムに移り住んで長い彼女は、コロナ禍の制約で渡航もままならず、それどころか自宅から一歩も出ることができない生活さえ送っていた。今回ライヴの予定を詰められるだけ詰めているのも、その喜びによるものにちがいない。この日はコントラバス、チェロ、ギターという弦楽器奏者3人が酒井を囲んだ。

内省的に<Both Sides Now>で耳を引き寄せた直後に、弦のピチカートから愉しげに入る<On a Slow Boat to China>に身をゆだねていると、もう俊さんの音楽世界にいることに気づかされる。<かくれんぼの空>は、チリの歌手ビクトル・ハラの<平和に生きる権利>を酒井が翻案し、繰り返し歌ってきた歌だ(1998年の酒井のアルバム『Beyond Time』ではじめて聴いたときの鮮烈な印象は忘れがたい)。だが、チェロの弓、コントラバスの指が静かに世界を作り、色気をもってギターがすっと入る中で、「くすくす」「ひゅうひゅう」と囁く声は同じことの繰り返しではなく、この場かぎりで生を讃えるようなものだ。酒井は力を得て独特のスキャットで次第に強くサウンドを構築してゆく。そして一転し、かつてジューン・クリスティが歌った<Something Cool>によって泣き笑いのような雰囲気のバーに連れてゆかれる。アブストラクトなアプローチによる外れようが酔いを追体験させてくれもするもので、やはり『Beyond Time』での音とはまったく異なっている。ところで、酒井は同アルバムでは<Martha>、また『あいあむゆう』や『夢の名前』では<Grapefruit Moon>とトム・ウェイツの歌を取り上げてもいる。ライヴ後に今回のツアーで歌うつもりはないのかと訊いてみたところ、歌いたいものが多すぎると答えてくれた。愛すべき世界をたくさん抱え持つ人なのだ。

<香水>では須川がチェロをギターのように横に持って奏で、「でもまた同じことの繰り返しって 僕がフラれるんだー!」と酒井が叫ぶ。<ナーダム>は酒井の詩に盟友・サックス奏者の林栄一が曲を付けたものである。チェロとコントラバスによる勇猛で重層的なイントロのあと、閃光のように入ってくる市野のギターもすばらしい。

セカンドセットは<Angel Eyes>を経て、ふたたび林栄一が曲を付けた<回想>を持ってくる。透明感のあるギターソロから始まり、「小さな指との約束」と歌うところで須川のチェロの弓がやさしく、また「笑い声、青の光線」のところで瀬尾の指弾きが絶妙にしずかに入る。チェロの音は伸びてきて、駆け上がってくるコントラバスとともに場の気を持ち上げる。

ここで、酒井は2020年に逝去した鈴木常吉の<思ひで>を取り上げた。彼女は「ヘタウマの常さん」と呼ぶのだが、たしかに声の揺れ動きは独特のものだ。酒井は「思い出」の「出」をかすれ声で歌い、故人への想いが強く伝わってきた。

性急な弦3人に乗って内にこもり吐き出す血肉のグルーヴ<夜を急ぐ人>、また<A Song for You>を経て、アンコールは<とんかつの唄>。映画『喜劇 とんかつ一代』で森繁久彌が歌った主題歌であり、演者も客も皆破顔一笑。

「魂のなになに奏者」や「魂の歌手」といった呼称は、その人の内部で湧き出てきたものを表出する際にいったん方法論に落とし込む割合が低い場合に使うのかもしれない。安易なことばでもある。だが酒井俊の場合にはわけがちがう。ステージ前の準備はかなり入念に行い、そのうえで、演奏中の感情のゆらぎを直情的に声や振る舞いに乗せてみせる。どのステージも観てみたいと思ってしまうのはそのためだろう。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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