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Concerts/Live ShowsNo. 294

#1233 喜多直毅クァルテット+ジャン・サスポータス+ベネディクト・ビリエ『舞曲』

2022年9月15日(木)田園調布・いずるば

Reported by Kayo Fushiya 伏谷佳代
Photos by Masanori Kondo 近藤真左典

出演:
喜多直毅クァルテット
喜多直毅(作曲・ヴァイオリン)
北村聡(バンドネオン)
三枝伸太郎(ピアノ)
田辺和弘(コントラバス)

ジャン・サスポータス Jean Sasportes(ダンス)
ベネディクト・ビリエ Bénédicte Billiet(ダンス)

1. 春(クァルテット)
2. さすらい人 (クァルテット)
3. 死人〜タンゴ的即興〜酒乱(QT+ベネディクト・ビリエ)
4. ふるさと(QT+ジャン・サスポータス)
5. 街角の女たち(QT+サスポータス)
6. 峻嶺(クァルテット)
7. 海に向かいて(QT+サスポータス/ビリエ)

*アンコール “Les yeux ouverts “(サスポータス/ビリエ/矢萩竜太郎)


四方コンクリート壁の「いずるば」。ひとつひとつの音の輪郭がくっきりと浮かびあがる。鋭い筆勢のように空間に彫りつけられる音像は、時間の推移とともに陰影に富む磁場となる。

この日は日本とドイツの文化交流プロジェクト『Beyond the Sea 2022』で来日中のダンサー、ジャン・サスポータスとベネディクト・ビリエがクァルテットに絡み、肉体の気配と音との交錯、視覚と聴覚を超えた、研ぎ澄まされた五感の拡張に挑む。

ダンサーの「佇まい」が濃厚だ。サスポータスとビリエのふたりは、演奏の幕開けとともに舞台にひかえるが、音楽と交わらない。「不在の在」にしてじんわりと空間と観衆心理に割り込みはじめる。実際に舞と音楽が交錯するのは3曲目から。突如現れる肉体ーピリエの一挙手一投足は音と呼応し、秒刻に肉体が錘(なまり)のように寄りかかっては逆方向のベクトルへ引っ張る。瞬間が否応なくひきのばされ、強調される。ダンサーの視点は虚を見つめており、決して観客と交わることはない。その分断されたリアリティが、ダンサーの表情ひとつひとつへの注視へと観客を導く。表情はモーション(動性)として記憶に刻印される。

「ふるさと」ではサスポータスがハンドベルを鳴らしつつ、ステージの左袖から横断、楽曲が喚起する記憶の領域にひびを入れながらも、同時に深める。続く「街角の女たち」では、ドレス姿でユーモラスに舞う。性別を超越したコケティッシュな表情はぎりぎりのところで品位を保ちながら、音楽にひとつの可視化されたリアリティを提示。しかし決して押しつけがましくない。

この日のクァルテットに関していえば、ヴァイオリンとコントラバスが弦楽器の臨界点を赤裸々に見せつける。いわゆる生の通常音とノイズの近似値。肉体と楽器との境界はさらにシームレスに。喉から絞り出すようなヴァイオリンの音色、「えげつなさ」と紙一重のむきだしの肉声感が、薫り高い香気へと一気に跳躍する芸術性。そうした決然たる翻(ひるがえ)りは一朝一夕で得られるものではない。音色の行方を慈しむかのように、バンドネオン・ソロが大きくフィーチャーされていたのも聴き応え充分。ピアノの単音が生み出す透明度も素晴らしい。音楽がカヴァーする熱の高低、イメージ喚起力、その劇的な振れ幅と表裏一体の軸芯のしなやかさ。

終曲「海に向かいて」では、密着したふたりのダンサーの俯瞰するような視線が印象的。そこにエロスの要素はなく、限りなく柔和でニュートラル。人間という括りさえ超えた多視点のまなざし。一体何を見ているのか。表現者が表現手段を超えるーあらゆる”Beyond”の境地を体現していた。(*文中敬称略)



<関連リンク>
https://www.naoki-kita.com/
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https://synthax.jp/RPR/mieda/esperanza.html
https://www.facebook.com/kazuhiro.tanabe.33?ref=br_rs

http://www.jsasportes.com/main/index.php
http://www.lalunadancecenter.com/chi-siamo/staff/benedicte-billiet/

伏谷佳代

伏谷佳代 (Kayo Fushiya) 1975年仙台市出身。早稲田大学卒業。欧州に長期居住し(ポルトガル・ドイツ・イタリア)各地の音楽シーンに通暁。欧州ジャズとクラシックを中心にジャンルを超えて新譜・コンサート/ライヴ評(月刊誌/Web媒体)、演奏会プログラムやライナーノーツの執筆・翻訳など多数。

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