Reflection of Music Vol. 89 田村夏樹・藤井郷子の昼夜ぶっ通し
田村夏樹・藤井郷子の昼夜ぶっ通し @新宿ピットイン 2023
Satoko Fujii & Natsuki @Shinjuku PIT INN, January 15, 2023
Photo & text by Kazue Yokoi 横井一江
田村夏樹と藤井郷子による毎年1月恒例となった感がある昼夜ぶっ通しのライヴが1月15日に新宿ピットインで行なわれた。
藤井郷子は、昨2022年ニューヨークで録音したリーダー作として100枚目となるアルバム『Hyaku, One Hundred Dreams』(Libra Records) をリリースしたばかり。既に各メディアで高評価を得ているが、このアルバムは彼女のニューヨークでのオーケストラを含めた活動、そこで得た人脈によるプロジェクトだ。100枚目というメルクマール、またこのラージ・アンサンブルに参加しているミュージシャンのラインナップからして、アメリカ、日本のみならず多くの人の目に止まったとしても不思議ではない。
藤井と田村は国内外で活動しているが、『Hyaku, One Hundred Dreams』が藤井のニューヨークでの活動のひとつの集成であったとするならば、日本国内をベースにしたローカルな活動はどうなのか。1月15日のライヴは、多岐に亘るそれを一日で「あれもこれも」見せちゃおうという、謂わば個人フェスティヴァルである。最初にこのような形でライヴを行なったのは2010年、ガトー・リブレ、ファースト・ミーティング+ネルス・クライン、Ma-Do、藤井郷子オーケストラの4バンドが演奏した。なにか大きな企画をやろうという意識よりも、「あれもこれもやれば、バラエティがあって面白いかなぁ」という思いつきによるものだったらしい。最近では新宿ピットインで昼夜通した企画が行われることは珍しくないが、その先駆けではなかっただろうか。その後、しばらくこのような企画は行なっていなかったが、2017年より「あれもこれも」と題して毎年続けられている(2021年は予定していたものの藤井の体調不良のため中止)。今年の「あれもこれも」は合計6バンド、長年継続しているオーケストラもあれば、しばらく活動がなかったバンド、また日本デビューのトリオもあり、バラエティに富み、観ているほうも飽きなかった。
当日のステージを少し振り返ってみよう(出演者、セットリストとスライドショーは文末に)。最初のセットは藤井郷子オーケストラ東京、3年ぶりの演奏である。1997年結成のオーケストラだが、半数以上が結成以来のメンバーだ。冒頭の曲<Peace>は物故したメンバー、ケリー・チュルコに捧げられた曲、そして最後も2017年に亡くなった木村昌哉へのトリビュート作品だったため、ちょっとしんみりした気持ちになった。久しぶりに見たオーケストラは、濃いキャラクターが揃っているだけに、フロントのソロ(と泉邦宏の暴れ方)も以前よりパワーアップして聞こえた。アンサンブルのダイナミズムは言うまでもない。このオーケストラは今後もずっと継続してほしいと思う。2セット目はThis is It!、ここでは井谷享志のパーカッションがキモだ。小物類にもこだわりがあって全て持参してきたとのことでパイプ椅子まで持ち込んでいたのにはびっくり。そしてまた、田村のトランペットによる多彩な表現が聞けたのが嬉しい。昼の部最後を締めくくったのは、藤井郷子カルテット。2000年代に活発に演奏していたバンドで、2001年にはメールス ・フェスティヴァルを始めとするヨーロッパ・ツアーを行なっている。過去リリースされた5枚のアルバムから一曲づつ演奏したが、久々のライヴだったにも拘らず、勝手知っていると言わんばかりにパワフルでスピード感のあるドラミングで押してくる吉田達也、ベースラインを支える早川岳晴 、彼らに触発されるように田村もエネルギーを放出する。たとえ十数年のブランクはあったにせよ、演奏を重ねてきただけに、より自由度の高い演奏、ダイナミックな展開が小気味良かった。
夜の部は、昨年結成されたTrio SANで始まった。藤井とベルリン在住のヴァイブラホン奏者齊藤易子とストラスブール在住のドラム奏者大島祐子、それぞれ住む都市もバックグラウンドも世代も異なる3人によるトリオ。齊藤易子は既に藤井とのデュオ「フタリ」でアルバム『Beyond』(Libra Records) をリリースしている。もうひとりのメンバー、Yuko Oshimaの名前をピアニストEve Risserとのドンキー・モンキーというプロジェクトで私が知ったのは随分と前、ロックなドラミングが記憶に残っていただけに、いったいどのようなトリオになるのかと興味津々だった。ヴァイブラフォンの特性、その音響的な広がりを勘案した作品、そして大島の静的なプレイと藤井の内部奏法が響きあう。かと思えば、爆発する大島のドラミングというコントラスト。この後に日本ツアーが行われ、録音も行なっているので、CDではステップアップしたサウンドが聴けるだろう。ちなみに大島はアンスティチュ・フランセのヴィラ九条山のアーティスト・イン・レジデンスで滞在ということなので、別の機会にその演奏に触れることが出来るかもしれない。ちなみにヴィラ九条山に滞在した即興音楽関連のミュージシャンには1990年代にはジョエル・レアンドレ、今世紀に入ってからはマチュー・メツガーやフレデリック・ブロンディがいる。
5セット目は、ベースに須川崇志 、ドラムスに竹村一哲を迎えた藤井郷子東京トリオ。 割と新しいプロジェクトで、CD『Moon on the Lake』(Libra Records) を2020年録音、昨年はヨーロッパ・ツアーを行なったという。この日は主にアルバム収録曲を演奏。ピアノ、ベース、ドラムスというオーソドックスな編成だが、いわゆるピアノ・トリオ的な演奏とは一線を画した三者のコラボレーションが聴きものである。フリーな展開の<Keep Running>、それとは対照的に空間が音響的に満たされる<Moon on the Lake>といい、今が旬のバンドならではの際立った演奏であり、藤井のピアノを堪能できたステージだった。そして、最後を締めたのは田村、藤井の二人に巻上公一 、広瀬淳二、ナスノミツル、芳垣安洋という顔ぶれの「お年玉バンド」。演奏するのは全て田村の作品、一年に一度の顔合わせだけにまずはステージ上での打ち合わせから入る。今回とりわけ印象的だったのは巻上公一の圧巻のテルミン・ソロ、ひと癖もふた癖もあるミュージシャンによる自由度の高い演奏で、「あれもこれも」は締めくくられた。
この二人のネクスト・ステップに期待、と書いて本稿を終えようと思ったところに、昨年の「あれもこれも」で初共演した藤井と大友良英 (g) のデュオCD『永久期間 Perpetual Motion』(Ayler Records) が届いた。日仏バンドKaze(クリスチャン・プリュヴォ(tp)、田村夏樹(tp)、藤井郷子(p)、ピーター・オリンズ(ds))とイクエ・モリ (electronics) がリモートによるファイル交換で創ったCD『Crustal Movement』も3月にリリースされる。今後の二人の活動から目が離せない!
【昼の部】
1) Satoko Fujii Orchestra Tokyo
藤井郷子 (cond)、早坂紗知 (as, ss)、泉邦宏 (as), 松本健一, 藤原大輔 (ts), 吉田隆一 (bs), 田村夏樹, 福本佳仁, 渡辺隆雄, 城谷雄策 (tp), 高橋保行, 古池寿浩 (tb), 永田利樹 (b), 堀越彰 (ds)
セットリスト
1. Peace
2. Kikoeru
3. 飛不動
4. Farewell
2) This is It!
田村夏樹 (tp), 藤井郷子 (p), 井谷享志 (per)
セットリスト
1. Falafel Fest
2. Cryptography
3. Ernest
4. Habana’s Dream
3) Satoko Fujii Quartet
田村夏樹 (tp), 藤井郷子 (p), 早川岳晴 (b), 吉田達也 (ds)
セットリスト
1. The Sun in a Moonlight Night
2. Tatsu Take
3. First Tango
4. An Alligator in Your Wallet
5. Sunset in Savannah
【夜の部】
4) Trio SAN
齊藤易子 (vib), 藤井郷子 (p), 大島祐子 (ds)
セットリスト
1. Hibiki (by Yuko Oshima)
2. Soba (by Fujii)
3. Yozakura (by Fujii)
4. What You See (by Fujii)
5. Wa (by Taiko Saito)
6. Ichigo (by Taiko Saito)
5) Satoko Fujii Tokyo Trio
藤井郷子 (p), 須川崇志 (b), 竹村一哲 (ds)
セットリスト
1. Hansho
2. Dream a Dream
3. Aspiration
4. Keep Running
5. Moon on the Lake
6) お年玉バンド
巻上公一 (vo, theremin), 田村夏樹 (tp), 広瀬淳二 (ts), 藤井郷子 (p), ナスノミツル (b), 芳垣安洋 (ds)