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Concerts/Live ShowsNo. 298

#1246 Trio SAN〔齊藤易子 (vibraphone) 藤井郷子(piano) 大島祐子 (drums) 〕日本ツアー 2023「神戸公演」

text by Ring Okazaki  岡崎 凛

1月22日(日)13:30 open 14:00 start
神戸100番ホール
兵庫県神戸市中央区江戸町100番地
TEL:078-331-1728
予約¥4,000 当日¥4,500 学生¥2,000 (+drink)

Trio SAN
齊藤易子 (Taiko Saito) – vibraphone
藤井郷子 (Satoko Fujii) – piano
大島祐子 (Yuko Oshima) – drums
supported by Senatsverwaltung für Kultur und Europa and (株)こおろぎ

(上記は100BANホールのフェイスブック、イベント案内より転載)


drums, purcussions, a vibraphone, and a piano for the concert by Trio SAN
drums, percussion, a vibraphone, and a piano at the concert

<Trio SAN 日本ツアー2023年>
100BANホールの公式HPには、「2022年6月にヨーロッパのデビュー・ツアーで大好評を博した Trio SAN の逆輸入ツアー神戸公演!」という見出しが本イベントにつけられていた。
このトリオについては、本誌JazzTokyoのnewsに載った紹介文をまず引用したい。

フランス(大島祐子)、ドイツ(齊藤易子)、日本(藤井郷子)とそれぞれ異なる都市に活動拠点を置く女性3人が結成したTrio SAN。デュオとしてライヴやCDを通して活動してきたヴィブラフォンの齊藤易子とピアノの藤井郷子にドラムスの大島祐子が加わってトリオを結成、2022年6月にヨーロッパ・デビュー・ツアーを敢行、各地で大好評を博した。今回が待望の日本デビュー・ツアーとなる。ツアーは東京から松山まで7公演を予定。なお、今秋には昨年のベルリンでの演奏を収録したファーストCDがリリースされる。

上記に続き、本公演のフライヤーに記載された3人のプロフィールが紹介されている:
https://jazztokyo.org/news/post-83070/

<会場・神戸三宮100BANホールでの音の広がり>

drums, purcussions and vibraphone at the concert of Trio SAN
drums, percussion and a vibraphone at the concert

開演の15分前、ドラムセットの近くの席に座った。100BANホールには2階席があり、2セットめからは上から見下ろしてトリオの演奏を見るのもいいと思ったが、この公演は長めの1セットで休憩なしだったため、席の移動はできなかった。しかしピアノとヴィブラフォンの音の広がり具合が良好で、いいバランスでそれぞれの楽器の音が聴こえてくる。ドラムの激しい叩き込みも、音がすっと上に抜けていくようで、耳に負担が少ない。

このホールでは、とりわけヴィブラフォンの音の広がりがいいと感じた。この楽器に詳しくないので「ボウイング奏法」について調べてみると、音板の端を弓で擦ると、高速で振動した音が連なって長い一音に聴こえる、ということらしい。これにはシンセサイザーのドローン音とは異なる魅力がある。齊藤易子がどんな道具を使ってあの音を出していたのかはよく見えなかったが、ヴィブラフォン演奏での弓の使用はわりと一般的なものらしい。聴こえてくる音をあえて擬声語で書けば、ホワーンと広がる音、とかになってしまい、実際の感覚とずれてしまうが、カラフルな音が厚い層をなすようにして耳に届き、ゆっくりとその揺れを受け取るのだ。

こうした演奏は、藤井と齊藤のデュオ「Futari」のCDで聴いても素晴らしい音に仕上がっているが、目の前にある楽器の音の振動を体感するのは格別だ。この点ではピアノもドラムも同じなのだが、なかなかヴィブラフォンを聴く機会がないので、少し贔屓目になってしまうのかもしれない。また、ヴィブラフォニスト齊藤易子のメインアクトは、マレットを使ったリズミカルで躍動的な演奏なので、あまりこの奏法に固執して書くのはよくないのだが、最近になって電子音楽を聴く楽しみが分かってきたこともあり、アコースティック音で聴くこのようなアンビエント・サウンドには非常に魅力を感じる。
藤井と齊藤のファースト・デュオアルバム『Futari : 藤井郷子+齊藤易子/ Beyond』については、本誌No.268に齊藤聡氏がディスクレビューを寄稿している:https://jazztokyo.org/reviews/cd-dvd-review/post-54766/

<全曲新曲で挑んだTrio SANのステージ>
齊藤がヴィブラフォンから揺らめく長い音を送り出し、大島が低いドラムの音を轟かせ、藤井がピアノの内部に触れ、やや歪んだ音を響かせ、不穏なムードが会場を包み込んでいく。じっくりと共演者の動きを見極めながら、最初の一音を発するタイミングを見計らう3人から目が離せない。大島がシンバルから鳴らす摩擦音も印象的だ。3人はそれぞれの音の表情を丁寧に作り上げ、互いの反応に磨きをかける。
しかし、静かにゆっくりと音を響かせ合う「序章」の段階を過ぎると、トリオの演奏が次第に熱を帯び、スピード感も加わる。ダイナミックに叩き込むドラム、パーカッシヴに激しく鳴るピアノ、マレットが飛び交うヴィブラフォン。力強くうねるような流れの中で、3人はリズミカルに踊り回るようだ。
最初の曲ではこのように、じわじわとクライマックスに向かう形だったが、もちろんトリオの「攻め方」は何通りもある。ジャズよりもプログレッシヴ・ロックに近いと感じるときもある。トリオ・サウンドが佳境に入るとき、ふと聴こえてきたメロディーに、これは藤井郷子らしい曲だなと思う瞬間があった。これが本当に彼女の曲かどうかは、トリオのアルバムがリリースされれば分かるだろう。ジャズとプログレ、アンビエントなど、さまざまな音楽を横断していく3人のアルバムは、今秋に発売が予定されている。

今回のツアーで演奏される曲は全て新曲で、1月15日に東京からスタートした約1週間の日本ツアーが終われば、すぐにレコーディングにかかるのだという。この神戸公演の翌日に愛媛県松山市で公演し、次の日にレコーディングを行うのは、かなりの過密なスケジュールだと思うが、休みなく音楽と向き合う藤井郷子にとってはごく普通なのかもしれない。この2年あまりは新型コロナウィルスの影響で、海外勢と一堂に会することが難しかったから、待ちに待ったレコーディングなのだろう。「明後日はレコーディングです」と語る藤井郷子の声は少し弾んでいるように聞こえた。

From left, Taeko Saito, Yuko Oshima and Satoko Fujii (Members of Trio SAN)
Trion SAN: (from left) Taeko Saito, Yuko Oshima and Satoko Fujii

<怒涛のトリオ演奏の合間にほっと一息、意外なショータイム>
デュオを組む2人にドラマー大島が加わってTrio SANが生まれたようだが、大島が新加入だという印象は特に受けない。3人は和気あいあいと語り合い、とても仲が良さそうであり、ファンからは「三人姉妹」、「かしまし娘」などと呼ばれているのだという。演奏では緊張感に満ちたハードなフリー・インプロヴィゼーションの応酬がある一方で、曲の合間には冗談を飛ばし合っている。

さて、本ツアー中に、ドラマーの大島はフランスの文化庁の要請を受け、長唄研究のために京都を訪れていたという。そして名古屋公演ではすでに長唄を披露したということで、「(この神戸公演でも)大島さんが歌うかも知れませんよ」と藤井が言い、観客も興味津々となるが、彼女はなかなか歌おうとしない。しかしトリオの演奏が残り数曲となった頃に、ついに「(長唄の)楽譜を持ってきていいですか」と言ってステージから離れた。するとその間にヴィブラフォンの齊藤が、ホールのカウンターでコーヒーを受け取り、にこやかに観客席に座って大島の出番を待った。このコンサートでこんな面白い一幕があるとは、全く予想しなかった。こうして皆の見守る中、大島が歌い始め、合いの手の三味線も自分の声で再現。もちろん拍手喝采を受けた。その後大島が長唄の説明を終えると、一瞬にして激しいドラミングが始まり、トリオの楽曲へと戻っていった。コンサート終盤では、3人のインタープレイがますます激しさを増していった。

少し演奏以外のエピソードが長くなってしまったが、個性派でユーモアあふれる3人の女性演奏家の「オン」と「オフ」の切り替えの鮮やかさを語っておきたかった。芸達者な大島のダイナミックかつ繊細なドラムは、これまでの藤井・齊藤のデュオが築いた世界をいっそう刺激的なものにしている。彼女については、最近知ったフランスの前衛的なピアニスト、Eve Risser (イヴ・リセール、またはエヴ・リセールと表記)との共演者であり、他にもユニークな活動をするフランス在住の日本人ドラマー、という程度の認識だった。ストラスブールでドラムを学んだ彼女が、その後フランスの公的な文化事業に携わり、京都の長唄の会に参加したとは、とても意外だが、具体的な資料があれば読みたいと思う。

<2022年12月リリースの藤井郷子の通算100枚目のアルバムについて>

CDs by pianist Satoko Fujii
CDs by pianist Satoko Fujii including her new album『Hyaku, One Hundred Dreams』

海外のジャズ批評家から賞賛の声が止まないピアニスト、藤井郷子は、通算100枚目のアルバム『Hyaku, One Hundred Dreams』を昨年(2022年)秋にニューヨークで録音し、この12月にリリースしたばかりだ。モリイクエ、ワダダ・レオ・スミスなどが彼女の元に集まり、彼女の夫であるトランぺッター、田村夏樹も参加している。日本が誇る音楽家夫婦の共演作がまた一つ生まれ、「百の夢」を意味するタイトルがつけられたのは感慨深い。このアルバムの詳細については記事の最後に記した関連リンクを参照頂きたい。

この記念すべきアルバムの発表後も藤井郷子は休みなく活動を続けているようだ。1月15日の夜からスタートしたこのTrio SANのツアーだが、15日に彼女は、新宿Pit Innで田村夏樹など、延べ 33 名と「田村、藤井の昼夜ぶっ通し公演」を行っていた。この日の6演目の1つがこのTrio SANだったと知り、彼女の気力と体力は尋常ではないと思った。この過密なスケジュールをこなし、本ツアーの終了翌日には3人のレコーディングが予定されていた。彼女がどれほど精力的に活動する音楽家であるか、下記のレビューにも述べられているが、聞きしに勝る強者ぶりである。

『藤井郷子/Hyaku, One Hundred Dreams』に関する記事:
稲岡邦彌編集長と松尾史朗氏によるディスクレビュー、および稲岡編集長による藤井郷子へのインタビュー記事が本誌No.297に掲載されている。
(稲岡邦彌氏:)https://jazztokyo.org/issue-number/no-297/post-82262/
(松尾史朗氏:)https://jazztokyo.org/reviews/cd-dvd-review/post-82360/
Interview #255 藤井郷子〜100作目のCDをリリースして:https://jazztokyo.org/interviews/post-82380/


岡崎凛

岡崎凛 Ring Okazaki 2000年頃から自分のブログなどに音楽記事を書く。その後スロヴァキアの音楽ファンとの交流をきっかけに中欧ジャズやフォークへの関心を強め、2014年にDU BOOKS「中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド」でスロヴァキア、ハンガリー、チェコのアルバムを紹介。現在は関西の無料月刊ジャズ情報誌WAY OUT WESTで新譜を紹介中(月に2枚程度)。ピアノトリオ、フリージャズ、ブルースその他、あらゆる良盤に出会うのが楽しみです。

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