#1231 高瀬アキ+岡登志子「キッチン」

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2022年8月13日 西宮市フレンテホール

text by Shuhei Hosokawa  細川周平
photo by MATSUMURA Yoshiharu 松村芳治(提供:西宮市フレンテホール)

 

構成・演出:高瀬アキ、岡登志子
振付:岡登志子
音楽監督:高瀬アキ
出演: 高瀬アキ(p)  ダニエーレ・ダガーロ(cl)  チアラ・デ・サンティ(vo)  アナリーゼ・ポントン (vo)
ダンス:垣尾優 糸瀬公二 桑野聖子 松村有実 小松菜々子 野村王雅 岡登志子

 

高瀬アキが関西に来るというので、一も二もなくチケットを買い求めた。会場の西宮市フレンテホールは初めて聞く名前だった。子どもの発表会や市民向け催しがよく開かれる場所と後でわかり、当然と思った。入ると多目的ホールに黒いマットが敷かれ、三方からそれぞれ五、六〇人ずつが座れる簡易式の客席が取り囲み、奥にピアノが置かれている。そして客席の大部分は小学生以下のお嬢ちゃん(と若干のお坊ちゃん)とママ(と若干のパパ)で、ベルリン・コンテンポラリー・ジャズ・オーケストラ@ECMのTシャツを着てくるオヤジは、どこの人という空気だ。

『キッチン』は神戸を拠点におくダンサー岡登志子と高瀬アキの共同作品。二人は2007年にデュオをして以来、長い信頼関係にある。コロナ禍のために3年間延期のうえの上演である。食べることは生きることをモットーに、子どもに観客を広げた演出で、素敵な衣装のスパイス娘のトリオが軽々と飛び回ったり、つまみ食い小僧のトリオが台所用品と戯れる場面があった。日用品が舞台に上がるだけで愉快な気分になる。子どもが小さかったころを思い出していた。全員で並んでパンやニンジンを削る場面は全体のクライマックスで、あ、ニンジン、と幼児が反応しあたりがほぐんだ(その後に小僧のうちの長男が掃除するお行儀の良さ)。もっといろいろな野菜食材を出演させればよかったと思う。そのほか、開演前から壇上に待機していたワークショップ参加の子ども20名が、やっとダンサーに導かれて舞台を走り回り、リズム打ちをしたときに、場内の温度が一番上がったと思う。許されたならママパパはインスタを撮りまくっただろう。音楽的にはイタリア人歌手の「フニクリ・フニクラ」デュエットが唯一客席が乗れる時間だったようで、その場ででたらめ合唱を許せば、もっと昂揚感が得られたかもしれない。そういう気持ちよさを二人の演出者は望まないのかもしれないが。

イタリアからの三人、クラリネットのダニエーレ・ダガーロ、ヴォーカルのチアラ・デ・サンティとアナリーゼ・ポントンがアキさんの相手。彼女の抽象的な曲だけでなく、対照的なイタリア民謡らしき明るい歌を「流して」歌い演奏する。音楽だけ、ダンスだけの時間も長い。終盤近く数分だけ高瀬+岡の即興があり、ふだん見ているあたりにぐっと近づいたが、小さい子どもが黙っているのに退屈し始める時間帯で、気の毒にも浮いているように見えた。最後になって、リズム打ちしていた少女の一人が舞台中央に再登場し横になり、ダンサーがタオルをかけた。こうしておなかをすかせて台所にまぎれ込んだ女の子のファンタジーという全体の構成が落とし場所を得た。この物語は岡登志子の発案だろうが、音楽家に説明したのはアキさんに違いなく、食関連らしい歌についてもっと知りたく思った。

60分の舞台は、これ何だろうと思っているうちに終わった。ロビーでアキさんはワークショップで知り合ったらしい親子数組に囲まれ、おみやげをもらいCDにサインしていた。本誌読者が知るどちらかといえば大人向けの即興家とは違う顔がそこにあった。コリクツもんはそこにいてそこにいない。帰りに同じビルにある地元醸造元の店で奈良漬けを買って帰った。オヤジのキッチン・ファンタジーにうってつけ、かな。

細川周平

細川周平 Shuhei Hosokawa 京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター所長、国際日本文化研究センター名誉教授。専門は音楽、日系ブラジル文化。主著に『遠きにありてつくるもの』(みすず書房、2009年度読売文学賞受賞)、『近代日本の音楽百年』全4巻(岩波書店、第33回ミュージック・ペンクラブ音楽賞受賞)。編著に『ニュー・ジャズ・スタディーズ-ジャズ研究の新たな領域へ』(アルテスパブリッシング)、『民謡からみた世界音楽 -うたの地脈を探る』( ミネルヴァ書房)、『音と耳から考える 歴史・身体・テクノロジー』(アルテスパブリッシング)など。令和2年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

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